2001年11月に銀座4丁目のヨシノヤ前の歩行者天国で ヴァイオリンを弾く 9歳の女の子です。 おまわりさんに手招きされた時の為に待機していた私が三越前から 人垣が切れた一瞬を選んで撮影しました。
はじめは この子が6歳のときでした。 この子に人とかかわる事の大切さを話したあとで続けることの意味を説きました。 『 もし君が 幼稚園から帰って家の前で ヴァイオリンを弾いたとする。 その時たまたま通りかかった若い男性が耳にして「 … なにやってんだろぅ? … おまけに、 へたくそジャン。」 と思う。 それから1年半ほどしてその男性がここを通りかかったときに たまたま君がヴァイオリンを弾いている …。 彼は思う。 「 … まだやってる! でも相変わらず … へたくそジャン!」 そう思いながらまた通り過ぎていく 。 それから時がながれ 何年ぶりかで昔住んでいた自由が丘駅におりた男性が歩いているとヴァイオリンの音が聴こえてくる … その時に彼は笑うか? 私は彼が感動してくれると思うよ … 。 』 と話したあとで 『 やろうと思えばすぐに出来ること。やってみるかい?』 と聞いたら 『 うん!やってみる!』 と彼女はあかるく答えました。
こうして8歳のころまでときおり家の前で弾いていましたが 2000年の早春に NHKの 「 おはよう日本 」でそのシーンが放送された時に 昼すぎには数十人の方がこの子のヴァイオリン演奏を見ようと家の前を行ったり来たりで待ってくださる状態になり、 結局 近隣からの苦情で演奏場所をかえることになりました。 ( NHKの全国放送の威力!おそるべし! )
我が家ではバスキング( Busking )とよんでいましたが あまり皆さんに迷惑をかけないように一回20分程度で自由が丘駅の南側緑道で何度もやってみたり、 飛行機旅行の訓練もかねて家族に見送られ羽田空港からヴァイオリンをもって私の実家のある長崎まで一人旅をして何日か滞在している間に一人でバスの時刻を調べて動き、商店街アーケードの路上休憩スペースなどでヴァイオリンを短時間弾いては撤収するのを何度も経験させました。( 長崎・万屋町アーケード、諌早市商店街アーケードの皆さまありがとうございました。) こうして続けた路上での演奏の最後の場所が東京・銀座の歩行者天国でした。
銀座でのバスキングを数回経験したころから オーケストラで合奏をしたいと本人が希望していましたので、彼女が10歳だった夏にロンドン郊外ウィンブルドンのサマースクールに参加させるために成田から送り出しました。 彼女のはじめての海外旅行はロンドンまでの一人旅でした。
【 ビデオの静止映像のため不鮮明ですが左の写真一番前のメガネの二人組みの向かって左がホストファミリーの娘さんで右が本人です。 】
この子が参加したのは毎夏に開催されている 『 子供オーケストラ 』で 近所の希望する子供を一週間集め 午前10時から午後4時まで練習をして最後の日の夜 7時からファイナル・コンサートをするというものでした。
練習場で休憩時間に指揮者の先生( 左 )とサポートの先生 ( 右 )を本人が撮影しました。 【 動画も撮れる発売されたばかりのカシオ・エクシリム EX-M2 を持たせました。下左と中央の動画も本人が撮影しました。 】
中央の動画画像の家が ホストファミリーのお住まいで、 彼女は2階の子供部屋を使わせてもらいました。 そして左側写真が このお宅のバック・ヤードで向こうに写っているお向かいの庭とつながっていてよく入り込んで遊んだそうです。 因みに ミステリー・サークルは この日かたづけられたビニール・プールの跡です。そして右写真は 2週間ほどの旅を終えて成田空港の到着ゲートからでてきた直後の娘を私が撮影したものです。
バスキングを続けていた娘が9歳になるころ私が与えた 『 ミッション 』があります。 ヴァイオリンを弾きながら自分の周りの眺めに気をつけるように。 もしそれが … 懐かしい景色だったら … そこに答えがあるはずだから … 。 銀座でも 彼女はその景色をさがしていました。 ある意味で 彼女はこのとき 『 小さい野武士 』 だったと思います。