ヴァイオリンは ” 非対称楽器 ” として完成しました。
ルネサンス終わりの 1500年代の中頃ヴァイオリンという楽器は生まれました。そして、その後改良が進むとともに普及して 1700年前後にはヨーロッパのあちこちで数多くの名器が作られました。ところが 1539年頃を始めとする ヴァイオリン製作流派で有名なイタリアのクレモナ派が 1817年のJ・B・チェルーティの死により衰退してしまったように 1800年代はじめには他の地域も製作技術の継承者が激減して ついに過日の栄光が復活することはありませんでした。そして ヴァイオリンをとりまく環境はその後 大量に製作された名器の贋作などによって より検証が難しくなったと私は考えています。
そこで皆さんに本物を見分けていただくためにヴァイオリンなどの名器の特徴のなかで ” 非対称” についてのお話しをしたいと思います。
私達のような弦楽器製作者にとって弦楽器を知るためには 絵画も大事な資料となることがあります。 ヴァイオリンが誕生して間もない時期の 1568年 ライン川河口のスペインの支配地域のネーデルラントで 「 80年戦争 」と呼ばれる独立戦争がはじまりました。 これは休戦協定 ( 1609 – 1621 ) あけの 「 30年戦争 」( 1618 – 1648 )の終結でオランダが独立を勝ち取ることにより終わりましたが、これに先立ち 北部7州は 1581年に宣言を決行し 1609年頃には事実上 「 ネーデルラント連邦共和国 」が成立していました。
この地で 高名な画家となる レンブラント( Rembrandt H. van Rijn 1606 – 1669 )は生まれました。 そして1620年代なかごろから1631年までライバルでもあった ヤン・リーフェンス ( Jan Lievens 1607 – 1674 )と レイデン ( Leiden )に共同でアトリエを借り画業に励みました。 その 共同アトリエをはじめた1625年頃すでにプロの画家としてみとめられていた ヤン・リーフェンスが制作した 「 ヴァイオリン奏者 」のタイトルの油画が オランダ、レイデンの「 ラーケンハル美術館 」に収蔵されています。 参考のため、その 1625年頃制作された絵の中の ヴァイオリン・ヘッド部分を下にあげました。
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SSSSGasparo da Salo Jan Lievens William Forster Ⅰ SSS S ( 1540 – 1609 ) ( 1607 – 1674 ) ( c.1713 – 1801 ) SBrescia ” Cetera ” c.1560 ” The violin player ” c.1625 England c.1740
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Brescia school Violin ca. 1630 at the National Music Museum
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上段中央がそうですが 私はこれは完璧にモチーフのヴァイオリンを 『 写した 』ものと考えています。 レンブラントが 1632年にアムステルダムで「 トゥルプ博士の解剖学講義 」で名声を得て1642年に「 夜警 」で後世の評価を確定させたのに比べて ヤン・リーフェンスはあまりにも無名の扱いをうけていますが 、この十八歳の画家がもっていた 写実能力は まさに天才レベルだと思います。
さて ヴァイオリンのディティールを検証するために黎明期のヴァイオリン・ヘッドの画像がほしかったのですが 1625年頃描かれたこの油絵しか見つかりませんでした。 ですがこの一枚の絵で だいじなチェツク・ポイントとなる 「 ペグボックスの両側の壁厚を変化させているでしょうか? 」は ご理解いただけると思います。
ヤン・リーフェンスがモチーフにしたヴァイオリンはヴァイオリンが誕生した時期に 上段左のガスパロ・ダ・サロが 1560年頃制作した 注)1 シターン・ヘッドのペグボックス両壁のようにエッジが キリット仕上げられた作りから アンドレア・アマティ ( c.1505~1579 )が 1566年頃制作した ” The charles Ⅸ of France “ のようにエッジが丸いタイプとなる前の 移行期に製作されたヴァイオリンなのです。
さてヴァイオリンの製作技法を理解するためにこの絵にあるペグボックスの点A、点Bの『 壁厚 ( ペグボックス・ウォールズ )』を見てください。
一番線側の点A部の壁厚が薄くなるように削りこんであります。 私はこのヤン・リーフェンスがモチーフにしたヴァイオリンの点A部と点B部の壁厚の差は上段右側の 1740年頃 製作された William Forster ( c.1713~1801 )注)2 のヴァイオリンにも引き継がれていると思っています。 このようにオールド・ヴァイオリンのペグボックスは胴体の 「 ふるえ 」と調和するように左右のペグボックス壁に”非対称”に薄い部分をいくつか設けて製作されていると私は考えています。
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下に 1679年製 ストラディヴァリウスの ”Parera” 注)3 のヘッド写真を挙げましたので比べてみてください。
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SSSSSSSSSAntonio Stradivari ( c.1644 – c.1737 ) Cremona 1679 ” Parera ”
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このペグボックス上端の左右壁厚差は チェロでもみることが出来ます。
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SSDomenico Montagnana Giovanni Battista Guadagnini Nicola Albani SSSSSSS( 1686 – 1750 ) ( c.1711 – 1786 ) Worked at Mantua SSSVenezia Cello 1739 Cello 1777 ” Simpson ” and Milan, 1753 – 1776
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この視線でもうすこしヴァイオリンのヘッドを見てみましょう。
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SSNicola Gagliano c.1725 Giuseppe & Antonio Gagliano 1754
上左側は Nicola Gagliano ( 1675 – 1763 )が 1725年頃制作したヴァイオリンのヘッドで、右側はその息子達であるガリアーノ兄弟 ( Giuseppe 1726 – 1793 , Antonio 1728 – 1805 )が 1754年に制作したヴァイオリンのものです。両方とも継ネックがされているため ペグボックス壁厚は下側1/4はオリジナル状態ではありませんが、上側 3 /4は制作当初の状態がよく保存されています。
このようにオールド・ヴァイオリンを見るときは 『 ペグボックスの両側の壁厚を変化させているか? 』の視線を持つことをおすすめします。
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それから二つめのチェツク・ポイントとして 『 スクロールが非対称となっているか? 』を観察してください。
私はスクロールについてのお話しをするときにいつもこの貝殻を取り出します。この貝殻は家族旅行で スペイン・マラガに滞在した 九歳の男の子のおみやげです。 三週間ほど滞在した海岸を離れるさいに足もとの砂浜でひろってきてくれました。
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気がついている方が少ないようですが 『 二枚貝 』の片側は 『 巻貝 』のように渦巻きの形をしています。 ヨーロッパ・ザルガイのような二枚貝だと 美しく渦巻くようすを見ることができます。
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私はオールド・ヴァイオリンのスクロールを彫った目線は こういうものに育まれたと信じています。下に三台のヴァイオリンとビオラ、チェロのスクロール写真を貼っておきますので その非対称のようすを見てください。
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SS SSSSGiovanni Battista Ceruti Nicola Gagliano
SSSSSSSSSS( 1755 – 1817 ) ( 1675 – 1763 ) SSSSSSSSSSCremona 1791 Napoli c.1725
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SSSViolin c.1750 ~ c.1780 Johann Jais Nicola Albani
SSSSSSSSSSSSS SSSSSSSSSSSSSS( 1715 – 1765 ) Worked at Mantua
SSSSSSSSSSSSSSSSS SSSSSSSSSSSSTölz c.1760 and Milan, 1753 – 1776
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ペグボックスの壁厚を変化させたのと同じ理由で Nicola Gagliano ( 1675 – 1763 )が 1725年頃制作したヴァイオリンのスクロール・アイは 向かって左側が下がるようにアイの中心軸が傾けてあります。
これと逆に右側を下げた例として 東京都交響楽団の首席チェロ奏者が使用していた Nicola Albani ( worked at Mantua and Milan, 1753 – 1776 )のチェロのスクロールと Johann Jais ( 1715 – 1765 )が 1760年頃製作した 胴長 382.0 mmのビオラのヘッド写真をあげておきます。
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以上で 私がオールド・ヴァイオリンやビオラ、チェロの二つめのチェツク・ポイントとしてあげた『 スクロールが非対称となっているか? 』は理解していただけたと思います。S
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J.B. GUADAGNINI Violin Turin 1775年 ” ex Joachim ”
J.B.ガダニーニ( Giovanni Battista Guadagnini 1711 – 1786 )に関しての資料不足は 彼が製作したヴァイオリンなどの弦楽器の鑑定を困難にしています。 こういう状況のために弦楽器の専門家が重要な資料として使用しているのが 1949年にシカゴで出版された Ernest N. DORING 著の ” THE GUADAGNINI FAMILY OF VIOLIN MAKERS “ です。
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この ヴァイオリンは その本の250ページに写真が掲載されているトリノ時代の名器 ” ex Joachim ” です。 J.B. ガダニーニがトリノで製作したこのヴァイオリンは、1879年にブラームスのヴァイオリン協奏曲を初演したことで知られる歴史的な名ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒム( Joseph Joachim 1831 – 1907 )が使用したものとされています。
S J.B. GUADAGNINI Violin Turin 1775年 ” ex Joachim ”
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さて、オールド・ヴァイオリンの三つめのチェック・ポイントについてお話ししましょう。 これは 『 ヘッドの背中側にある中央尾根が すこしジグザグに軸取してあるでしょうか? 』です。これを下にあげた ガリアーノのヴァイオリン・ヘッドで見てください。
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SSSSSSSSSSSSN S Nicola Gagliano
SS SSSSSSSSSSSSSSSSS ( 1675 – 1763 )
SSSSSSSSNSSSSSSSSSSSNapoli c.1725
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残念ながらヴァイオリンでは 注意深く観察しても『 背中側の中央尾根は一直線ではないのでは?』の決定的な証拠はなかなか集められません。しかし この製作技術についてはヴァイオリン族であるチェロのヘッドだと事情は違います。この例として下に六台のチェロのヘッド写真をならべました。
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SSSSSSSS SSSS Giovanni Battista Guadagnini
SSSSSSSS SSSSSSSSSS ( c.1711 – 1786 )
SSSSSSSSSSSSS SSCello 1777 ” Simpson “
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これは Giovanni Battista Guadagnini が 1777年に製作した ” Simpson ” のニック・ネームでよばれているチェロです。背中の中央尾根がジグザグに彫られているのが見えると思います。
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SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSDomenico Montagnana SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS( 1686 – 1750 ) SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSVenezia Cello 1742
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これは Domenico Montagnana ( 1686-1750 ) が ヴェネチア で 1742年に製作したチェロです。 これも糸巻きの取り付けラインを組み込みながら背中の中央尾根がジグザグに彫り込まれています。
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Giovanni Battista Guadagnini Domenico Montagnana SS SDomenico Montagnana SSSSSS( c.1711 – 1786 ) ( 1686 – 1750 ) ( 1686 – 1750 )
SSCello c.1743 ” Havemeyer “ Cello 1739 Venezia Cello 1739 Venezia SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS” The Sleeping Beauty ”
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SSSSSSFrancesco Rugeri
SSSSSSS( 1626 – 1698 )
SSSSCello 1695 Cremona
Giovanni Paolo Maggini ( 1580 – c.1632 )cello Brescia c.1610
http://www.sparebankstiftelsen.no/id/2533?instrument=8
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以上のようにチェロのヘッドでみられる糸巻きの取り付けラインを組み込みながら背中の中央尾根がジグザグに彫りこまれている基本的な軸取りは オールドのヴァイオリンやビオラにも共通しているようです。 私はこれをオールド・ヴァイオリンの三つめのチェック・ポイントとして観察することをおすすめしたいと思います。
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さて四つめのチェック・ポイントのお話しに入りたいと思います。 ヴァイオリンなどのヘッドにみられる胴体の『 ふるえ 』とバランスがとれるようにした技術のひとつがスクロールを 人間の頭部に例えれば 『 右向け右!』 にした事です。 これはオールドのヴァイオリンやチェロ、ビオラでよく見かけます。
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上写真は横山進一さん撮影で 1986年に学研より出版された” The ClassicBowed Stringed Instruments from the Smithsonian Institution ” の 88ページより引用させて頂きましたが、スミソニアンに展示されているオリジナルネックのチェロです。 表板の真正面から撮影されているので スクロールの 『 右向け右!』がハッキリ見えると思います。
現在ほとんどのヴァイオリン族の楽器は近代に継ネックなどで製作時よりスクロールが正面を向くように改造されていますが 注意深く見るとこのチェロのように『 右向け右!』の製作時の姿をとどめた楽器に出会うことがあります。
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SS9 Old Italian Cello c 1680 – 1700 ( F 734-348-230-432 B 735-349-225-430 stop 403 ff 1SSSSSSSSS00 )Old Italian Cello c.1680 ~ 1700
W.E.Hill & Sons の鑑定書で 1680年から1700年にかけてイタリアで制作されたとされている このチェロのように継ネックがされていてもペグボックスが強くねじれた形状に削り込まれている関係できちんと胴体正面に対して右側を向いています。 この例のようにスクロールが右側を向いている弦楽器は とてもすばらしい ” 響 ”をもっています。 これもオールド・ヴァイオリンなどの製作技法としてチェックすることをおすすめいたします。
注)1 1990年に Bresciaで開催された 「 ガスパロ・ダ・サロ450年祭 」の展覧会カタログ ” Gasparo da Salo’ e la liuteria Bresciana Tra Rinascimento e Barocco ” の71ページより引用しました。
注)2 1998年にロンドンで開催された展覧会 ” The British Violin – 400 years of violin & bow making in the British Iseles ” の 展覧会カタログの 75ページより引用しました。
注)3 この写真は横山進一さん撮影で1986年に学研より出版された”The ClassicBowed Stringed Instruments from the Smithsonian Institution”の24ページより引用させて頂きました。