オールド・ヴァイオリンの 制作技法について少しお話しします。

2011-3-23  22:00


 オールド・ヴァイオリンがどうやって作られたかについては、いくつも説がありますが 私の考えを少し書いてみます。 
 私は ヴァイオリンの ” 響き ”は 弦の振動( 定常波 )が 駒から F字孔内側へり( )を振動させ、それが 響胴内空気の粗密波 ( 音波 )となるのと、  弦の振動が点 の内部に入っている上、下ブロックをダイレクトにゆらし その動き( 下図のティツシュの箱を参考にしてください。)が 点  を経て F字孔外側部( ウイング / 点 )にたどり着き振動させ、それが 響胴内空気の粗密波となったもの、そして たとえばF字孔まわりが振動することによって 楽器内部の空気が振動し、それに共鳴するかたちで胴体が共鳴音 ( レゾナンス音 )を生みだす … 以上のようないくつかの音が重なることで 美しい音色を作っていると考えています。

                                

 このしくみを理解していただくために冒頭に Antonio Stradivari ( c.1644-1737 )が 1712年に制作した ” Schreiber ” の写真を 1972年にニューヨークで出版された ” Violin Iconography of Antonio Stradivari ” の417ページより引用させていただきました。 このストラディヴァリウスは 1945年にシカゴで出された ” How Many Strads ” の169ページにも掲載されています。  また このヴァイオリンは 1870年頃 Wieniawski が弾いていたことで知られています。 そのほかにも、たとえば 1968年から 72年までは Pinchas Zukerman さんが使用したりするなどの輝かしいストーリーをもっています。

   現在 このストラディヴァリウスを研究した重要な映像が ミュンヘン近郊の街 シュトックドルフ(  Stockdorf , München GERMANY  )に弦楽器工房を構える Martin Schleske さんの ホームページで見る事ができます。

http://www.schleske.de/en/our-research/introduction-violin-acoustics/modal-analysis/animation.html

 【  恐縮ですが彼のホームページは 「 重い 」ので 上で ダイレクト・アクセスできませんでしたら、まず Martin Schleske さんのホームページ http://www.schleske.de/   を開いてください。 そして ドイツ語 ( Deutsch )だと 右側メニューの上から4つめ ” Schwingungsanalyse ” で、 また英語 ( English )だと右側メニューの上から5つめ ” Vibration analysis ” を開いてください。 】

 そうすると ストラディヴァリウス 1712 年 ” Schreiber ” の振動モードを 276 ヘルツから 2060 ヘルツ までを 縦方向を拡大したグラフィック動画として見る事ができます。


 人間の眼の力では 振動している弦楽器の振幅をみるのは実際にはかなり難しいわけですが、Martin Schleske さんがグラフィック・モードのたて方向を拡大したデータとして開示されているおかげで とても分かりやすいと思います。
 例えば 1490 Hz の動画をみてください。 私が最初に指摘した 『   弦の振動( 定常波 )が 駒から F字孔内側へり( )を振動させ … 』が ハッキリとご理解いただけると思います。 ヴァイオリンのチューニングが A = 440 Hz でしたら4番線のG線が 196 Hzで 3番線  のD線が 293.66 Hz 、2番線 A線 440 Hz そして1番線 E線が 659.25 Hz です。
 よって 1490 Hz は E線の第五ポジションの小指でおさえる F#より微妙に高いくらいの音高となります。 しかし、… 本当に このグラフィック動画でF字孔内側へり( )が左右交互に激しくバタツクのは なかなか見応えがありますね。 因みに F字孔から噴き出す空気については、冬場の早朝に冷たくなっているヴァイオリンを 暖かい部屋に持ち込み鳴らすと、 左右のF字孔からすごい勢いで冷たい空気が顔に吹き付け ビックリするなどで経験される方は多いと思います。  この ” Vibration analysis ” には この他の要素についても 多くの知見が得られますので考察することをお奨めいたします。

 さて本題となりますが、多くの方が疑問に思う 『 ヴァイオリンに取り入れられた システムがなぜ ” 失われたのか ”?』 について 私の考えをまず共鳴胴 ( レゾナンス・ボックス )の視点からお話しします。 私は 表板にしても裏板にしても 結局、 波源としての固有振動が重要だと考えています。 名器といわれているピリオド楽器を調べてみると 表板の厚み分布が a. 中央厚タイプと b. 外厚タイプ( ふち厚タイプ )があって、私の考えでは ホイヘンスなどの論文などの影響をうけ1678年以降の時期にレゾナンス音が安定して得られる b. 外厚タイプに軍配があがり、これが 1710~40年にかけての『 コンプリート・タイプ 』の誕生に結びついたと思っています。 そして その時期までに制作されたヴァイオリンの表板・裏板の厚さを丁寧に計測すると中央厚タイプと 外厚タイプ それぞれに何種類かのヴァージョンがあり、結果として それが後世にヴァイオリンの『 原形型 』を決めるときの混乱につながったと思っています。

 この他に共鳴胴 ( レゾナンス・ボックス )を製作するのに 重要なのが側板の高さと角度、そして厚さです。 例として 2002年に出版された ” The Collection of Bowed Stringed Instruments of the Oesterreichischen Nationalbank “より ヴァイオリン 2台と ビオラ、チェロの名器の側板厚みの計測値を引用させていただきます。

 ● ライナー・ホーネックさん( Rainer Honeck  1961 , Vorarlberg / Austria )が演奏している A.Stradivari , Cremona 1714 ” ex Smith-Quersin ” は Rib thickness bass side が上から 0.9mm – 1.0mm – 0.9mm そして Rib thickness treble side は 1.1mm – 1.1mm – 0.9mm とされています。

 ベンジャミン・シュミットさん ( Benjamin Schmid  1968, Vienna  )が演奏している A.Stradivari  , Cremona 1707  ” ex Brustlein ” は Bass side 0.9mm – 1.1mm – 0.9mm の Treble side 1.1mm – 0.9mm – 1.2mm です。

 ● Violaで見てみると ヴェロニカ・ハーゲンさん( Veronika Hagen  1963 , Salzburg  / Hagen-Quartett ) さんが使用している  G.P.Maggini   Brescia , 17th century  は Rib thickness bass side が上から 1.4mm – 1.5mm – 1.6mm で Treble side が 1.5mm – 1.5mm – 1.6mm とされています。

 ● また Violoncello では シュテファン・ガルトマイヤーさん ( Stephan Gartmayer  1974 ,  Vienna )が使用している G. Grancino , Milan 1706  ” ex Piatti-Dunlop ” は Rib thickness bass side が 上から 1.8mm – 1.9mm -1.8mm で Treble side が 1.7mm – 1.8mm-1.7mm とされています。

 

 弦楽器を製作しようとして参考のためピリオド楽器の側板の厚さを計測すると 最初はあまりに不均一なので 呆然とします。  しかし 私もそうであったように 慎重に側板の厚さを計測する経験を重ねる内に、これは 1799年頃までに制作された弦楽器の特徴であると知ることができます。
 私は 側板厚さのこの差は響胴の動きかたを誘導するために工夫されたものと考えています。 そもそも フラットな薄板を曲げて加工したものを側板として設計に取り込んだのも、共鳴振動板として表板も裏板も複雑な厚み設定でつくられていますので、箱に組んだときにバランスをとるのが難しいので 「 箱の動きを正確にコントロールするために” ねじれ ”や” 曲がり ”を調和させる『 木組み 』の技法として施された。」 と考えています。

 さて ” 失われた技術 ” をもう一つお話ししておきましょう。 私は 表板の外縁部の強化のためにパフリングをより内側に移動しパフリング外側部の幅を広げたことを重要な技術のひとつと考えています。
ここでヴァイオリンのパフリングの変遷を整理すると まず a. アンドレア・アマティなどが制作したパフリングが外側に入れてあるタイプ、 b. ガスパロ・ダ・サロや マッジーニ達が制作した ダブル・パフリングタイプ そして c. 描きパフリング の3タイプからはじまります。
      a.       Andrea Amati   ( c.1505 – c.1579 )                                    b.  Giovanni Paolo Maggini 
               Cremona ,  c. 1566   ” Charles Ⅸ ”                                 ( 1580 – 1630 )Brescia , c. 1610

          

   c.          Carlo Giuseppe Testore  ( c. 1665 – Milano 1687 ~ 1716 )
                Milano ,  1703

   

 『 描きパフリング 』のヴァイオリンは 下の 1740年頃に制作された Carlo Antonio Testore ( 1693 – 1765 ) のように 18世紀の中盤まで制作されたようです。 私は 『 パフリングを象嵌したタイプ 』より 『 描きパフリング 』は 表板や裏板のへりの厚さが横からみて薄く仕上げてあることから、『 パフリングを象嵌したタイプ 』が材木の繊維をカットして 響胴の共鳴が明瞭となるようにした 『 木伏せ技術 』であったのに対して 『 描きパフリング 』は エネルギー・ロスをさけるための 究極の『 木組み技術 』 だったと考えています。

 
 さて 私の考えでは ヴァイオリンが16世紀半ばにさしかかる頃出現して およそ150年程たったころ 【 私はパフリング外の幅をひろげたのはセンターの C字部で1650年代からころから始まり、1690年代に パフリング全体におよんだと考えています。】 パフリングが入れられる位置を内側に移行させるヴァイオリン制作者が増えていきます。
      Andrea Guarneri                      Antonio Stradivari               Bartolomeo Giuseppe Guarneri
       ( 1626 – 1698 )                      ( c. 1644 – 1737 )                           ( 1698 – 1744 )
      Cremona  c.1658                        Cremona   1717                              Cremona    1743

     

        Nicola Gagliano                   Giovanni Battista Guadagnini
       ( c. 1675 – 1763 )                           ( 1711 – 1786 )
         Napoli  c. 1725                               Torino  1786

    

 パフリングの外側幅が時を追うごとに拡がるのは ある程度は確認できるのですが正確なデータをとるのは非常に困難です。 ただ先ほど側板の厚さが 6つのエリアごとに別々に選ばれていることを指摘しましたが『 木伏せ技術 』 を念頭において工夫しながら計測していくと、パフリングの外側幅も 左アッパー・左センター・左ロワーそして右側も同じくで左右あわせて6つのエリア幅が別々に選択されたのが判断できると思います。 目が良い方がオールド・ヴァイオリンを眺めた時にヴァイオリンのフォルムに複雑な表情を感じるのには、これが大きく影響しています。

 ここでは短期間にパフリング位置を内側に移動した典型例として デル・ジェズ・ガルネリ( Bartolomeo Giuseppe Guarneri 1698~1722~1744 )の数値をあげてみたいと思います。 ただしこの計測データは 1998年に Peter Biddulph 氏が出版した Giuseppe Guarneri del Gesu 原寸大写真集+実寸計測資料集より引用したもので 残念ながら ヴァイオリン・パフリング外幅の平均値となっています。 

          c. 1727 年    Dancla                     -              3.5 mm 
          c. 1729 年  Stretton                   –               3.9  mm
      1731 年    Baltic                        –             3.75 mm 
              1734 年    violon du Diable      –        4.1~4.3 mm 
              1740 年  Ysaye                        –             3.75 mm 
              1741 年  Kochanski                –               4.1 mm 
              1741 年  Vieuxtemps              –        4.4~4.5 mm 
              1742 年  Lord Wilton             –             4.25 mm 
              1743 年  Carrodus                  –      4.0~4.25 mm 
          c. 1744 年  Doyen                       –        4.4~4.5 mm 
              1745 年  Ledus                       –         4.8~5.0 mm

 私は デル・ジェズ・ガルネリがパフリング外側幅をひろげた理由は、豊かな低音を生み出すために振動板ゾーンを最大にしたために、ヘリを強化しないと せっかく薄く作っても 明瞭な共鳴音が得にくくなってしまうためと考えています。 トリニダード・トバゴで石油などがはいっていたドラム缶を1/3に切って加熱して鍛金技法でいくつもの丸い振動板を生みだすことで製作されるスチール・ドラムをご存じでしょうか? それに近いイメージか … タンバリンの縁の輪の一部がグニャグニャしていたら 手でたたいたときにきれいな音はしにくい … そんな イメージでしょうか?

  

スチール・ドラムの “音” を聴いてください。
http://www.youtube.com/user/airtone1980?blend=21&ob=5#p/u/0/dLaQiSA7Ivo
http://www.youtube.com/user/airtone1980?blend=21&ob=5#p/u/6/Nyk0uhi7G6k

  とにかく1700 年代になるとパフリング外側幅を広くとる弦楽器製作者が どんどん増えていきました。 因みに現在では ピリオド弦楽器を意識した一部の弦楽器製作者を除いたほとんどの製作者が表板や裏板の縁から一律に 3.0~4.0 mmの範囲で任意で選択した 4.0mmとか 3.8mm などの幅でほとんど一律にいれられています。 私は それが レゾナンス音を減らすことにつながっていると考えています。
 以上、 ロスト・テクノロジーの最後は 『 パフリングは装飾ではなく 音響調整のためにいれられました!』 で今回のお話しを終えたいと思います。

長文にお付き合いいただき、ありがとうございました!

3月 24日   自由ヶ丘ヴァイオリン 横田 直己