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工具の痕跡はチャタリング ( ビビリ )などでついてしまったと思われている方が多いようですが 私は 意図的につけてあると考えています。
SSSSSSSSDomenico Montagnana ( 1686 – 1750 ) Cello Venezia 1739
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例えば 1739年に製作されたこのチェロヘッドの背中下側の ” tool mark ” に着目してみましょう。 これは 4番糸巻きの取り付け位置より少し下についています。
これが製作技法であることをお話しするために ” 工具痕跡( tool mark )” を見ていただいた上のドメニコ・モンタニャーナが 1739年に製作したチェロ・ヘッド後部をまっすぐに撮影した写真を下中央 におきました。 左側は 1742年製で 右側は フランチェスコ・ルジェーリが 1695年に製作したものです。 三台のチェロに共通するだけでも偶然ではないと理解していただけると思いますが、この位置に同じ ” 工具痕跡 ” をもつオールドの弦楽器はめずらしくありません。
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S① Domenico Montagnana ② Domenico Montagnana ③ Francesco Rugeri SSSSSSS( 1686 – 1750 ) ( 1686 – 1750 ) ( 1626 – 1698 ) SSSSVenezia Cello 1742 Venezia Cello 1739 Cremona Cello 1695
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SS④ Carlo Bergonzi ⑤ Domenico Montagnana ⑥ J. B. Guadagnini
SSSSS( 1683 ― 1747 ) ( 1686 – 1750 ) ( c.1711 –1786 )
SSCremona Cello 1731 Venezia Cello 1739 Cello c.1743 SSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS” The Sleeping Beauty ” ”Havemeyer ”
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SS⑦ J. B. Guadagnini
SSSS( c.1711 ― 1786 )
S SSSSCello 1777
SS SSS” Simpson ”
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但し、すべてのオールド弦楽器についているわけでもありません。 下段に例として4台のチェロをあげさせていただきました。④番のベルゴンツィは上段と同じ ” 工具痕跡 ” をもっていますが⑤番の ” 工具痕跡 ” は中央尾根の真上ですし⑥と⑦のガダニーニはジグザグを強くしこの位置の軸の中央尾根の高さをさげることで同じ効果が得られるように工夫してあります。
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s J.B. GUADAGNINI Violin Turin 1775年 ” ex Joachim ”
J.B.ガダニーニ( Giovanni Battista Guadagnini 1711 – 1786 )に関しての資料不足は 彼が製作したヴァイオリンなどの弦楽器の鑑定を困難にしています。 こういう状況のために弦楽器の専門家が重要な資料として使用しているのが 1949年にシカゴで出版された Ernest N. DORING 著の ” THE GUADAGNINI FAMILY OF VIOLIN MAKERS “ です。
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この ヴァイオリンは その本の250ページに写真が掲載されているトリノ時代の名器 ” ex Joachim ” です。 J.B. ガダニーニがトリノで製作したこのヴァイオリンは、1879年にブラームスのヴァイオリン協奏曲を初演したことで知られる歴史的な名ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒム( Joseph Joachim 1831 – 1907 )が使用したものとされています。
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s J.B. GUADAGNINI Violin Turin 1775年 ” ex Joachim ”
http://www.sparebankstiftelsen.no/id/2533?instrument=8
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SSSSSSSSSSAndrea Guarneri ( 1626 – 1698 )Violin 1671 Cremona
この位置に ” 工具痕跡 ” があるヴァイオリンのヘッド写真を横山進一さんの撮影で 1986年に学研より出版された ” The ClassicBowed Stringed Instruments from the Smithsonian Institution ” の61ページより引用させて頂きました。 私はこの位置の ” 工具痕跡 ” はペグボックスのねじれを誘発するために下図の補助線のように ” 斜めゆれ軸 ” を整えるために工夫したものと考えています。
これは下のブレッシア・スクールのヴァイオリンヘッドにもみることが出来ます。
SSSSSSSSSSSSSSSViolin, Brescian school, ca. 1630
National Music Museum The University of South Dakota 414 East Clark Street Vermillion, SD 57069 SSShttp://orgs.usd.edu/nmm/Violins/BrescianSchool/3363/BrescianViolin3363.html
それから同じ National Music Museum The University of South Dakota に展示されている1668年に ヤーコブ・シュタイナーが インスブルック郊外のアプサムで製作した有名なヴァイオリンのスクロール・ヘッドにもみられます。
SSSSSSSSSSSSSViolin by Jacob Stainer, Absam bei Innsbruck, 1668
SSSSSShttp://orgs.usd.edu/nmm/Violins/Before1800/Stainerviolin.html
もう20年以上前のことですが 取引先の社長さんがオールド弦楽器の考察のしかたでとても重要なことを話されました。いまでもその言葉がときどき私の頭のなかに響きます。
それは 『 ‥‥オールド・ヴァイオリンの鑑定はなるべく造作のすくない部分を見るんです。例えば胴体では F字孔や指板や弦、テールピース、サドルなどがありにぎやかな表板より相対的に特徴を持たせにくい裏板を、またヘッドならスクロール部や正面側をさけ裏側を … という具合にです。 そこに本物の名器でしたら ” すばらしい景色 ” をみることが出来ます。 基本的に名器はすべて ” 威張って ” 見えますが、造作がすくない部分こそ弦楽器製作者の腕の差をハッキリ確認することが出来るのです。』 という言葉でした。
私もそう思っていましたので この言葉にはたいへんな勇気をいただきました。 ” 工具痕跡 ” は オールド・ヴァイオリンではよくみられますが 私は ” ゆれ方の調整痕 ” であると思っています。 その例を不連続面の組み合わせで製作されているペグ・ボックスでみてみましょう。
Giuseppe & Antonio Gagliano ( Giuseppe 1726 – 1793 , Antonio 1728 – 1805 )1754年
まずオールド・ヴァイオリンのペグボックスが不連続面で形作られていることを確認しやすい尾根線をみてください。 画像を拡大するとライン上の赤色点の場所に焼いた針でつけた可能性が高い針痕がならんでいます。 私はこの加工をヘッドが 胴体のゆれとバランスをとって細やかにゆれるための設定と考えています。そしてこれを補助するために このヴァイオリンでは A~D の ” スジ状焼線 ” や、 ” 工具痕跡 ” が入れられたと推測しています。 着目されている方が少ないようですが オールド・ヴァイオリンでは よく使われている技法ですので 弦楽器の製作年代を判断するのにとても便利なチェック・ポイントです。