2011-3-19 5:00
2月19日に 『 音の差 』 についてご質問をいただきましたので、それに関する私の目線のお話をしたいと思います。
【 Toshi さんから : 最近、イタリアのファビオ・ビオンディと彼の率いるオーケストラが使用している楽器 ( Desiderio Quercetani )が、古い楽器と全く同じでないにしても、普通の新しい楽器(普通のバロック・ヴァイオリンのコピー)とはかなり違う響きをもっている!と感じるのです。 http://www.quercetani.com/ ここのサイトにはヴァイオリンの音のサンプルはありませんが、ヴィオラ・ダモーレの音のサンプルがあります。ヴァイオリンよりもヴィオラ・ダモーレやヴィオラ・ダ・ガンバやリュートの方が古い音をコピーするのが厳しくないと思っているのですが、それにしても、この音には何かがあります。私の勘違いでしょうか? 横田さんのご意見をお聞かせいただければ幸いです。 】
” バーレス・アーチバック の コントラバス ”
” フラットバック の コントラバス ”
ドイツ・フランクフルト歌劇場管弦楽団、第1首席コントラバス奏者の野田一郎さんをご存知でしょうか? 私は 知人から野田さんが左膝( ひざ )を使って ” 裏板ブレーキ” と表現される工夫をされていると 聞いた時は 『 おぉーッ!』 と思いました。 野田さんは楽器特性を注意深く考察して発案した このテクニックを 演奏のバリエーションとして取り入れられているそうです。
注) これについては野田さんの奏法(野田メソード)に影響を受けた奥田治義さんのホームページを参考にして下さい。 因みにここに私が感じていることが端的に書かれていました。 【 私は音楽にとって大切な要素として、次の4点を常に心がけている。 1:メロディ 2:リズム 3:ハーモニー 4:トーンの4点である。 1~3 については言うまでもないだろう。 故に私にとって1番重要な要素は 4のトーンであると言うことも可能だろう。 トーンとは音色であり、ニュアンスである。 私は その音色・ニュアンスにこそ、その音楽家の良心が顕れると考えている。 http://b3a4s4s.web.fc2.com/07okuda/noda-method.htm 】
この ” 裏板ブレーキ” とは膝などが裏板に当たる点を支点または力点として、裏板の上下部分 ( ボディの上の膨らみと下の膨らみ )の振動を増幅させるための工夫だそうです。 私に この話しを教えてくださった方が 『 コントラバスと チェロは条件が同じではないですが、少なくともこの工夫をすると チェロの鳴りかたが変わりますよ!』 と言われてから その場で18世紀に製作されたチェロを使って実験してくださいました。 この方が 『 いいですか。 いまからこのチェロを2回鳴らしますから離れて聴いていてください …。 今、弾いたのは 最初は裏板にふれないでA線を鳴らし 後のは魂柱の位置に左膝を添えかるく支えてA線を弾いたんです。 』 と違いを聴かせてくださったのです。 私にとって 一部とはいえ弦楽器の響胴が持つ特性が こんな簡単な実験で聴きとれる事実は、いささかショックでした。
コントラバスの裏板にはバーレス・アーチバックと フラットバック ( 2枚板接ぎ合せと 単板のふたつに分類できます。 )があります。 コントラバス奏者である野田さんは その他に ヴィオラ・ダ・ガンバ と ヴィオローネ奏者もやっています。 ですから野田さんのブログには 下に引用させていただいたように フラットバックの数種類の楽器画像がでています。
http://ichironoda.exblog.jp/11832470/
下左写真のヴィオラ・ダ・ガンバのように フラットバックのコントラバス裏板内側には 下中央と下右写真のようにクロスバーやプレートが入っています。
1673 c. 1650 c. 1780
一方 バーレス・アーチバックのコントラバス裏板は、ボールバックの リュートや マンドリンほどでないにしても下右写真のように アーチをつけることで 動かないゾーンを確保して表板の振動を明確にすると共に、その強度を利用してクロスバーが無くてもバランスが取れるように工夫したものです 。
そもそも これらの弦楽器、たとえば トレブル・ヴィオールや ヴィオラ・ダ・ガンバや コントラバスは下右のティシュ・ペーパーの箱を変形させたように動いて 共鳴音を生み出す仕組みになっているようです。
また、2枚板を接ぎ合せたフラットバックの楽器は 点Eの動きをスムーズにするために 点Gで 2枚の板を接続したり曲げて角度をつける工夫がされていると思っています。
この他に 重要なことをもう一つあげておくと、私は 響胴の表板や裏板の幅は下に書いたように 【 表板優先型 】と 【 裏板優先型 】があると考えています。
私は こういったことから フラットバックの響胴を持つ弦楽器は 裏板を振動しやすくすることで低音域を強化する考えによって製作されたと考えています。 フラットバックにすると 下の箱写真で底にあたる部分( 裏板 )がサイドや表板の動きの影響が最少限で 『 広い振動板 』 として震えやすくなるのがイメージできると思います。
Toshi さんの質問に 『 … ヴィオラ・ダモーレやヴィオラ・ダ・ガンバやリュートの方が古い音をコピーするのが厳しくないと思っている … 。』 とありましたが、私も ヴィオール族の楽器は ( リュートは別の仕組みですので例外とします。) 本来は鳴らすのが難しい低音域 を生み出すのに優れていると感じています。
さて、先にフラットバックの優れた点をあげましたが 残念ながら弱点もあります。
それが最も分りやすいのが 最初にお話ししました” 裏板ブレーキ”で 確認できる現象です。 私の経験では フラットバックの裏板は程良く内部のクロスバーやプレートで動きを整えないと動きすぎる傾向があるようです。 この状態になると表板側の動きが悪くなり 中・高音域の 「 明瞭感 」や 「 サエ 」が損なわれることになります。 ですから 野田さんが発案したように 左膝( ひざ )で 裏板の魂柱が立っている辺りの動きを抑制すると、その分だけ表板の動きがよくなって輪郭のはっきりした トーンに変化すると私は考えています。
だいぶん長文となってしまいましたが デジデリオ・クエルチェターニ さん( Desiderio Quercetani 1961, Parma )の楽器の話しに移りたいと思います。
彼のホームページにあるように パルマ音楽院の弦楽器製作学校で Renato Scrollavezza さんの指導の下に学び、1985年に卒業。 1987年に Colonne地区に工房を開設。 そして 2002年6月にパルマの Via Trieste,84に 弦楽器製作学校 「パルマ工房」を創立しました。 彼は バロック・ヴァイオリン、現代のヴァイオリン、ビオラ、ヴィオラ・ダモーレ、チェロ、コントラバス を製作しています。 そして ヴァイオリン奏者で「 Europa Galante 」の創立者で指揮者の ファビオ・ビオンディ さん( Fabio Biondi 1961 ~ ) に出会い「 Europa Galante 」で使用する楽器の製作を最初から長期にわたり任されました。 そして 数々の録音にその楽器が利用されたそうです。
http://www.quercetani.com/
それでは 順番に読み解いていきたいと思います。 まず Toshi さんがリンクをはっていた ヴィオラ・ダモーレのサンプルではさすがに判断しにくいと感じましたので、私が持っている ファビオ・ビオンディさん達が 1997 & 1998 年に録音したヴィヴァルディの協奏曲集「 調和の幻想 」と、同じく「 Fabio Biondi & Europa Galante 」で 2000 年に録音した 「 四季 」を含む「 和声と創意への試み 」のCDで考えてみたいと思います。
1997 & 1998年の録音の Fabio Biondi & Europa Galante : VIVALDI / ” L’estro armonico ” 12 Concertos op.3 は
7台のヴァイオリンの内 3台で
Fabio Biondi さんが Desiderio Quercetani 1997 年製
Isabella Longo Anon , late 18th century
Enrico Casazza Franco Simeoni / Treviso 1997 年製
Raffaello Negri Desiderio Quercetani 1997 年製
Silvia Falavigna Desiderio Quercetani 1992 年製
Lorenzo Colitto Claudio Arezzio / Florence 1997 年製
Daniela Nuzzoli Anon , Florence c. 1750 年製
ビオラが3台の内 2台、
Franceso Lattuada Nakamura / Milan 1987 年製
Robert Brown Desiderio Quercetani 1990 年製
Andrea Albertani Desiderio Quercetani 1997 年製
チェロが2台とも
Maurizio Naddeo Desiderio Quercetani 1996 年製
Antonio Fantinuoli Desiderio Quercetani 1991 年製
これにViolone が 1台入ります。
Giancarlo Pavan Anon , Italy , late 18th century
残りのメンバーは3人で
Harpsichord Sergio Ciomei Italian harpsichord / Cornelius Bom 1993 年製
Organ Fabio Bonizzoni Giorgio Carli Pescantina 1990 年製
Archlute Tiziano Bagnati Hasenfuss 1990 年製
Baroque Guitar 〟 P. Busacco 1990 年製
このアンサンブルは16人中 Desiderio Quercetani さんの弦楽器を7名が使用しています。
因みに ピッチは A = 440 です。
それから 2000年に録音した Fabio Biondi & Europa Galante : VIVALDI / ” Il cimento dell’armonia e dell’ inventione ” No.1 ~ 12 Concertos は
独奏ヴァイオリンの Fabio Biondi さんは Anon ..Milan, second half of the 18th century で
他 8人のヴァイオリンの内 1台が Desiderio Quercetani さんの製作した楽器です。
Raffaello Negri Desiderio Quercetani 1997 年製
Isabella Longo Anon , late 18th century
Carla Marotta Johannes Tir / Vienna 1789 年製
Alessandro Bares Gabriel Fabre / Mirecourt late 18th century
Enrico Casazza Franco Simeoni / Treviso 1997 年製
Lorenzo Colitto Claudio Arezzio / Florence 1997 年製
Luca Giardini Anon / Prague 1771 年製
Lisa Ferguson Claude Pierray / Paris 1725 年製
そしてビオラは 2台の内 1台です。
Ernesto Braucher A. Giordano ( Worked at Cremona, 1710 ~ 1748. )
Robert Brown Desiderio Quercetani 1990 年製
チェロが2台とも
Maurizio Naddeo Desiderio Quercetani 1996 年製
Antonio Fantinuoli Desiderio Quercetani 1991 年製
他の6人は
Harpsichord Sergio Ciomei Italian harpsichord / Cornelius Bom 1993 年製
Dauble bass Franciso Montero Anon / Bologna mid 18th century
Theorbo Ugo Nastrucci Tiziano Rizzi / Milan 1984 年製
Baroque Guitar 〟 Vincenzo de Bonis 1976 年製
Oboes Simone Toni Olivier Cottet / Paris 1992 年製
Stefano Vezzani T. Hasegawa / Utrecht 1990 年製
Bassoon Francois de Rudder Laurent Vergeat / Paris 1991 年製
このアンサンブルは19人中 Desiderio Quercetani さんの弦楽器を4名が使用しています。
そして こちらのCDは オーボエなどの関係だと思いますが ピッチは A = 415 です。
大ざっぱな言い方をすると 1997 & 1998 年の「 調和の幻想 」は、製作されて10年以内の楽器を使用しているのが 16人中 13人で その内 Desiderio Quercetani さん の弦楽器を使っているのは7名です。
そして 2000 年に録音した 「 和声と創意への試み 」 は、1984 年以降の楽器が 19人中 11人で Desiderio Quercetani さんの弦楽器を4名が使用されています。
私は この文章を書くために 彼らが1996 年に録音した コレルリの 「 合奏協奏曲 」を取り寄せるつもりでしたが間にあいませんでした。 コレルリの 「 合奏協奏曲 」は1990 年に ファビオ・ビオンディさんがエウローパ・ガランテをはじめた当時の構想と現在の変遷をたどるのには、楽器編成の解釈などから「 調和の幻想 」より明快なはずですが 『 地震 』などの事情により見送りといたしました。
因みに コレルリ ( Arcangello Corelli、1653-1713 )についてはご存知の方も多いでしょうが、 彼はイタリア・ボローニャ近郊に生まれて 少年期にボローニャでヴァイオリンを学び 1670 年代に ローマに移って教会のヴァイオリニストとなった人です。 そしてこの後に 宮廷音楽家となって有力な貴族の後押しを受け 彼らの宮廷楽団のために作曲家と指揮者として生きました。
バロック時代の作曲家は概してたくさんの作品を遺しているものですが コレルリの現存する作品は必ずしも多くはありません。 今日に伝えられたのは 48曲のトリオソナタ( 作品 1~4 )、 12曲のヴァイオリンソナタ ( 作品5 )、12曲の合奏協奏曲 ( 作品6 )、これにあと一曲の序曲だけです。 これはコレルリの遺言によって、上記以外の未出版のものは廃棄されたからと伝えられています。
晩年のコレルリは演奏活動の第一線から引退して合奏協奏曲の作曲に専念したと言われています。「 合奏協奏曲 」は コンチェルティーノ ( 独奏楽器群 … たとえばヴァイオリン2台とチェロ1台そしてチェンバロが入った「 トリオ・ソナタ 」の編成です。)と リピエノ ( 合奏群 … 音量や和音を補強するための弦楽合奏のことです。)が対置されて演奏される協奏曲のことです。 コレルリの場合は コンチェルティーノ は2台のヴァイオリンとチェロが担当します。 この合奏協奏曲の形式はコレルリの発案ではないのですが、晩年に推敲を重ねたことにより どの曲も完成度が高いものとなっていて 気品がある美しいものになっています。 こうして12曲からなる合奏協奏曲集の作品6は 彼の遺作となって 亡くなった翌年の 1714 年に出版されたそうです。
この12曲のなかで最も有名な 第8番 ト短調は副題として 「 キリスト降誕の夜のために書かれた。」と記されている事から、 クリスマスの 『 夜半のミサ 』 のために作曲されたと考えられていて「 クリスマス協奏曲 」と呼ばれています。
私が コレルリの 「 合奏協奏曲 」を確認したかったのは 1687 年に ローマのスペイン広場で コレルリ自身が指揮した演奏会の記録などの研究によって、想像以上に大編成で演奏したとされているので ファビオ・ビオンディさんと エウローパ・ガランテの人達が どう解釈したかを知るためでした。
これは 通奏低音奏者で指揮者である ジャスパー・クリステンセンの解説を引用すると 1686 年の コレルリ指揮による「 合奏協奏曲 」の演奏会は ドイツ人の音楽家 ゲオルク・ムファットが 1681 年から1682 年にかけて ローマを訪れ コレルリやパスクウィーニに学んだ際の記録に、そのオーケストラの規模が大きかったという記述があるそうです。
さらに、当時のパムフィリ枢機卿や オットボーニ枢機卿の経理帳簿の支出欄で音楽家への支払いの詳細が分かるそうです。 たとえば 1689 年のコレルリの教会協奏曲の演奏には18人のヴァイオリン奏者、ビオラが7人、チェロ7人、コントラバスが7人、リュートが5人となっているそうです。 それから 1693 年の同じく教会協奏曲の演奏には、ヴァイオリンが18人、ビオラが5人、チェロ4人で コントラバスが 7人、リュートが3人となっているそうです。 この記録については一部の条件 … 例えばこの帳簿に 鍵盤楽器奏者が含まれないのは 常庸の奏者がいたためといった推察が必要ですが、かなり信頼できる記録のようです。
この時代は、例えば イギリスでは フランス宮廷に影響をうけたチャールズ2世 ( 在位 1660 ~ 1685 )が 『 王様の24人ヴァイオリン隊 』を設置したことが知られているように 大編成の楽団をありがたがる傾向があったようです。
この 1687 年のコレルリによる ローマ編成を参考にした 「 合奏協奏曲集 」の CDが 1991 年 10 月に ジェスパー・クリステンセンの指揮で、キアラ・バンキーニ とアンサンブル415 ( 39人編成 )の演奏で出ています。 この内訳は ヴァイオリンが 16人、ビオラ 5人で チェロが 6人、コントラバスが 6人、リュートが 5人、チェンバロ2人そして ソリストが6人です。
http://youtubeclassic.blog130.fc2.com/blog-entry-159.html
上の 「 合奏協奏曲 」は ファビオ・ビオンディさんが エウローパ・ガランテ とやっていますが、私は 1990 年のエウローパ・ガランテの創設期より使用楽器に関する考えは変化した … よくいえば柔軟になったと思っています。 正確に調べたのではありませんが ウェブサイトのギャラリー写真 【 http://www.europagalante.com/ 】や、 2009 年に ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで来日した際も Desiderio Quercetani さんの弦楽器は 4台以下だっただけでなく 使用楽器の半分以上がオールド楽器となっているようにみえます。 私は 彼らのこの判断は楽器の『 響き 』を聴き分ける上でも重要な意味をもっていると考えます。
それから 演奏表現の視点から先にあげた 1997 & 1998 年のヴィヴァルディの協奏曲集「 調和の幻想 」と 2000 年の「 和声と創意への試み 」を聴いてみると ファビオ・ビオンディ さんと エウローパ・ガランテの演奏は、テンポが自在に揺れたり 強弱の変化することで 人間の自然な感性に逆らうようでいて妙に納得させられるバランスがとれた演奏として仕上がっていると思います。 全体が部分の総和であるように思わせながらも、ちゃんと全体にも配慮を怠らないのは 『 さすが!』と感じました。 それから この演奏録音で残念な点をあげれば 彼らの素早い音楽の展開により その 『 背景 』 として大事な 『 響き 』 もすばやく姿をかえてしまうので 演奏会場でなければ 『 響き 』 を味わうといった猶予が与えてもらえないとも感じるところです。
これは私の知人が言っていましたが このCDは録音マイクの設定が上手くいっていないのかもしれません。 そういえば演奏者に マイク位置が近すぎて、録音に低音域が納まりきらないCDはよくありますね!
それから ファビオ・ビオンディさん達には気の毒ですが、私は彼らが「 和声と創意への試み 」を発売した 2001 年の前年に 『 同じ話法 』で ヴィヴァルディの「 四季 」の演奏録音を ジュリアーノ・カルミニョーラ ( Giuliano Carmignola 1951, Treviso )さんが アンドレーア・マルコン ( Andrea Marcon 1963, Treviso )さん指揮で ピリオド楽器によるアンサンブルとして 1997 年に創設されたヴェニス・バロック・オーケストラ ( Venice Baroque Orchestra )による演奏で 発売したのが彼らの試みをより色あせさせることに繋がっていると感じます。 この2枚を比較するとオールド弦楽器の持つ 『 響胴音 ( レゾナンス音 )』の差がある程度は聴き分けられると思います。
私の個人的な感覚としては ファビオ・ビオンディさん達の演奏より 『 響き 』になんとも言えない豊潤さを感じることが出来る フランス・ブリュッヘン ( Frans Brüggen 1934, Amsterdam )さんと 18世紀オーケストラ ( Orchestra of the 18th century / 1981 )の録音が好ましいと思っています。 この文章を書きながら BGMとして 1997 年にオランダで フランス・ブリュッヘンさんと18世紀オーケストラに 独奏ヴァイオリンで トーマス・ツェートマイアー ( Thomas Zehetmair 1961, Salzburg )さんが参加してライブ録音した ベートーヴェンの 「 ロマンス 」と「 ヴァイオリン協奏曲 」のCDをかけています。
これは冒頭の2曲のロマンスが 私たちがなじんだものより だいぶん速いテンポで歌い、透明感のある美しい響きとあいまって新鮮な感動を感じられ、演奏に使用された オリジナル楽器 ( On period instruments )も 奏者と一体化していてそれが雄弁な表現につながっていると感じられます。
そしてあと二つの録音を フランス・ブリュッヘンさん達と ジュリアーノ・カルミニョーラ さん達の間としてあげれば 一つはイギリスの指揮者で チェンバロと オルガン奏者で音楽学者でもある クリストファー・ホグウッドさん ( Christopher Hogwood 1941, Nottingham )を入れなくれはならないと思います。 彼はケンブリッジ大学で古典学を学んだ後に専攻を音楽に変えた人で 1967年に古楽コンソートを創設するとともに、 ネヴィル・マリナーさんが率いるアカデミー室内管弦楽団のチェンバロ奏者を務めたほか 同楽団のため楽譜の編集や校訂もおこないました。 そして 1973 年にはエンシェント室内管弦楽団 ( Academy of Ancient Music )を設立してオリジナル奏法による古楽器演奏でバロック音楽と古典派音楽から現代の作品にいたるまでの広いレパートリーの演奏をおこないました。 クリストファー・ホグウッドさん達の録音で 私のお気に入りは 1978 & 1980 年に ヴィヴァルディの ラ・フォリアやA.マルチェロのオーボエ協奏曲 ニ短調などを ロンドンの教会で録音したものです。 これは器楽合奏の気高さ美しさは申しぶんないうえに、ソプラノの エマ・カークビーさん ( Emma Kirkby 1949, London )がすばらしい歌声で切々と歌いあげているのが とても印象的だと思います。
そして もう一つが マリオ・ブルネロ ( Mario Brunello 1960, Castelfranco Veneto 《 Treviso》 )さんをリーダーに結成された オーケストラ・ダルキ・イタリアーナ ( Orchestra d’archi Italiana / 1994 )が 2002年に録音した ハイドンのチェロ協奏曲第一番などがおさめられたCDです。
注) もちろんチェロの『 響き 』 で言えば マリオ・ブルネロさんが 1999 年にピアノのアンドレア・ルケシーニ ( Andrea Lucchesini )さんと録音したブラームスのチェロ・ソナタが名盤なのでしょうが、今回はアンサンブル作品であげさせていただきました。
私は演奏家ではありませんので 弦楽器の『 響き 』 にかかわるニュアンスをイメージしていただくのに、何枚かのCDをあげさせていただきました。 これによって 私は 1960 年代からニコラウス・アーノンクール ( Nikolaus Harnoncourt / Unverzagt, 1929 )さん達が『 古楽 』復興運動の先駆者として提唱した 音楽表現の『 失われた話法 』の影響をうけた弦楽器奏法の お話しをしたいと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=jlKcMJwcgq4
http://www.youtube.com/watch?v=ejOaUn0Ub5o&feature=BF&list=PLACAEC25E438EA483&index=38
1929 年にベルリンで生まれた アーノンクールさんはウィーン国立音楽院ではチェロを学び1952 年にウィーン交響楽団にチェロ奏者として入団しています。 そしてウィーン交響楽団に入団した翌年の1953 年には アリス夫人らとともに古楽器の演奏団体としてホグウッドさんの エンシェント室内管弦楽団 と並んで有名になった ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス( Concentus Musicus Wien ) を結成しました。 因みに ウィーン交響楽団には 1969年までチェロ奏者として在籍されました。 そして オーケストラ指揮者としての活動は 1980 年代以降は ウィーン・フィルやベルリン・フィルも含む現代オーケストラの指揮活動にまでおよびました。
私のもっているCDに 1981 年にウィーン・コンツェントゥス・ムジクス と ウィーン国立歌劇場合唱団を指揮して モーツァルトの レクイエムを演奏したものがありますが、攻撃的なアクセントや 挑発的なテンポが印象的で 過剰と感じさせるほどクッキリとしたフレージングなどに強い独創性が感じられます。 私は時々取り出しては聴いているのですが 最近は慣れたのか初めて聴いたときに感じた 『 強い違和感 』は無くなりました。 それどころか 最近はバロック音楽のスリリングな面白さを広めた重要な録音だと思っています。
彼の演奏活動の結果 ヴァイオリンなどの弦楽器の『 響き 』の特性に着目する人がふえました。 そして 『 正統的 ( オーセンティック )』 であるために調和を乱すとして きちんと鳴らされていなかった不協和音は思いきり鳴らされ、そのおかげで逆に協和音の美しさが際立つことに気付いた演奏者が 自分の演奏表現に取り入れはじめたのです。
ご存知の方も多いでしょうが ヴァイオリンの練習に 『 ギシギシ歌わせる 』弾き方があります。 私は これを主にヴァイオリンの「 響胴 」のレゾナンス音をふやす奏法の練習だと思っています。 ヴァイオリンのメソードはいくつかの要素を同時に達成するためにつくられていますので 当然これだけという訳ではないでしょうが 、この『 ギシギシ歌わせる 』弾き方のコツをつかむと 『 条件を合わせる 』のが少しスリリングなタイミングになりますが 「 響胴 」が生みだす低音域が強く ホールの遠くの客席まできこえる 『 立体感に富んで表情がゆたかな響き 』 で楽器を鳴らすことができます。 これを演奏に取り入れるためには、あくまで演奏する曲のフレーズなどを壊さない範囲で … 例えば 弓を可能なかぎり駒寄りの位置に持ってきたり、少し弓が『 弦をのばすように … 』 注)1 意識するなど こまやかな調整が必要だと思います。 やってみると分かるでしょうが これはダブル・アクション ( 弦を弓で駒方向に押してから 間髪を入れず横振動をつくる動きを指します。)を瞬時におこなう演奏技法ですから、腕の重さや力では不十分なはずなので エネルギー源として 「 腹筋 」と 「 背筋 」の力を交互に使うことが必要になったりするそうです。 そしてこの他の雑多な条件をクリアーした上で 演奏中は 『 弦を揺らすというより裏板を動かす…イメージのボウイング 』 を続けるのだそうです。 ソリスティックなヴァイオリニストがよく使う演奏技法ですので 、例として ギトリスさん 1990 年( 1922 ~ )、オイストラフさん ( 1908 ~ 1974 )、ハイフェッツさん 1945 年 ( 1901 ~ 1987 )、メニューヒンさん 1972 年( 1916~ 1999 )、シェリングさん ( 1918 ~ 1988 )の動画リンクを下に貼っておきます。
http://www.youtube.com/watch?v=FpbFMmLdBlk&mode=related&search=
http://www.youtube.com/watch?v=Jk786KRIkQw&search=violine
http://www.youtube.com/watch?v=gwEbOoVIwak&search=violine
http://www.youtube.com/watch?v=julBoaxI10g&search=violine
http://www.youtube.com/watch?v=qI2-1HzgWs8&mode=related&search=
そして例として もう一つ分かりやすい動画リンクを貼っておきます。
これは ネマニャ・ラドゥロヴィチ さん ( Nemanja RADULOVIC 1985, Serbia )が 2008年に サラサーテのチゴイネルワイゼン ( Airs Bohémiens ) を演奏しているものです。
piano : Laure Favre KAHN
http://www.youtube.com/watch?v=dVJB1ZLFZsw&feature=related
これは全部で 7分34秒の演奏映像ですが、彼は 弓の毛を3本切ります。 まず1本めは弾き始めて27秒後( 0:29 )で 2本めが 6分5秒後( 6:07 )、そして3本めが 6分42秒( 6:44 )あたりです。 これは偶然ではないと思います。 根拠は 先月( 2月14日)彼は東京オペラシティーの大ホールで パスカル・ヴェロさん指揮で東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲の第2番を演奏しました。 この曲はおよそ26分程の演奏時間で 彼は一度も弓の毛を切りませんでした。 ところが拍手に応えてのアンコールで 演奏時間が 2分10秒程のバッハ 無伴奏パルティータ第2番から コレンテ Courante ( クーラント )を演奏したのですが またたく間に弓の毛を3本も切ったのです。
先ほど私は 弓が『 弦をのばすように … 』 弾く演奏技法の説明をしました。 もともとこの奏法を使うと弓の馬毛は切れやすくなるのですが ここまで 毛を切る人はめずらしいです。 ( 根拠のないただの直感ですが この頻度はもしかして…パフォーマンスとして意図的に 『 切っている?』のかもと思っています。 妙な例えかもしれませんが マリナーズのイチロー選手が時折みせる 『 背面キャッチ 』 のようなものかもしれません。)
【 訂正情報です!】 2011年4月18日付 : 先月( 2月14日)彼は東京オペラシティーの大ホールで パスカル・ヴェロさん指揮の東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団と プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲の第2番の演奏をしたさいに、彼は毛を切り取る動作をみせませんでしたが 4列目の中央で見ていた知り合いが 『 少なくとも、3本は切れていたわ。演奏中にそれが見えていたので… 気のどくに … と思ったもの …。』 と教えてもらいました。 よって私が ” パフォーマンスとして意図的に 『 切っている?』のかもと … ” と思ったのは勘違いである事が判明いたしました。 ここに訂正し お詫びさせていただきます。 この後もパリで 彼のコンサートを聴いたお客さんも 『 うん! 毎回切っているよ!』 とおっしゃっていました。 彼の奏法は一貫しているようです …。 横田 直己
ただ彼が 『 本物!』なのは アンコールのヴァイオリンの 『 音 』が消えたあとに 目まいがしそうな位に長い静寂 ( 10秒程はあったでしょう。)を体験した幸せな聴衆の皆さんは同意されると思います。 おかげさまで私が上に書いた ” この『 ギシギシ歌わせる 』弾き方のコツをつかむと 『 条件を合わせる 』のが少しスリリングなタイミングになりますが 「 響胴 」が生みだす低音域が強く ホールの遠くの客席まできこえる 『 立体感に富んで表情がゆたかな響き 』 で楽器を鳴らすことができます。” の意味が ご理解いただけるのではないかと思います。
http://www.nemanja-radulovic.com/
注)1
この弦を伸ばす … という意識については、冒頭で紹介させていただいた奥田治義さんのホームページの 【 8. 弦の”伸縮振動” … 】の一部を引用させていただきます。
【 … まず単純な伸び縮みに関する振動であるが、一般的な弦の振動に関する理解は ” 横振動 ” として捉えられているが、弦が横に振動するためにはまず 弦が伸びなければ弦はピクリとも動かないはずである。 弦が伸びて 初めて横に振れるのである。 ゆえに 弦の長さ方向に最初の振動を起こしてやることによって小さな力で素早い立ち上がりが実現される。 … ( 中略 ) … ここでは極く簡単に述べるに留めるが 弦の振動は一見するとただ横に振れているように見える。 しかし実際は弦上に ”く” の字を寝かせた形の波が発生し 回転しながら 弦長方向に上下に移動しているのである。 そしてこの ”ヘルムホルツ波”の動きを意識し助けるようなボウイングを行うことによって 最初の振動増幅装置である駒の振動が効率良く伝わるのである。 … 】
http://b3a4s4s.web.fc2.com/07okuda/noda-method.htm
さきほどアーノンクールさんと ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのおかげで … という事を書きましたが、彼らの演奏が最初に出てきた 1960 年代に聴衆の多くは 攻撃的なアクセントや 挑発的なテンポが印象的で 過剰と感じさせるほどクッキリとしたフレージングなどに強い違和感を感じながらも 彼らの『 楽譜に誠実な演奏とは?』という問いかけに触発されたのが 想像以上に後の世代の背中を押したと思っています。
私は そうして蓄えられた豊かさが ネマニャ・ラドゥロヴィチ さんのような 『 歩く ” 歴史 ”』 を生みだしたり ファビオ・ビオンディ さん達やジュリアーノ・カルミニョーラ さん達のように 『 同じ話法 』 を試みる演奏者を育むことに繋がったと感じています。
最後に 冒頭の Toshiさんからのご質問に私なりの意見をいわせていただくと、ファビオ・ビオンディ さん達の演奏は上に書かせていただいたように 『 強く弦楽器の裏板を動かす 』 ために多少の不響和音を伴いながらも協和音の美しさが際立つ仕上がりになっています。 しかし 私の想像では 彼らは演奏家として自分達が生みだす 『 響き 』 に満足していないと思います。 正直に言うと 私の感覚では デジデリオ・クエルチェターニ さんの製作した弦楽器はピリオド楽器と比べて レゾナンス音が不足しているように感じられ 演奏の『 音空間 』において 『 疎 』 のゾーンが出現しているのが気になります。 私の勝手な想像では冒頭に引用させていただいた野田さんの 『 音色・ニュアンスにこそ、その音楽家の良心が顕れると考えている。』 という考え方には 今年 50歳のファビオ・ビオンディ さんも共感していただけるのではないかという気がするのです。 まあ とにかく … 感覚のお話しですから 大目に見ていただきたいと思います。
そもそも 今回、あえて長文を書いたのは 私自身の『 音楽 』や 『 演奏 』に対する感覚を修正するために 他の方の意見や感想を聞けるかもしれないと考えたからです。 私の個人的な価値観で恐縮ですが 人間も含めて『 自然 』は 『 多様 』であることが力の源となっていると信じます。 人間の感覚は統一できるものではないでしょうし、意外とその違いに驚きだけでなく 『 歓び 』 や 『 感動 』が触発されるのではないかと考えています。
以上、長文にお付き合いいただき ありがとうございました!
3月 19日
自由ヶ丘ヴァイオリン 横田 直己
弦楽器の 裏板の役割について、 私の考えを お話します。 への2件のコメント
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返信
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yokota より:2011年3月19日 8:48 AM (編集)
こんにちは。なかなか時間が取れず返事が遅くなり 申し訳なく思っています。先ほどウェブサイトの投稿を書き終えました。私の個人的な感覚で恐縮ですが いろいろ書かせていただきました。寛容な心で目を通していただければ幸いです。
直感力がするどい Toshi さんですから ご理解いただけると思いますが 失われた技術をいくつかあげてみます。
ヴァイオリンや ヴィオラ・ダモーレは 結局、① 弦の振動( 定常波 )→ 駒 → F字孔内側へり → 響胴内空気 で発生させた音と、 ② 弦の振動が 響胴をダイレクトにゆらしその動きによってF字孔外側部( ウイング )を振動させそれが 響胴内空気の粗密波となったものと、③ 弦の振動を受けて表板四隅に薄く彫り込まれた振動板と裏板に彫りこまれた上1枚で下2枚の振動板が ヘルムホルツ・オシレータとして発生させた レゾナンス音を生みだすという仕組みの、3つの音が重なるることで 美しい音色を作っています。以上の仕組みのなかから失われた技術をあげると ( A ) 結局 波源の固有振動が重要なのですが ピリオド楽器の表板の厚み分布が a. 中央厚タイプと b. 外厚タイプ( ふち厚タイプ )があって、私の研究では ホイヘンスなどの論文によって1678年以降に四隅に広めの振動板を設定すればレゾナンス音が安定して得られる b. 外厚タイプに軍配があがり、これが 1710~40年にかけての『 パーフェクト・タイプ 』の誕生に結びつきました。ピリオド楽器の表板・裏板の厚さをていねいに計測すると中央厚タイプと 外厚タイプ それぞれに何種類かのヴァージョンがあり、それがヴァイオリンの『 原形型 』を決めるときに混乱を招きました。( B )因みに失われた技術の一つを『 パーフェクト・タイプ 』であげると パフリングの縁からの幅があります。この典型としては デル・ジェズ・ガルネリ( 1698~1722~1744 )のヴァイオリンが分かり易いと思いますので次にあげてみたいと思います。ただしこの計測データは 1998年にPeter Biddulph 氏が出版した Giuseppe Guarneri del Gesu 原寸大写真集+実寸計測資料集より引用したもので 残念ながら平均値となっています。ピリオド・ヴァイオリンは 非常に計測がむずかしいので見落とされがちですが、パフリングの外側の幅は響胴を正面から見て左アッパー・左センター・左ロワーそして右側も同じく三つのエリアで幅が変えてあるので、本来は左右あわせて6ヶ所を計測する必要があります。 ( C )これは側板の厚さもそういう仕掛けがしてあります。( 例として The Collection of Bowed Stringed Instruments of the Oesterreichischen Nationalbank 2002 年刊より引用するとRainer Honeck さんが演奏しているA.Stradivari,Cremona 1714 ” ex Smith-Quersin ” は Rib thickness bass side が上から 0.9mm – 1.0mm – 0.9mm そして Rib thickness treble side は 1.1mm – 1.1mm – 0.9mm とされており、Benjamin Schmid さんが演奏しているA.Stradivari ,Cremona 1707 , ” ex Brustlein ” は Bass side 0.9mm – 1.1mm – 0.9mm の Treble side 1.1mm – 0.9mm – 1.2mm で Violaで見てみると Veronika Hagen / Hagen-Quartett さんが使用しているG.P.Maggini ,Brescia 17th century は Rib thickness bass side が上から 1.4mm – 1.5mm – 1.6mm で Treble side が 1.5mm – 1.5mm – 1.6mm とされています。また Violoncello では Stephan Gartmayer さんが使用している G.Grancino , Milan 1706 ” ex Piatti-Dunlop ” は Rib thickness bass side が 上から 1.8mm – 1.9mm 1.8mm で Treble side が 1.7mm – 1.8mm 1.7mm とされています。この差は響胴の動きかたを誘導するために工夫されたものです。)とはいってもピリオド弦楽器は側板からオーバーハングした表板と裏板の深さを『 削り込み調整 ( 私は”パティーナ・テクニック ”と呼んでいます。)』が施してあるので、パフリング幅の計測はそこそこ時間が掛り重労働のようなフラストレーションが溜まります。 さて話を元にもどして ガルネリ・デル・ジェズのヴァイオリン・パフリング幅の平均値を年代順にみてみると c.1727年 Dancla -3.5mm / c.1729 Stretton – 3.9 mm / 1731 Baltic – 3.75mm / 1734 violon du Diable – 4.1~4.3mm / 1740 Ysaye – 3.75mm / 1741 Kochanski – 4.1mm / 1741 Vieuxtemps – 4.4~4.5mm / 1742 Lord Wilton – 4.25mm / 1743 Carrodus – 4.0~4.25mm / c.1744 Doyen – 4.4~4.5mm / 1745 Ledus – 4.8~5.0mm などとなっています。この変化の理由はヘルムホルツ・オシレータとして豊かな低音を生み出すために振動板ゾーンを最大にしたため ヘリを強化しないと せっかく薄く作っても 明瞭な共鳴音が得にくくなってしまうためです。トリニダードトバゴで石油などがはいっていたドラム缶を1/3に切って加熱して鍛金技法でいくつもの丸い振動板を生みだすことで製作されるスチール・ドラムをご存じでしょうか? それに近いイメージか … タンバリンの縁の輪の一部がグニャグニャしていたら 手でたたいたときにきれいな音はしにくい … そんな イメージでしょうか? とにかくデル・ジェズ・ガルネリは1722年頃独立した人ですが、その彼が制作したヴァイオリンのパフリングが埋め込まれた幅は1727年頃から 1744年に亡くなった直後に弟子の手で仕上げられた( モーツァルトのレクイエムみたいですね!)1745年までを比較してみるとパフリングを徐叙に内側に移動してその外側の幅を強化しながらヴァイオリンを製作しました。目が良い方がオールド・ヴァイオリンを眺めた時に複雑な表情を感じるのには、これが大きく影響しています。 因みに 表板や裏板の縁の一部を調整時に削っただけでなく それぞれ6つのエリアごとに幅が微妙に変えてあることによるというのは、現代の弦楽器製作者には受け継がれておらず 例えばクレモナでは一律に4.0mmと指導しイギリスの学校では3.0~4.0で任意の幅を決めて一律な幅で溝を彫ると指導しています。またアメリカのHenry A. Strobelは 3.8mmで指導しているなど多少値が違ってもほとんど一律の幅でいれられています。観察力のある Toshi さんだったら覚えているでしょう。アンドレア・アマティのパフリングと縁の幅は 平均値で 2.9~3.2mm で さきほど私が指摘した6つのエリアごとに幅が変えていれられているので複雑な印象だったことや 1750年ころから盛んに名器を製作したニコラ・ガリアーノは パフリング幅が広く4.5~5.2mmくらいあったことや、ニコラ・アマティもそういえば晩年に製作したヴァイオリンのパフリング幅は広げられていたことなど… 。『 パフリングは装飾ではなく 音響調整のためにいれられた!』以上、ロスト・テクノロジーについて ( A )~ ( C )まで 三つの要素についてあげてみましたが、このほかにもたくさんありますので書ききれそうもありませんので今回はここまでにさせていただきます。最後になりますが アドバイスをしておくとケルチェターニ氏の弦楽器の表情が『 新しい!』のは響胴が低音域の音をしっかり生みだすために必要としている ”ねじれ ”の量が不足しているからです。 豊かなトーンを実現するためには 低音域のレゾナンス音が不可欠ですが、この現象を別の言い方で表現すれば 『 しっかりとした低い響きがしている楽器は、媒質である内部の空気を適度な固有振動をもった表板や裏板がしっかり震えさせてているからですが それは ”変換点 ”となっているゾーンに流れ込む ”エネルギー量 ”が大きいことを意味します。ですからこれを達成するためには ”内部摩擦 ”を ”駆動系 ”の効率性を改善し弦が ” しなやかに振動する ”ように工夫し最終的に ”動的平衡 ”に近い状況を作り出せばよいことになります。 大事なことなので繰り返しますが 薄くて平たい板を ”共鳴振動 ”させるのには ”ねじる ”変形を利用して「 ゆるむ 」あるいは「 ひずむ 」動きがおこった後ではじめて垂直方向の上下振動が可能になるということをもっと意識したほうが良いのではないでしょうか!』
以上、長文にお付き合いいただき ありがとうございました!
2011 年 3 月 20 日 自由ヶ丘ヴァイオリン
横田 直己弦楽器の 裏板の役割について、 私の考えを お話します。 への2件のコメント
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toshi より:2011年3月10日 4:00 PM (編集)
いろいろとご親切なコメントをありがとうございました。
私は古いヴィオラ・ダモーレを2本持っていますが、実は、新しいコピーの楽器はほとんど弾いたことがないのです(1900頃の楽器を2本ちょっとだけ弾いたことがありますが、ピンと来ませんでした)。フルートやオーボエでもそうですが「古い音」しか知らないと、周囲から「変人」扱いされてしまいます。もちろん、横田さんの準備が将来整えば、ぜひとも注文させていただきたいのですが、その前に新しいヴィオラ・ダモーレがどんな音なのかと思い、2人の製作家の方に注文しております。そのうちの一人がケルチェターニ氏なのですが、この前「こんなヘッドはどうですか?」と女性の顔の彫刻の付いたヘッドの写真を送って来ました。
現代の世の中にはいろいろな製作者がいて、自作のガンバやダモーレに彫刻付きのヘッドを付けておりますが、実は、そういった彫刻を見た瞬間に私は注文したい気持ちが萎えてしまうのです(ああ、私はやはり変人です)。なぜって、バロック時代のヘッドの彫刻は… それはそれは見事なのに対し、現代のものは「薄っぺらい感じ」や「マンガチックな感じ」がしてしまうからです。こういったヘッド(バロック時代は恐らく楽器製作者自身が作った訳ではなさそうですよね)は楽器の「見栄え」をより高めるために付けられたものだと認識しておりますが、現代のものだと逆に見栄えが損なわれしまいます!
ケルチェターニ氏の彫刻は現代の中では一級なのでしょうけど、バロック時代の基準には遠く及びません。
音だけでなくて、外観も「バロック時代は遠くなりにけり」なのです。18世紀以前と現代の間で、一体、何が失われたのでしょうか? そして、その失われたものはどうやったら取り戻せるのでしょうか? これが私の人生の中での最大の疑問です。
返信-
yokota より:2011年3月19日 8:48 AM (編集)
こんにちは。なかなか時間が取れず返事が遅くなり 申し訳なく思っています。先ほどウェブサイトの投稿を書き終えました。私の個人的な感覚で恐縮ですが いろいろ書かせていただきました。寛容な心で目を通していただければ幸いです。
直感力がするどい Toshi さんですから ご理解いただけると思いますが 失われた技術をいくつかあげてみます。
ヴァイオリンや ヴィオラ・ダモーレは 結局、① 弦の振動( 定常波 )→ 駒 → F字孔内側へり → 響胴内空気 で発生させた音と、 ② 弦の振動が 響胴をダイレクトにゆらしその動きによってF字孔外側部( ウイング )を振動させそれが 響胴内空気の粗密波となったものと、③ 弦の振動を受けて表板四隅に薄く彫り込まれた振動板と裏板に彫りこまれた上1枚で下2枚の振動板が ヘルムホルツ・オシレータとして発生させた レゾナンス音を生みだすという仕組みの、3つの音が重なるることで 美しい音色を作っています。以上の仕組みのなかから失われた技術をあげると ( A ) 結局 波源の固有振動が重要なのですが ピリオド楽器の表板の厚み分布が a. 中央厚タイプと b. 外厚タイプ( ふち厚タイプ )があって、私の研究では ホイヘンスなどの論文によって1678年以降に四隅に広めの振動板を設定すればレゾナンス音が安定して得られる b. 外厚タイプに軍配があがり、これが 1710~40年にかけての『 パーフェクト・タイプ 』の誕生に結びつきました。ピリオド楽器の表板・裏板の厚さをていねいに計測すると中央厚タイプと 外厚タイプ それぞれに何種類かのヴァージョンがあり、それがヴァイオリンの『 原形型 』を決めるときに混乱を招きました。( B )因みに失われた技術の一つを『 パーフェクト・タイプ 』であげると パフリングの縁からの幅があります。この典型としては デル・ジェズ・ガルネリ( 1698~1722~1744 )のヴァイオリンが分かり易いと思いますので次にあげてみたいと思います。ただしこの計測データは 1998年にPeter Biddulph 氏が出版した Giuseppe Guarneri del Gesu 原寸大写真集+実寸計測資料集より引用したもので 残念ながら平均値となっています。ピリオド・ヴァイオリンは 非常に計測がむずかしいので見落とされがちですが、パフリングの外側の幅は響胴を正面から見て左アッパー・左センター・左ロワーそして右側も同じく三つのエリアで幅が変えてあるので、本来は左右あわせて6ヶ所を計測する必要があります。 ( C )これは側板の厚さもそういう仕掛けがしてあります。( 例として The Collection of Bowed Stringed Instruments of the Oesterreichischen Nationalbank 2002 年刊より引用するとRainer Honeck さんが演奏しているA.Stradivari,Cremona 1714 ” ex Smith-Quersin ” は Rib thickness bass side が上から 0.9mm – 1.0mm – 0.9mm そして Rib thickness treble side は 1.1mm – 1.1mm – 0.9mm とされており、Benjamin Schmid さんが演奏しているA.Stradivari ,Cremona 1707 , ” ex Brustlein ” は Bass side 0.9mm – 1.1mm – 0.9mm の Treble side 1.1mm – 0.9mm – 1.2mm で Violaで見てみると Veronika Hagen / Hagen-Quartett さんが使用しているG.P.Maggini ,Brescia 17th century は Rib thickness bass side が上から 1.4mm – 1.5mm – 1.6mm で Treble side が 1.5mm – 1.5mm – 1.6mm とされています。また Violoncello では Stephan Gartmayer さんが使用している G.Grancino , Milan 1706 ” ex Piatti-Dunlop ” は Rib thickness bass side が 上から 1.8mm – 1.9mm 1.8mm で Treble side が 1.7mm – 1.8mm 1.7mm とされています。この差は響胴の動きかたを誘導するために工夫されたものです。)とはいってもピリオド弦楽器は側板からオーバーハングした表板と裏板の深さを『 削り込み調整 ( 私は”パティーナ・テクニック ”と呼んでいます。)』が施してあるので、パフリング幅の計測はそこそこ時間が掛り重労働のようなフラストレーションが溜まります。 さて話を元にもどして ガルネリ・デル・ジェズのヴァイオリン・パフリング幅の平均値を年代順にみてみると c.1727年 Dancla -3.5mm / c.1729 Stretton – 3.9 mm / 1731 Baltic – 3.75mm / 1734 violon du Diable – 4.1~4.3mm / 1740 Ysaye – 3.75mm / 1741 Kochanski – 4.1mm / 1741 Vieuxtemps – 4.4~4.5mm / 1742 Lord Wilton – 4.25mm / 1743 Carrodus – 4.0~4.25mm / c.1744 Doyen – 4.4~4.5mm / 1745 Ledus – 4.8~5.0mm などとなっています。この変化の理由はヘルムホルツ・オシレータとして豊かな低音を生み出すために振動板ゾーンを最大にしたため ヘリを強化しないと せっかく薄く作っても 明瞭な共鳴音が得にくくなってしまうためです。トリニダードトバゴで石油などがはいっていたドラム缶を1/3に切って加熱して鍛金技法でいくつもの丸い振動板を生みだすことで製作されるスチール・ドラムをご存じでしょうか? それに近いイメージか … タンバリンの縁の輪の一部がグニャグニャしていたら 手でたたいたときにきれいな音はしにくい … そんな イメージでしょうか? とにかくデル・ジェズ・ガルネリは1722年頃独立した人ですが、その彼が制作したヴァイオリンのパフリングが埋め込まれた幅は1727年頃から 1744年に亡くなった直後に弟子の手で仕上げられた( モーツァルトのレクイエムみたいですね!)1745年までを比較してみるとパフリングを徐叙に内側に移動してその外側の幅を強化しながらヴァイオリンを製作しました。目が良い方がオールド・ヴァイオリンを眺めた時に複雑な表情を感じるのには、これが大きく影響しています。 因みに 表板や裏板の縁の一部を調整時に削っただけでなく それぞれ6つのエリアごとに幅が微妙に変えてあることによるというのは、現代の弦楽器製作者には受け継がれておらず 例えばクレモナでは一律に4.0mmと指導しイギリスの学校では3.0~4.0で任意の幅を決めて一律な幅で溝を彫ると指導しています。またアメリカのHenry A. Strobelは 3.8mmで指導しているなど多少値が違ってもほとんど一律の幅でいれられています。観察力のある Toshi さんだったら覚えているでしょう。アンドレア・アマティのパフリングと縁の幅は 平均値で 2.9~3.2mm で さきほど私が指摘した6つのエリアごとに幅が変えていれられているので複雑な印象だったことや 1750年ころから盛んに名器を製作したニコラ・ガリアーノは パフリング幅が広く4.5~5.2mmくらいあったことや、ニコラ・アマティもそういえば晩年に製作したヴァイオリンのパフリング幅は広げられていたことなど… 。『 パフリングは装飾ではなく 音響調整のためにいれられた!』以上、ロスト・テクノロジーについて ( A )~ ( C )まで 三つの要素についてあげてみましたが、このほかにもたくさんありますので書ききれそうもありませんので今回はここまでにさせていただきます。最後になりますが アドバイスをしておくとケルチェターニ氏の弦楽器の表情が『 新しい!』のは響胴が低音域の音をしっかり生みだすために必要としている ”ねじれ ”の量が不足しているからです。 豊かなトーンを実現するためには 低音域のレゾナンス音が不可欠ですが、この現象を別の言い方で表現すれば 『 しっかりとした低い響きがしている楽器は、媒質である内部の空気を適度な固有振動をもった表板や裏板がしっかり震えさせてているからですが それは ”変換点 ”となっているゾーンに流れ込む ”エネルギー量 ”が大きいことを意味します。ですからこれを達成するためには ”内部摩擦 ”を ”駆動系 ”の効率性を改善し弦が ” しなやかに振動する ”ように工夫し最終的に ”動的平衡 ”に近い状況を作り出せばよいことになります。 大事なことなので繰り返しますが 薄くて平たい板を ”共鳴振動 ”させるのには ”ねじる ”変形を利用して「 ゆるむ 」あるいは「 ひずむ 」動きがおこった後ではじめて垂直方向の上下振動が可能になるということをもっと意識したほうが良いのではないでしょうか!』
以上、長文にお付き合いいただき ありがとうございました!
2011 年 3 月 20 日 自由ヶ丘ヴァイオリン
横田 直己
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いろいろとご親切なコメントをありがとうございました。
私は古いヴィオラ・ダモーレを2本持っていますが、実は、新しいコピーの楽器はほとんど弾いたことがないのです(1900頃の楽器を2本ちょっとだけ弾いたことがありますが、ピンと来ませんでした)。フルートやオーボエでもそうですが「古い音」しか知らないと、周囲から「変人」扱いされてしまいます。もちろん、横田さんの準備が将来整えば、ぜひとも注文させていただきたいのですが、その前に新しいヴィオラ・ダモーレがどんな音なのかと思い、2人の製作家の方に注文しております。そのうちの一人がケルチェターニ氏なのですが、この前「こんなヘッドはどうですか?」と女性の顔の彫刻の付いたヘッドの写真を送って来ました。
現代の世の中にはいろいろな製作者がいて、自作のガンバやダモーレに彫刻付きのヘッドを付けておりますが、実は、そういった彫刻を見た瞬間に私は注文したい気持ちが萎えてしまうのです(ああ、私はやはり変人です)。なぜって、バロック時代のヘッドの彫刻は… それはそれは見事なのに対し、現代のものは「薄っぺらい感じ」や「マンガチックな感じ」がしてしまうからです。こういったヘッド(バロック時代は恐らく楽器製作者自身が作った訳ではなさそうですよね)は楽器の「見栄え」をより高めるために付けられたものだと認識しておりますが、現代のものだと逆に見栄えが損なわれしまいます!
ケルチェターニ氏の彫刻は現代の中では一級なのでしょうけど、バロック時代の基準には遠く及びません。
音だけでなくて、外観も「バロック時代は遠くなりにけり」なのです。18世紀以前と現代の間で、一体、何が失われたのでしょうか? そして、その失われたものはどうやったら取り戻せるのでしょうか? これが私の人生の中での最大の疑問です。