ヴァイオリンのストップ ( Stop length )は現在 195.0 mm が 標準型として扱われていますが オールド・ヴァイオリンでは違いました。 そこで 1998年に Peter Biddulphがロンドンで出版した 25台のデル・ジェズを実物大の写真で掲載した ” Giuseppe Guarneri del Gesu ” の 2巻より24台分の計測値を参照のため引用させていただくとともに、1995年に クレモナで開催された展示会カタログ ” Joseph Guarnerius del Gesu – Cremona 1995 ” から 4台分の計測値も参照のため引用させていただき合わせて 28台のデル・ジェズの計測値を制作年の順に下に並べました。
Giuseppe Guarneri del Gesu ( 1698 ‐ 1744 ) 制作年 ストップ( ㎜ ) 裏板胴長
ストップ ~ 190 mm 3台 ~ 192 mm 11台 ~ 195 mm 7台 ~ 200 mm 7台
上記の28台の平均は 193.24ミリです。 私の知人の理系研究者が 『 僕は” 平均 ” は研究においてはごまかしの手法だと思っています。』 と言い切りましたが、私もそう思います。 上記のデータの読み方は 1727年頃から1744年までのストップで 『 不都合な赤字』の出現パターンに着目することからはじめます。 そして鍵は190ミリ以下の存在です。 ヴァイオリンを製作する人は私も含めて 最初に 『 ストップは何ミリが ベストか? 』 と考えがちですが、上の数列は 『 どちらのタイプを選ぶか? 』 によって出来上がっています。 結論をいうと コーナーの条件が特殊でなければ、ストップが192ミリより短いタイプは ヴァイオリンの出す共鳴音のなかで低音域が強化されます。 私はこれを 『 音が上にあがる組み方 』 とよんでいます。 そして 192ミリより長いタイプはキャリング・パワーが強くなる 『 音が水平にとぶ組み方 』 と考えるのが適当だと思います。 この仕組みについては後ほど触れようと考えています。
私が持っている弦楽器の写真集やカタログから1799年までとなっているチェロのボディ・ストップと胴長をエクセルに入力して上に貼っていますが、 チェロのボディ・ストップについても 一般にいわれる数字と違うことがわかります。
私は ボディ・ストップについては イタリアのチェリスト マリオ・ブルネロさんが 駒をネック側にずらした位置に立てたチェロを使用しているのに気づいてから考えはじめました。
演奏上は ボーイングに多少気遣うだけで左手の心配はないでしょうから選択肢としてわからないでもないですが、 本当に悩んだのは 下の写真の ジュリアーノ・カルミニョーラの 場合です。 一般に駒が立てられる位置より6~7ミリもエンドピン側にずらした位置に駒を立てて使用されています。
彼は上写真のバロック・ヴァイオリンと ピエトロ・ガルネリの 1733年で長い間演奏と録音活動を続けていました。 実は私のヴァイオリンを購入してくださった方が カルミニョーラさんの知人だったので直接ヴァイオリンのことをお聞きしようと 2007年1月26日に王子ホールでのフォルテ・ピアノの矢野泰世さんとのリサイタルに出かけました。 演奏が始まった直後に正直 『 えぇーっ!ストラディヴァリ… !』 と思い次に 『 … クン・ブラボーを使っている…。』 でした。 この日は 6時すぎから降り始めた雨が時間を追うごとに強さをまし 王子ホールのなかにも湿気がはいってくる状況で 前半終了後の休憩時間に 鍵盤楽器のチューニングに苦慮しているのがはっきり聴こえました。 カルミニョーラさんの演奏は 前半の モーツァルトのソナタ第24番と ベートーヴェンのソナタ第8番は どうなることかと少しハラハラしたのですが、 後半のモーツァルトのソナタ第40番で 『 … よし!』 と思い、 シューベルトのロンドでは 『 さすが!』 と感じました。 演奏はよかったのですが 楽器の件がショックで演奏終了後は、ロビーで待たずにすぐにホールをあとにしました。 カルミニョーラさんの演奏はこの後は 2008年11月6日に紀尾井ホールで聴きましたが やはり 銀座と同じ ボローニャ貯蓄銀行財団から永久貸与された 1732年製 ストラディヴァリウスを使用されていました。 なおこの ストラディヴァリについては 『 財団法人 三鷹市芸術文化振興財団 』 のホームページを下に引用させていただきました。
ストラディヴァリ ”バイヨー1732″ との出会い
ジュリアーノ・カルミニョーラ
この文を書きながら、2005年11月クラウディオ・アッバードとオーケストラ・モーツァルトとの共演の後で、ファービオ・ロヴェルシ=モーナコ教授*1と会ったときのことを思い出して、深い感動を覚える。私たちは長時間、オーケストラのこと、若い演奏家たちのこと、弦楽器のことなどを話した。とくに、世界中の演奏家の垂涎の的であり、私たちの国にほんの少数しか残っていない、イタリアの弦楽器製作技術の所産である最高傑作について話し込んだ。私はこの問題に対する彼の深い見識と関心を感じた。別れるとき、彼は誠意をこめてこう言ったのである。「どうぞ会いに来てください。今日の話の続きをしましょう。」
それから1年ほど、私はこの件をそのままにしていた。コンサートや教える仕事で忙しく、それに遠慮もあったし、厚かましすぎると思われたくなかったからである。1年後の2006年11月、私たちはコンサートの後で再会した。そして今度もまた愛想よく彼は言った。「マエストロ、来てくださいませんでしたね。」私はすっかりどぎまぎして、言い訳の言葉を探した。彼が前年の会話を覚えているとは想像もしていなかったのである。
こうして私は、ボローニャ貯蓄銀行財団が本気で18世紀イタリアの貴重なヴァイオリンを購入したいと考えていることを知った。それはまるで、信じられない夢の実現だった。しかし、私は勘違いしたくなかった。その頃、有名なヴァイオリニストのヴィクトリア・ムローヴァが私の家に泊まっており、私たちはスペインとオーストリアでいっしょにコンサートをすることになっていた。私がこの「特別な会談」のことを話すと、彼女は、数カ月前ローマの弦楽器研究家・楽器商クロード・レベ(Claude Lebet)の店に美しいストラディヴァリが3本あったと教えてくれた。
私は勇気を奮って財団事務局長のキアーラ・セガフレードに電話をした。彼女は私とロヴェルシ=モーナコ教授との2回目の会談の後、このまままた1年放っておいてはいけないと熱心に催促していたのであった。私はレベに電話をし、ボローニャで会うことにした。3本のヴァイオリンを2日ほど試奏した後、私は「バイヨー1732」を選んだ。12月5日に財団理事会は会議をし、全員一致でこの高価なヴァイオリンの購入を決め、私に貸与することも決定した。
それからわずか数日後、夢はほんとうに実現したのである。私はこれほどすばらしい音を持ち、これほどすばらしい歴史的芸術的価値を持つ楽器を演奏する大きな喜びと誇りと名誉を与えてくれた、財団の理事長、副理事長、取締役、そして事務局長に心からの感謝をしたい。
*1 … モーツァルト管弦楽団やボローニャ貯蓄銀行財団の文化アドバイザー
Joachim Tielke 1683 Hamburg
http://www.orpheon.org/oldSite/Seiten/Instruments/vdg/vdgb_tielkevdg.htm
http://web.mac.com/vazquezjose/iWeb/EU-Project/Tielke.html
さて、 ボディ・ストップの選び方については楽器全体のシステムとの関係で決まりますので簡単な指標では説明出来ませんし、他のシステムとの関係で後のページを使ってお話しできると思いますので16ヶ所目のチェツク・ポイントとしては 『 ボディ・ストップはその楽器を製作した人の意図を知るためには重要ですから、 なるべく正確に計測して下さい。 』 という事にしたいと思います。
最後にひとつだけ触れておきますが、さきほどコーナーの条件が特殊でなければ ストップが短いタイプは共鳴音のなかで低音域が強化されることから 私はこれを 『 音が上にあがる組み方 』 と呼び、逆に長いタイプはキャリング・パワーが強くなることから 『 音が水平にとぶ組み方 』 と考えている趣旨のことを書きましたが、 その考え方の入り口は コントラバスのサウンドポスト・クロスバー ( The Soundpost Cross Bar )でした。 左側は 1660年以前の製作とされるコントラバスで、 右側は 1780年頃にイタリアで製作されたとされているものです。 左側の サウンドポスト・クロスバーの幅に着目してください。 響胴の鳴りが制約される リスクを取ってまで幅を広くもたせてあります。 右側のコントラバスの サウンドポスト・クロスバーの幅があれば 魂柱は きちんと立てられることから、 左側の サウンドポスト・クロスバーの幅は ネック寄り ( センター・バーツ寄り )の位置と エンドピン寄りの位置の 二つの位置に対応出来るように設定されたと考えられます。 オールド・ヴァイオリンの裏板の厚みを計測してみると 2つのどちらかが選ばれたと判断できる 等高線が出現します。 私は 多くの名工が 1710年から1740年にかけて センター・バーツ寄りから エンドピン寄りに魂柱を立てる場所を移行させたと考えています。
上のコントラバス写真は 2004年に Henry Strobel, Violin Maker & Publisher より出版された Charles Traeger with David Brownell & William Merchant さん達による ” The setup and Repair of the Double Bass for Optimum Sound ” の 181ページと表紙より引用いたしました。