弦楽器を知るためには 絵画も大事な資料となることがあります。 ヴァイオリンが誕生して間もない時期の1568年 ライン川河口のスペインの支配地域のネーデルラントで 「 80年戦争 」と呼ばれる独立戦争がはじまりました。 これは休戦協定 ( 1609-1621 ) あけの 「 30年戦争 」( 1618-1648 )の終結でオランダが独立を勝ち取ることにより終わりましたが、これに先立ち 北部7州は1581年に宣言を決行し1609年頃には事実上 「 ネーデルラント連邦共和国 」が成立していました。 この地で 高名な画家となる レンブラント ( Rembrandt H. van Rijn 1606‐1669 )は生まれました。 そして1620年代半ばから1631年までライバルでもあった ヤン・リーフェンス ( Jan Lievens 1607‐1674 )と レイデン ( Leiden )に共同でアトリエを借り画業に励みました。 その 共同アトリエをはじめた1625年頃すでにプロの画家としてみとめられていた ヤン・リーフェンスが制作した 「 ヴァイオリン奏者 」のタイトルの油画が オランダ、レイデンの「 ラーケンハル美術館 」に収蔵されています。 参考のため、その1625年頃制作された絵の中の ヴァイオリン・ヘッド部分を下にあげました。
上段左から2枚目がそうですが 私はこれは完璧にモチーフのヴァイオリンを ”写した”ものと考えています。 レンブラントが1632年にアムステルダムで「 トゥルプ博士の解剖学講義 」で名声を得て1642年に「 夜警 」で後世の評価を確定させたのに比べて ヤン・リーフェンスはあまりにも無名の扱いをうけていますが 、この18歳の画家がもっていた ”写実”能力は まさに”天才”レベルだと思います。
さて ヴァイオリンの”響”を楽器の ディティールから検証するために黎明期のヴァイオリン・ヘッドの画像がほしかったのですが 1625年頃描かれたこの油絵しか見つかりませんでした。 ですがこの一枚の絵で チェツク・ポイントの8つめの 「 ペグボックスの両側の壁厚を変化させているでしょうか? 」は ご理解いただけると思います。 ヤン・リーフェンスがモチーフにしたヴァイオリンはヴァイオリンが誕生した時期に 上段左のガスパロ・ダ・サロが 1560年頃制作した 注)1 シターン・ヘッドのペグボックス両壁のようにエッジが ”キリット”仕上げられた作りから アンドレア・アマティ ( c.1505~1579 )が 1566年頃制作した” The charles Ⅸ of France “のようにエッジが丸いタイプとして完成する手前の 移行期のヴァイオリンなのです。
このヤン・リーフェンスがモチーフにしたヴァイオリンのバランスは 右側の1740年頃 William Forster ( c.1713~1801 )注)2 のヴァイオリンに受け継がれているのがご理解いただけると思います。 このようにヴァイオリンの名器のペグボックスは胴体の 「 揺れ 」と調和するように左右のペグボックス壁に”非対称”に薄い部分をいくつか設けて制作されました。 下段に1679年製 ストラディヴァリウスの ”Parera” 注)3 のヘッド写真を挙げましたので確認してください。
左側は Nicola Gagliano ( 1675~1763 )が 1725年頃制作したヴァイオリンのヘッドで、右側は前のページで フロアの厚さの例として使用した ガリアーノ兄弟 ( Giuseppe 1726~1793 , Antonio 1728~1805 )が 1754年に制作したヴァイオリンのものです。両方とも継ネックがされているため ペグボックス壁厚は下側1/4はオリジナル状態ではありませんが、上側 3 /4は制作当初の状態がよく保存されています。このようにオールド・ヴァイオリンではチェツク・ポイントの8つめの 「 ペグボックスの両側の壁厚を変化させているでしょうか? 」の確認は容易です。
ペグボックスの壁厚を変化させたのと同じ理由で Nicola Gagliano ( 1675~1763 )が 1725年頃制作したヴァイオリンのスクロール・アイは 向かって左側が下がるようにアイの中心軸が傾けてあります。これと逆に右側を下げた例として 東京都交響楽団の首席チェロ奏者が使用していた Nicola Albani ( worked at Mantua and Milan, 1753~1776 )のチェロのスクロールと Johann Jais ( 1715~1765 )が 1760年頃製作した 胴長382ミリのビオラの写真をあげておきます。
ペグボックスにみられる胴体の揺れと同調しやすくした工夫の中には スクロールを 人間の頭部に例えれば 『 右向け右!』 した事も含まれます。 左側写真は横山進一さん撮影で1986年に学研より出版された” The ClassicBowed Stringed Instruments from the Smithsonian Institution ” の 88ページより引用させて頂きましたが、スミソニアンに展示されているオリジナルネックのチェロです。 表板の真正面から撮影されているので スクロールの 『 右向け右!』がハッキリ見えると思います。 現在ほとんどのヴァイオリン族の楽器は近代に継ネックなどで製作時よりスクロールが正面を向くように改造されていますが 注意深く見ると右側のチェロのように『 右向け右!』の製作時の姿をとどめた楽器に出会うことがあります。 W.E.Hill & Sonsの鑑定書で 1680年から1700年にかけてイタリアで制作されたとされている 右側のチェロのように継ネックがされていてもペグボックスが強くねじれた形状に削り込まれている関係できちんと 『 右側を向いている 』 弦楽器は どれもすばらしい ”響”をもっています。
注)1 1990年に Bresciaで開催された 「 ガスパロ・ダ・サロ450年祭 」の展覧会カタログ ” Gasparo da Salo’ e la liuteria Bresciana Tra Rinascimento e Barocco ” の71ページより引用しました。
注)2 1998年にロンドンで開催された展覧会 ” The British Violin – 400 years of violin & bow making in the British Iseles ” の 展覧会カタログの 75ページより引用しました。
注)3 この写真は横山進一さん撮影で1986年に学研より出版された”The ClassicBowed Stringed Instruments from the Smithsonian Institution”の24ページより引用させて頂きました。