14. 裏板の木理( もくり )

オールド・ヴァイオリンの裏板の ジョイントの位置取りに着目してみましょう。  例としてイギリス・王立音楽院コレクションカタログとして2000年 David Rattray さんが出版した ” Masterpieces of Italian Violin Making ( 1620~1850 )- Important Stringed Instruments from The Collection at The Royal Academy of Music ” の 31 と 35 ページを引用させて頂きました。

両方のヴァイオリンとも アンドレア・ガルネリ Andrea Guarneri ( 1626~1698 ) が制作したもので 左側が1665年で 右側が1691年 注)1  とされています。 そしてよく見ると左側のジョイントは少し時計回りで 右側は 反時計回りに位置取りがしてあります。

どこの国でも優れた木工職人は技術上の奥義( おうぎ )を問われると 『  それは木のくせを読み切り活かすことです。』と答えます。 オールド・ヴァイオリンも 同じことが留意されました。 裏板について言えばネジレながら縦に成長した木を使用しますので まず2つの選択支があります。 それは ジョイント加工によって木材に意図的な釣り合いを生じさせる “木伏”の応用で、もう一つが 一枚板のくせを読み切って “木組み” で調和させる技法です。  ジョイント型は一見して響胴のネジレが意図的に組まれているのが読めますが問題は一枚板です。 年輪を目で追っても傾きが判然としない楽器が多いからです。 この一枚板のくせを読み切る助けとなるのが ひび割れです。

 

年輪や杢( もく )そして柾目方向の符( ふ )などの 『 木理 』がわかりにくい 一枚板の裏板でも ひび割れが一筋入っているだけで製作者が考えた木組みがいきなり読めるようになります。  私はそうして材木の組み合せ方を教えてもらいました。  製作するためにはこれは大事な知識ですが ここでは”響”を見分けるための14ヶ所めのチェツク・ポイントとしては 『 裏板のジョイントまたは年輪が傾けてあるかを見てください。』で十分でしょう。  例として下に三枚の画像をあげておきます。

左側は横山進一さんが撮影し1986年に学研より出版された ”The Classic Bowed Stringed Instruments from the Smithsonian Institution ” の23ページより 1679年に制作されたストラディヴァリウス “ Parera ” の裏板を引用させて頂きました。 一枚板ですが 軸が反時計まわりにしてあるのが分かり易いヴァイオリンです。 そして これは軸を最大に傾けた良い例なので覚えておいて下さい。  このストラディヴァリウスのように積極的に軸と動きが仕掛けてあれば話は簡単なのですが、残念ながらほとんどのオールド・ヴァイオリンは次の二枚の写真ような注意深い観察が必要な組み方がされています。 中央の写真は Nicola Gagliano ( 1675~1763 )が 1725年頃制作したヴァイオリンの裏板ですが 少し反時計回りにした上で 中央より向かって少し左側にジョイントが位置づけられています。 そして右側に同じようにほんの僅か反時計回りでジョイントを中央より左側 ( ボトムでガリアーノはジョイントがセンターライン右 1.2ミリで 右側のオールドヴァイオリンはセンターライン左 3.2ミリの差はあります。)に設定されたヴァイオリン写真を並べました。

ここまでの画像はヴァイオリンを製作したことが無い方にとって 『 これでどれ位の音の差があるんだろう?』 と感じられるでしょう。 この軸取は最終的に ” 動的平衡 ” 状態を作り出すのに重要な設定で オールド・ヴァイオリン達はこの設定に合わせて他の条件を調和させることで完成しました。 その証拠をオールド・ヴァイオリンの裏板のネックブロック部で見てみましょう。  下の計測図の上中央の 『 c. 』 と接している縦線がセンターラインです。 その 3.8ミリ左にあるのがジョイントラインでボトムでこの幅は 3.2ミリとなります。 この裏板のネックブロック部の板厚がわかる写真をその下に並べました。

板厚にこれだけ差が付いていれば 『 動き方、震え方 』 に大きく影響があるのは当然ですね。 因みにカットされている部分は 左端の最薄部で 1.85ミリ、中央のジョイント部が 2.9ミリ そして右端が 2.7ミリです。 ジョイント部に 板厚を工夫して ” 節 “が設定されているのは他のオールド・ヴァイオリンでもよく見られます。

  

さてここより下は製作する人以外には不要だとおもいますが、このオールド・ヴァイオリンには 差しネックを残したと考えられるブロックが入っていました。 下右採寸図にあるように 表板部は 半径16ミリにプラス 2ミリで 18.0ミリ厚で幅 32.0ミリ。 そして裏板側は 厚さが 21.5ミリ で 幅 28.0の 『 台形状 』ながら裏板ジョイントの ” 節 “に調和するように合せてあります。 ブロックの高さは 28.5ミリで 下から12ミリの位置に 目視ではなにが入っているのかわかりませんがピンらしい痕跡があります。

まあ ロジスティツクな話はこのくらいでいいでしょう。 とにかくチェック・ポイントの14ヶ所めとして 『 裏板のジョイントまたは年輪が傾けてあるかを見てください。』は大事だと覚えておいて下さい。

 

 

      

  

注)1  この Andrea Guarneri ( 1626~1698 )の 1691年は 1997年に 一月程の間 私の工房にいました。 このヴァイオリンは ロンドンの W.E.Hill & Sons より1931年に出版された 有名なガルネリ・ファミリーの研究書である ” The Violin-Makers of the Guarneri Family ( 1626-1762 ) Their Life and Work ” の 13ページに写真が掲載されている名器です。 強い右下がり型のアイを持つスクロールで 非対称型の意味を教えてくれた 『 ありがたいヴァイオリン』 でした。この期間に私の工房で嫁ぎ先を決められず泣く泣くお返ししましたが 、それから3年程たったある日届いた David Rattray さんが出版した ” Masterpieces of Italian Violin Making ( 1620~1850 )- Important Stringed Instruments from The Collection at The Royal Academy of Music “ のページをめくっていて 『 あっ! 』と思わず叫びました。 当時、私は 『  あの子はどこにいったんだろう…。』 と 考えては寂しい思いをしていましたので 感激の再会に思えたのです。 個人的には イギリス 王立音楽院コレクションに入って良かったと思っています。