2014-9-26
ルネサンスの終わりとされる 1500年代の中頃に ヴァイオリンという楽器は生まれました。そして、その後改良が進むとともに普及して 1700年前後にはヨーロッパのあちこちで数多くの名器が作られる事になりました。
ところが 1539年頃を始めとする ヴァイオリン製作流派で有名なイタリアのクレモナ派が 1817年の J・B・チェルーティの死により衰退してしまったように、 1800年代はじめにはヨーロッパ全域で製作技術の継承者が激減してしまい‥ ついに過日の栄光が復活することはありませんでした。
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これには他の木工品などと同じように 産業革命により『 製品 』の市場が形成されたことが 大きく影響したようです。
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因みに 19世紀後半にヴァイオリンが『 製品 』として生産された事例はフランスや ドイツなどで見ることができます。 ここではその代表例として ジェローム・チボヴィーユ・ラミー( Jerome Thibouville Lamy 1833- 1902 )が設立した J.T.L.社( Jérôme Thibouville-Lamy & C. )のパリ本店と、フランス東部 ミルクールに建設された弦楽器工場の俯瞰図を 1901年のカタログより下にあげさせていただきます 。
1912年のカタログには この弦楽器工場で 1000人以上の従業員が年間 150,000台以上の弦楽器を製作しているとされています。
J.T.L.社( Jérôme Thibouville-Lamy & C. )の ニューヨークとロンドンの店舗
一見すると良好に思われたこの状況は‥ 残念ながら、世界恐慌や 世界大戦などの激動期を経るうちに弦楽器に関する『 真のエキスパート 』の不在をまねきました。このために 私が 弦楽器製作の世界にはいった 31年前は ヴァイオリン製作にとって意味のあるデータがほとんどないという悲しい状況が続いていました。
ところが、ここ10年ほどの間で 原寸大の資料集が何冊も出版されたり デジタル・カメラが普及したり、インターネットで解像度が高い画像があつかえるようになるなど 弦楽器に関する環境は急激に変化しました。
そして‥ 私は お陰さまで これらのことにより『 失われた技術 』の研究を 実験考古学的な手法などを用いながら進めることができました。
今回はその研究のなかで 『 オールド・バイオリン 』の時代に製作されたヴァイオリンやリュートなどの弦楽器で 裏板内側に帯状に貼られた羊皮紙( The parchment covering )についてお話ししたいと思います。
Jacob Steininger ( c.1751-1823 )violin Mainz 1781年 “DIE MAINZER GEIGENBAUER”
Jacob Steininger / violin Mainz 1781年
私が今回テーマとした羊皮紙は 裏板のジョイント付近に 幅が 6mm~7mm 程で、長さが 31cm 前後で 帯状に貼られているため 現在もほとんどの専門家が ジョイント補強としていれられたと解釈されているようですが‥ 私はこれを音響調整の痕跡と考えています。
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このような羊皮紙の利用方法を誰が発案したのかは正確にはわかりませんが、たとえば チロル地方の Absam の弦楽器製作家 Jacob Stainer( c.1617-1683 )のヴァイオリンによく用いられたことは知られていますし、他の地域で製作された弦楽器でもめずらしくはありません。
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こういった状況で 私がこの羊皮紙に着目したのは 1993年に Bologna で出版された ” Strumenti musicali europei del Museo Civico Medievale di Bologna ” に掲載された コレクション番号 97の 下にあげたテナー・リュートの写真に出会ったからです。
これは Hans Frei in Bologna のラベルが入っていて 1597年製作の テナー・リュートとされています。
私は この写真で ジョイント部ではない中央付近にこのように羊皮紙が貼られているのを目にして‥ 強い衝撃を受けました。
リュートは ジョイント部が剛性が高く、そのうえに下の製法のようにジョイント部の厚みはそのままにしてフラット部を溝状にスクレープされたことにより メリハリが大きくなるようにして仕上げられています。
ですから‥ 上図で羊皮紙が貼られている位置が重要な意味をもっていると 私は直感したのです。 そこで改めて 羊皮紙が貼られたヴァイオリンを調べてみたところ、センター位置から微妙にずれた位置が選ばれていることが分かりました。
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その時から私は 音響上の判断としてなにが基準とされてその位置が選ばれたかを真剣に考えはじめました。
意外とこれは難問で 実際に表板をあけないで F字孔から羊皮紙を貼る実験をして それが実行不可能であることを確認したり‥ さまざまな試行錯誤が続きました。
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たとえば 弦楽器にとって ニカワで接着されている表板を剥がす作業は当然ながらリスクです。このヴァイオリンと出会った時期に私は『 ヴァイオリン内部に羊皮紙を貼るためだけに表板がはがされる事はあったのか? 』という設問について長考していました。
私は このヴァイオリンの幅の狭い羊皮紙跡を『 大急ぎで剥がしたかのような跡 』と解釈し‥ この楽器は内部の羊皮紙を貼りなおすために表板が剥がされ 幅の狭い羊皮紙をはぎ取り すぐに 幅広の羊皮紙を貼り その直後にふたがされたと判断しました。
これらの羊皮紙については いつ貼られたかの証明が事実上不可能なので あくまで個人的な見解としてですが‥ 私は 羊皮紙は製作時だけでなく弦楽器の音響調整としても用いられていたと考えています 。
『 オールド・バイオリン 』などを調べてみると 下画像のシュタイナーのように製作時の位置そのままの可能性がある楽器もありますが、組みあげたときに不調和だった時は新品であっても表板をはがして位置の変更などの調整が必要となったと私は推測します。
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なお‥ 話がそれて恐縮ですが、私は皆さんに 下のリンクでこの画像をご覧になることをお奨めしています。
状況証拠ではありますが ‥ 私は Rudolf Hopfner 氏のこのサイトの ” Measuring( 測定 )”の click here. にある羊皮紙下の印の存在は 私も意味深いと思います。
http://www.violinforensic.com/visualizations/measuring
Underneath the parchment covering the center joint of the back of the violin by Jacob Stainer mentioned above, five marking points are hidden. Their distance from the lower end of the body can be measured precisely. To run a video of this procedure click here.
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さて、ここからタイトルで掲げた本題のお話しに入りましょう。
この技術でもっとも重要なのは羊皮紙を貼ることで得られる音響上の効果を事前に予測することです。 そこで私は 表板をはがさない状態で羊皮紙を貼る位置を探る実験方法を考えました。
これは 羊皮紙の効果を市販のビニール・テープを利用して推測するものです。
上写真のように ヘリを 2mm程折り返した状態で ビニール・テープの粘着力を低下させるためにケント紙などにまっすぐに貼り 31cm程でカットします。
それから 実験に用いるヴァイオリンのニスを傷めないために‥ 何度か貼ったり剥がしたりをくり返して必ず軽く付着する程度まで粘着力を調整してください。
粘着力の調整が済んだら カッターで幅が 6.0mm程にカットしてください。
因みに、私が この実験に使用したビニール・テープ( 310mm × 6mm )の重さは タイトルにあるように 0.4g でした。
ビニール・テープの準備が済んだらヴァイオリンを用意します。
なお‥ 私はこの投稿写真を撮影するために 新作イタリー・ヴァイオリンを使用しました。
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これは日本国内で クレモナの製作者がつくったヴァイオリンとして販売されている標準的なグレードのものです。
さて実験は まずなにもしていない状態でヴァイオリンを鳴らし‥ その後で下写真のように裏板の中央より少し左側( E線側 )の位置で、上下ブロックの間にあたる部分に 先ほど準備したビニール・テープを貼った状態で ヴァイオリンを試奏します。
そして、次にこのビニール・テープをゆっくり剥がしてから‥ また試奏をします。
これを数回くりかえしながらビニール・テープを貼る位置をすこしななめにしたり左右にずらしたり、あるいは 5mm 位ずつ切って短くしていきながらヴァイオリンの響き方の変化を調べます。
私は この実験を皆さんに経験していただければ この投稿のタイトルとした ” あなたの楽器と ビニール・テープ 0.4g を使って 『 オールド・バイオリン 』の響きを疑似体験してください! ” が 大袈裟な表現ではないことが理解していただけると思っています。
では‥ 本日はここまでという事にさせていただきます。
ありがとうございました。
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Josef Naomi Yokota