例え話ですが 医療の現場では ” 臨床( 治療 )” として患者さんに” 薬 “を処方する場合には、十分 ” 基礎 ” をもっている‥‥ つまり ” 病理 ” と” 薬効 ” を把握している医師が 病変の診断( 病理診断 )をおこなったのちに実行されます。
私はヴァイオリン製作はもちろん ヴァイオリンの調整も ” 楽器の状況の把握 ” が重要と考えています。
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この文章では最終的に ” ヴァイオリンの調整技法 ” について書くことにしています。 これは前提部分のお話しが難しいので かなりの長文になると思います。 ヴァイオリンの性能は弦の張力が加えられた 『 微妙な状況下 ‥‥。』で成り立っていますので ” 基礎 ” がなくては ” 状況判断( 診断 )” することがむずかしいからです。
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● ヴァイオリンの個性はどこからくるのでしょうか?
ヴァイオリンのゆたかな ” 音色 ” などの個性 はヨーロピアン・スプルースやメイプル材などの部材の振動特性のほかに、その構造の影響をうけています。
そこで ヴァイオリンの構造のお話しからはじめたいと思います。
1. ヴァイオリン族の表板、裏板のふくらみと剛性について
ヴァイオリンは黎明期から十九世紀半ばまで 現在 一般に製作されるものよりアーチが高い楽器が多数派として製作されました。 そして、ふくらみが高いだけでなく表板アーチと裏板アーチの関係は 一定の理論に基づいて決定されていたようです。この例として イギリス・ロンドンの『 ロイヤルアカデミー・コレクション 』資料集から表板と裏板のアーチ( ドーム )の計測値をあげてみました。
私は オールド・ヴァイオリンでは 裏板のアーチより表板のアーチのほうが高い楽器が多く、その高さもコンテンポラリー型ヴァイオリン( Front 15.5mm – Back 15.0mm )より高さがあるものが多数派と考えています。
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それに対して オールド・チェロは 裏板のアーチが表板のそれより高いタイプが多数派のようです。 私は このコンビネーションはチェロが低音域を担当するために 空洞共鳴の持続時間を 『 より‥ 残すため。』 のしかけだと思っています。
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さて‥ 少し話はそれますが 私の作業机の前には 北の丸公園の科学技術館で ¥630 で買ったこのオブジェが置いてあります。
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これは『 ニュートンの揺りかご ( Newton’s cradle ) 』といわれる実演装置です。
アイザック・ニュートン( 1642 – 1727 )が 1687年に『 自然哲学の数学的諸原理 ( プリンキピア )』で公表した ニュートン力学のうち 運動量保存の法則と力学的エネルギー保存の法則 そして作用と反作用などが視認できることで知られています。
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こういう単純な系ですとエネルギーの移動に特別な感慨は湧かない方が多いと思いますが ヴァイオリンくらい複雑なシステムの場合はどうでしょうか?
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オールド・ヴァイオリンは 表板や裏板の片側が平らな弦楽器より『 剛性 』が高くなるというリスクに近い条件を取り入れて誕生しました。 当然ですが これにより得られる『 響き 』が目的 ですから 十八世紀末まで 弦楽器製作者は『 動かない場所 』と『 動く場所 』が機能するように繊細な感覚でなんとかバランスを取りながら製作を続けたと 私は考えています。
“Base” is unstable. At this time the pair has become a place “vibrate” is … ( 1分 16秒 )
http://www.youtube.com/watch?v=tlYIyKic3w8&feature=player_embedded
http://www.youtube.com/watch?v=DD7YDyF6dUk&feature=related ( 1分 51秒 )
これは クリスティアン・ホイヘンス( 1629 – 1695 )さんが発見した現象で『 引き込み現象 ( pull in ) 』または『 同期現象 』と言われています。
( 『 剛性 』とは 応力に対しての変形しにくさを表したもので、 板厚の場合 厚くすると剛性は高くなると言います。また構造体の場合は立体的形状によっても剛性は変化します。当然ですが形状を複雑にすることで剛性は高くなります。断面が長方形の場合、部材の断面積が同じであれば、断面の高さをより大きくした方が剛性は高くなります。 )
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私は 冒頭にあげさせていただいた ” 表板と裏板のアーチ( ドーム )の計測値 ” などにみられる挑戦的な『 高さ 』と『 差( コンビネーション ) 』にもその痕跡がみられると考えています。S
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オールド・ヴァイオリンを細かく調べてみると『 剛性 』についていえば 構造的な条件を越えて 張力が加えられた状況の『 みかけの剛性 』が きちんと把握された上で ヴァイオリンの基本設計がされたと考えられる状況証拠がいくつも出て来ます。これは後ほどふれようと思いますが驚愕するような かなり繊細なレベルの仕掛けになっています。
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この他にも十八世紀末までに製作された弦楽器は 現代のことばでいえば 『 ねじり剛性、サン・ブナンねじり定数( ねじり変形に対する回転剛性係数 )、せん断弾性係数( 横弾性係数 )、ヤング率 』 などの諸要素についても十分意識されていると私は考えています。 その上で ヴァイオリンの響胴はF字孔をあけることで『 開断面 』とし 『 閉断面 』の形状よりこの部分を中心にねじり剛性を低くすることで高音域が確保してあったり、基礎構造を見ると『 箱 』というより『 中空楕円断面 』としての特性を持たせてあると感じます。
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これらのことから 私は オールド・ヴァイオリンの発音システムは『 競合型 発音システム 』となっていて、その調整には 『 競合状況 』を分析して その『 調和 』ポイントを選ぶように設計されたと考えています。
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さて‥ 難解なことばが続きましたが 私があえてこの視点からお話しをはじめたのはヴァイオリンの調整技法を理解していただくためには 『 オールド・ヴァイオリンに関する誤解 』を先に解く必要があると思ったからです。
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それは 『 オールド・ヴァイオリンは ” 強度不足 ” で壊れたり 不調になってしまったものが多い。』という概念です。
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確かに 二百年以上前に製作されたヴァイオリンや チェロを見ると 割れ修理がそこ此処に入っているような楽器はいい方で、ときには割れの数が数えきれない程多い弦楽器が存在しています。
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私はこれらの弦楽器の多くは バランスがとれていない状態で演奏されたことにより表板などが疲労変形し それによりなお一層ヒズミが溜まりやすくなり‥ の悪循環により 割れてしまったもので 、本来のバランスで設定して適切なメンテナンスを続ければ ヴァイオリンは『 法隆寺( 伝:創建 607年 ) 』レベルの長期間 演奏が可能だと思っています。 私の研究では ” オールド・ヴァイオリンは音響上の都合で剛性が高いので 強度は 余っています。” が結論です。
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もちろん破損原因のなかには一定割合で『 事故 』があります。
下写真の 1/4サイズのヴァイオリンはその典型です。子供のお母さんがソファーの後側から周り込もうと足を出したら‥ その死角部の床に購入して日も浅いヴァイオリンが落ちていて‥ バリバリッ! お気のどくでした。
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これは ある意味で『 破壊実験 』ですね。私は こんな破損を目にするたびに『 ヴァイオリンって丈夫だなぁ‥。』という思いをあらたにしました。
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私は 29年程この仕事をやっていますので この他にも、高校で管弦楽部に入っている男の子が朝 登校するために2階から階段を降りかけた時に忘れ物に気がついて‥ 玄関から吹き抜けになっている階段をのぼってすぐの子供部屋のわきの手すりにヴァイオリンをつい置いてしまって 結果として二階手すりから一階の玄関たたきまで 落下‥ とか、
にわかには信じられない事故としては ビオラ奏者の方が 早めにホールにいき ステージに折りたたみイスを出してケースを置いて練習をしている時に打ち合わせで呼ばれたので楽器をケースにいれて ほんの数分間、楽屋部分で立ち話をしていたら 不注意なスタッフがステージ・バックをビオラがはいった 楽器ケースの真上に降ろしてしまいイスもろとも楽器ケースが『 く 』の字に壊れたなど‥ いろんな事例を知っています。
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しかし 本当に 大事なのは『 その後‥ 』でしょう。
上に写真を挙げさせていただいた 1/4 サイズのヴァイオリンはその3日後に修理を終えて きちんと必要な期間のお役目を果たしました。この他の楽器の事例もすべて修理を経て現役復帰を果たしました。
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私達 専門家にとって適切な修理が施されている オールド・ヴァイオリンの楽器調整では 『 修理痕跡 』が調整の妨げと感じることは ほとんどありません。 ところが 悩みのタネとして本当に困るのは『 修理 』の際に過剰な補強がなされたり『 よかれと思って‥ 。』の修理 で固められた弦楽器の調整 です。
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このレアンドロ・ビジャッキがミラノで製作したヴァイオリンは 1990年に緊急修理のために 私の工房に持ち込まれました。製作されて 91年目となっていたこのヴァイオリンは 使用しているアマチュア・オーケストラのコンサート・マスターが 『 飛ばす‥( !! ) 』まで 大きな破損もなく時を過ごしていた訳ですが‥ このときに不幸な『 事故 』に遭ってしまったのです。
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空中を飛び 床に駒から落ちたこのヴァイオリンは 写真で見えるようにバスバーの付け根の表板に長さ 27cmの割れがはいってしまいました。
この時 30歳だった私は 修理方法で2日ほど 迷いました。
バスバー交換は最初に決めたのですが 割れ部の補強方法を『 L字補強 』にするか 『 埋め込み補強 』にするかを決めかねたのです。
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『 L字補強 』は有名な 1726年製ストラディヴァリのチェロの修理写真( 上左写真 )でみることができます。
これは カナダ生まれでアメリカを中心に活躍した ザラ・ネルソヴァ ( Zara Nelsova 1918 – 2002 )さんが使用していたチェロで 1960年にイギリス王立音楽院のコレクションに加えられたものです。 写真は 1968年から 1973年の期間に修理がおこなわれた際に撮影されたようです。
バスバー根元の割れ目をさけるために少し左回転させながら 2mm程内側に バスバーが移動されて、その上で『 L字補強 』が 二つ入れられています。
そして上右側は ヴェネチィアで Matteo Goffriller( 1659 – 1742 )が製作したヴァイオリンです。これもあご当ての下からバスバーにそって入った割れを補強するためにバスバーの魂柱側に 四つ『 L字補強 』が入れられています。
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そして『 埋め込み補強 』は上の写真のように 先に木片で割れを補強しておいて、その上にバスバーを取りつける修理方法です。
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これは 私が 一九世紀前半に製作されたモダン・イタリーのヴァイオリンに入っているバスバーを交換する際に撮影したものですが バスバーに沿って入った割れ目の補強木片 a.~c. が入れてあるのが確認できると思います。これを表板を傷めないように バスバーを 1mm程の厚さだけ残して削り、そのあとで水分でニカワをゆるませ お湯とヘラを使い剥がしたのが下左の写真です。
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さて‥ ここで私の失敗例のまえに別の工房の修理失敗事例をあげておきます。
通常 ヴァイオリン工房でバスバーをニカワ接着するときは 表板を傷めないように軽く締められるクランプなどを使用します。 私も下写真のように特注の軽量アルミ製クランプを使って軽くとめています。 そして それより 『 丁寧な技法 』が 下写真のような『 石膏型 』を製作してヴァイオリンの部材を傷めないようにカバーして作業をすすめるやり方です。
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上で『 埋め込み補強 』の例として上にあげさせていただいたモダン・イタリーのヴァイオリンは 1969年 11月に ひび割れの修理とバスバーを取りつける際にはこのやり方がとられたようです。
( 上は 説明用に別のヴァイオリン写真を貼りました。)
そのために モダン・イタリーのヴァイオリンの表側には ほとんどダメージがない修理仕上がりとなっていました。 ところが 私は バスバー交換のために 1mm 程 残したバスバー基底部をバスバー下側( 上図の Bの側 )まで はずした途端に 青ざめました。そこにはバスバーが表板に『 下駄の歯 』のように食い込んだ窪みがあったのです。
下写真は 翌日 私がこのヴァイオリンのB部分にサランラップをおいて粘土状樹脂で型取りしたものです。バスバーの窪み部の突起は サランラップの厚みで浅くなっていますが
写真でもバスバーの端が確認できると思います。
この状態を私は 過去に何度か見ましたが どれも修理担当者の 『 油断 』からこうなってしまったと思っています。つまりこれはバスバーをニカワ接着するときにクランプで締め過ぎた結果こうなってしまったと考えられるからです。 バスバーの Aの側にある『 埋め込み補強部分 』は木理の関係でほとんど沈みこまなく、逆に Bの側はめり込みやすいので 子供の遊具であるシーソのように Bの側に クランプで締めた力が過剰にかかってバスバーは表板にめり込んだということです。当然 これは音響上のダメージがある修理でした。
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さて‥ 私が担当した レアンドロ・ビジャッキが 1899年に製作したヴァイオリンの緊急修理のお話しにもどります。
このヴァイオリンは バスバー位置の移動もままならず 割れ部分の板厚も 2.3mm をきるゾーンもある状況でしたので 私はこの表板割れ修理に強度上の不安を感じていました。そこで 『 安全策 』 として 『 L字補強 』と『 通常の補強 』を工夫して その間隔も狭くして強度を増すやり方で修理をすることに決めました。
それから三日程で修理を仕上げてお客さんに納品しました。 その際には 『 おかげさま割れる前より響きがよくなりました。』と喜んでいただけたのですが 私は 内心 『 少し響きがかたい‥ 気がするけど 修理直後だから 仕方がないかな‥。』と、一抹の懸念を感じていました。
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このヴァイオリンは遠方のお客さんが所有しているもので 私がこの レアンドロ・ビジャッキのヴァイオリンを次に調整したのは4年以上が経過した 1995年のことでした。 久しぶりにこのヴァイオリンのコンディションをチェックした私は やっと判断ミスに気がつきました。 このヴァイオリンの表板はこの期間鳴らしたことにより少し平に変形しレスポンスの悪さもみとめられました。
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結論として 私の 『 負け 』はあきらかでした。 これは私にとって 『 痛い経験 』でした。 この時に私が学んだのは 胴体のヒズミの具合から考えると『 L字補強 』は ヴァイオリンの高音域の鳴りをおさえてしまう傾向があり音のレスポンスも『 重い 』状態が続いてしまう‥ あまり望ましくない修理方法だということと、修理担当者が ベア( bear / 弱気 )な判断をすると 過剰な補強につながるという二つのことでした。
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当然ですが 私は 1995年のこの時に所有者のご了承をいただいた上で バスバーの再交換修理をさせていただきました。 判断にいろいろ理由があるのは当然ですが やはり『 結果 』 に 『 学ぶ 』のは大切だと思います。
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さて、ここまであまり聞きなれないお話しをしてきましたが オールド・ヴァイオリンを演奏する方は 残念ながら 結果として体験済みの方が多いのではないかと私は思っています。
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ここまでお話しした『 修理 』の際に過剰な補強がなされたり『 よかれと思って‥ 。』の 修理 で『 固められた 』オールド・ヴァイオリン は修理前よりレスポンスが悪くなり鳴らなくなります。 これは高額で取引されるオールド・ヴァイオリンの多くが表板や裏板のアーチの高さがたかく、すばやいレスポンスや 高音域に独特の 『 うなり( 干渉 )』が発生するように意図されて製作されたためにチューニングのミスマッチが発生しやすいためではないかと‥ 私は思っています。
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たとえばそれは 音楽雑誌で ” ストラディヴァリウス特集 ” などがあると 演奏者の談話として出ていたりします。 この例として 2008年 5月の ” MOSTLY CLASSIC ” P.22~25 より引用させていただきます。
これは ストラディヴァリウスを演奏している12人の日本人演奏家にアンケートしたものだそうです。その5番目の項目である 『 ストラディヴァリウスの第一印象と現在の印象 』を列記させていただきます。
① 池田菊衛さん 1680年 前の楽器もストラドだったので戸惑いはなかった。前の楽器は完全に鳴らしきるのに 2~3年かかった。
② 潮田益子さん 1690年 最初は音が出てこない。2年くらい 十分にかかりました。私が音の出し方を分っていなかったのかも。弓の圧力をかけると急に音が出なくなる。今でも、子供と一緒で、ああ今日は音が上手く出てくれたとか、昨日はどうしようもなかったとか、毎日その繰り返し。
③ 漆原啓子さん 1667年 長く弾かれていなかったためか、なかなか楽器が鳴らなかった。鳴るようになると、華やかで明るい音。耳元で聴くと鳴っている感じはしないが、音は遠くに伸びる。楽器を信頼するようになり、心強いパートナーを得た感じ。
④ 加藤知子さん 1728年 人の出会いと同じように『 一目ぼれ 』。現在も恋愛中。最初は楽器の調整ができていなかったのと、ガット弦が張ってあったので音量が出なかったが、柔らかい音がした。それまでは 1800年以降の楽器を弾いていて、オールドは弾いたことがなかった。グァルネリと比べて楽器がすでに音を持っている。質のいい音がしていいなあと思った。それまでの奏法では音が出なかった。楽器から教わることが多い。
⑤ 佐藤まどかさん 1716年 他の楽器に比べて、様々な可能性を持った楽器だと思った。その印象は最初から大きく変わらない。とてもナチュラルでそのぶん奥が深く、演奏家の向かいたい方向を自在に向いてくれる。
⑥ 庄司紗矢香さん 1715年 うまくコミュニケーションが取れるようになるまで2年程かかりました。初めは、耳元が痛くなるほどの鋭い高音域が印象的でしたが、今は低音にも深みを感じます。本当かどうかは分りませんが、恩師曰く、私の声の音域のせいで私がしばらく弾いている楽器は低音が良く鳴るようになるそうです。
⑦ 諏訪内晶子さん 1714年 弾き始めたころは、あまり柔軟ではない音がしていたが、段々本来の持っている音が出て来た。あまりにも音が真っすぐ通るので、豊かな音にするか試行錯誤した。楽器の持っている個性を引き出しつつ、自分の個性をプラスして、と考えるようになった。
⑧ 宗 倫匡さん 1692年 生まれて初めて手にした時は、涙が出てきた。でも、すぐ手に取って鳴る楽器ではない。楽器との共同作業の中で、なだめたりすかしたりしながら音を作っていくと、音楽の可能性が広がる。音自体はナチュラルで上品。女優で言えば、マリリン・モンローではなく、グレース・ケリーのタイプ。
⑨ 高嶋ちさ子さん 1736年 最初に持ったときはピンと来なくて、こんなものに何億もかけるなんてもったいない、と思った。でも、徳永二男先生や楽器店の方に『 絶対に手に入れた方がいい 』と言われ、だまされたと思って購入。1ヵ月経ってもいい音が出ず、しばらく弾くのを止めていたが、ある日なんとなく弾いてみたら、いきなり素晴らしい音が出た。自分が調子悪いときでも、カバーしていい音を出してくれることがあり、勇気付けられる。
⑩ 竹澤恭子さん 1710年 際立って音のまわりの艶感が魅力的で、音の品格、深みなどに圧倒された。楽器がオープンに鳴るには時間を要したが、今では、弾くたびにこの楽器の音に大きな刺激を受けている。音色のパレットが広がり、表現意欲をより掻き立てられる。音を響かせて艶を出す奏法も学んだ。
⑪ 徳永二男さん 1719年 最初は楽器の特性に慣れようとすると、楽器と格闘し、腱しょう炎になったりすることもある。格闘し始めると楽器は反応してくれない。乗馬の馬と似ている。それが 1年くらいすると、力じゃなくて、『 こうやったら、鳴ってくれるかな 』というのが分ってくる。
⑫ 豊嶋泰嗣さん 1719年 買った当初はヴォルフトーン( うなるような音 )が出たりして使いあぐねたが、年単位で安定感を増して他の追随を許さない。形だけコピーしたものもあるが、内面から湧き出る品格はストラド独自のものだ。やっぱり楽器が自分を育ててくれると感じる。しかし、奏でられる音楽はあくまで奏者の音だ。ストラドを手に入れたことは自分の音楽に対する誠意を確認したことでもあった。
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ストラディヴァリウスに敬意を表したことばのなかに『 すぐに鳴らない 』などといった感想がならんでいて 『 神話的 』ですが、これはストラディヴァリのせいではなく 製作されたあとの修理方法と 高いアーチなどの特性により調整がむずかしいのでミスマッチが発生しやすいためだと 私は思っています。 残念ながら同じような状況はストラディヴァリウスだけではなく表板アーチが高い他の製作者によるオールド・ヴァイオリンでもよくあるからです。
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これが最も分りやすいのはオールド・ヴァイオリンを修理した直後の不具合です。
ところがこの時ですら 演奏者も修復担当者も修理直後はしょうがない‥ と思ってしまうことが多く、その上に 直後からリハビリと思って一生懸命 演奏されるので『 強制振動 』によって修理の不具合が補正されて改善がみられ 修理がやり直しとなる事はほとんどありません。
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私の経験では 修理直後に不安定な期間があったとしても オールド・ヴァイオリンの場合は一般論としていえば せいぜい数日から 長くて一週間くらいだと思います。 この期間でレスポンスが回復して オールド・ヴァイオリンがもつ独特な響きが回復しなかった場合は チューニングのバランスが合っていないか 『 過剰修理・過剰補強 』となってしまった可能性が高いと考えられます。
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これらのことから 私はヴァイオリンを見る時は ふくらみの組み合わせや 側板( ブロック = 柱 )の高さ、F字孔の長さと位置、そして 木組みなどを ヴァイオリンの” 響 “を左右する重要な条件として 確認することにしています。
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2. ヴァイオリンのアーチ( 複合ドーム )と上下ブロックの関係
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ヴァイオリンのアーチ( 複合ドーム )には もともと曲げやねじれの力に対する変形しづらさの度合いである” 剛性 “が高い( 大きい )という特性があります。 そして この ” 特性 ” は 上下ブロックの厚さ、幅、高さにより強化されます。
因みに 現代のヴァイオリン製作学校で推奨されているブロック・サイズは次のようになっています。
Cタイプ UB 54.0 × 14.0 – LB 50.0 × 14.0
Eタイプ UB 50.0 × 18.0 – LB 46.0 × 16.0
A – S タイプ UB 50.0 × 15.0 – LB 50.0 × 12.0
A – Lタイプ UB 60.0 × 14.0 – LB 48.0 × 14.0
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Cesare Candi( 1869-1947 )Genova 1925
オールド・ヴァイオリンが作られた時代には ハイ・アーチ型を中心に 上下ブロックが 不用意に ” 剛性 ” を大きくしないように 薄めの上下ブロックを使用する弦楽器製作者がたくさんいました。 私は その代表的なヴァイオリン製作者が アントニオ・ストラディヴァリ だったと思っています。S
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これを見るためにイタリア・クレモナのストラディヴァリ・ミュージアムに展示されている ” 木型 ( wooden moulds ) ” の原寸大資料集よりこれらの木型で製作された可能性が高いヴァイオリン裏板の胴長 ( B.L. – Body Length ) と上下ブロックの計算値を表にして下にあげました。 注)1
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Stradivari Museum
http://musei.comune.cremona.it/PostCE-display-ceid-17.phtml
上表の B, D 列が ストラディヴァリ木型から 私が推測した 上下ブロック厚の計算値です。
アッパー・ブロックが最薄 10.8mm で 平均 13.2mm 、ロワー・ブロックが最薄 11.2mm で平均 12.5mm という数値から、彼が ヴァイオリンのアーチ( 複合ドーム )の高さを意識してブロック厚みをおさえた事が うかがえると思います。
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それから ストラディヴァリは ” ストラディヴァリ・ミュージアム ” の木型以外のモールドも製作に使用したようです。 その例として ニコロ・パガニーニ( Nicolò Paganini 1782 – 1840 )が 1817年にコジモ・ディ・サラブーエ伯爵( Cozio di Salabue 1755 – 1840 )から購入し亡くなるまで所有していたとされる 1727年製のヴァイオリン Antonio Stradivari ” Paganini ” の写真を下左にあげました。 この写真から計算すると上側ブロック( アッパー・ブロック )の厚みは 19.0mm程と考えられます。
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またその右には 1982年に New York で出版された ” The Acoustical Systems of Violins of Stradivarius and Other Cremona Makers ” by Isaak Vigdorchik の 47, 49ページのストラディバリウス裏板の等厚線図に 私が推測した上下ブロックをおいたものを並べました。
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私は ストラディバリウスには アッパー・ブロックが幅広でロワー・ブロックが比較的に小さく入れてあるものが多いと考えていますが、オールド・ヴァイオリン全体では 上下ブロックともに幅をおさえて多少厚さがあるタイプが多数派をしめていると思っています。
これらのタイプは 下左写真の 1837年のトリノのヴァイオリンのように表板アーチが 15.8mm で ” 剛性 ” が過剰にならない設定にしてあったり、 表板と裏板の ” 複合ドーム ” の組み合わせをくふうして バランスが調和するように作ってあったりします。 これにはロワー・ブロックの位置を中央より左側( Bass side )に置いて、逆に アッパー・ブロックは 右側( treble side )にずらして ねじれを誘導した工夫などもふくまれます。
そもそもヴァイオリンは 下右のチェロ・ブロックのように ブロック幅がせまい楽器を先祖としている可能性が高いと、私は 考えています。
極端な例かもしれませんが 下右のヴァイオリンのように ” 差しネック ” のヴァイオリンがそこそこの数量 製作されたことも その裏付けとなると思います。
上左は私の工房で扱ったバロック・ネックのヴァイオリンのアッパー・ブロック部で、上右側は別の 1756年に製作されたヴァイオリンですが‥ 修理のために裏板をはがしたら もとの ” 差しネック ” の痕跡がはっきり残っていたので それを計測したものです。
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これらのブロックの設定とアーチ( 複合ドーム )の組み合わせを考えあわせると、その複雑さに 私は少しめまいを感じます。
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そういう事で ‥ 私は オールド・ヴァイオリンをご覧になるときは 当時の製作者の技術のすばらしさを観察することをお勧めしています。
注)1 私がサイズ計算に使用した原寸大資料集は次の2冊です。
1992年出版 ” The Violin Forms of Antonio Stradivari ” by Stewart Pollens / Peter Biddulph ASSOCIATE CONSERVATOR , DEPARTMENT OF MUSICAL INSTRUMENTS THE METROPOLITAN MUSEUM OF ART , NEW YORK
2005年出版 ” The Violin and the Golden Number ” Eric L. Brooks & Jean-Andre Degrotte ” ( Study of the ancient Italian Violin Makers geometry )
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3. ヴァイオリンの動き( ねじれ )について
ヴァイオリンは 響胴内の空気を振動させるために エネルギー( Energy )を供給する弦の揺れから振動板のところまで それをスムーズに伝える仕掛けが組み込まれています。 私は これを ” 駆動系 ” と呼んでいます。
この ” 駆動系 ” は 『 たて、よこ、ななめ 』 の3系統にわけることができます。 その内 『 たて、よこ 』は魂柱設定をのぞくと ヴァイオリン製作時の設定 ( 6個のブロック設定、複合ドーム設定、F字孔の位置と長さと幅、ヘッドとネック軸、指板長とアーチと重さ、エンドピン位置、テールピース設定、木材特性など。)で定められているので 短時間では 調整のしようがない場合が多いようです。
ですからヴァイオリンの調整には残りの『 ななめ 』 が決め手になる場合が多くなります。
そもそも ヴァイオリンはこの『 ななめ 』の動きが起こりやすいように ナットと駒とテールピース・フレット( または穴 位置 )をおおむね平行に配置する設定が選ばれています。
この設定によってヴァイオリンは高音側と低音側の大きな張力差を活用できるようになったのです。これを下の写真のドミナントとゴールドブロカット0.26E線で見てみましょう。
上図に白文字で書き込んでありますが皆さんおなじみの トマスティーク・インフェルド社のヴァイオリン弦 ドミナントはその袋の開口部に設計張力が印刷されています。 それは G線 4.4㎏、D線4.1㎏、A線 5.5㎏ となっていてゴールドブロカット0.26 E線には表示がありませんが 約 7.5㎏といわれています。
これを『 ななめ 』の動きが見えやすいように低音弦と 高音弦の 2本ずつのグループとして考えると G線、D線側が 8.5㎏ で A線、E線側が 13.0㎏ ですのでヴァイオリン左右の張力差は 4.5㎏ あることがわかります。
もし上図のヴァイオリンにトマスティーク・インフェルド社の ヴィジョンのE線( 8.0㎏ )を張れば 張力差は 5.0㎏になり、ゴールドブロカット 0.27 E線( 約8.5㎏ )にすると 張力差は 5.5㎏ に達します。 私は ヴァイオリン・ショップで ドミナント、ゴールドブロカット 0.27 E線の組み合わせが多用されたのは この組み合わせがもつ『 ななめ力 』( 張力差 )によって生み出される ” 響き “が評価されたためだったと思っています。
現代は多種類の弦が発売されていますので ヴァイオリンと弦の相性として『 ななめ 』の動きの要素を知っていただくために 比較対象として張力の強い弦からトマスティーク・インフェルド社の ペーター・インフィールドの張力値をあげてみます。
ヴァイオリン弦のペーター・インフィールドは G線 4.7㎏、D線 4.8㎏、A線 5.5㎏、E線 8.3㎏ で 合計 23.3㎏の張力とされています。このセットをヴァイオリンに張ると 上図に書き込んだように G線、D線側が 9.5㎏ で A線、E線側が 13.8㎏ もの張力が得られますが 左右の張力差はドミナントより少ない 4.3㎏ となってしまいます。
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この結果 『 たて、よこ 』の動きが強くなり ストロングな響きが生じ 音が明快になるヴァイオリンがある反面で、ヴァイオリンの構造と相性が悪い場合は 『 ななめ 』の動きが減ったことで バランスがくずれ‥ 例えば 中二本( D、A )の音がつまったり、ヒステリックな鳴り方をしてしまったりすることもあるようです。 私は ペーター・インフィールドは 弦の振動によってうまれる ” 音場感 ” が すばらしいので個人的には良い弦だと思いますが どの楽器でも‥ ではなく響胴との相性をよく考えて使用することにしています。
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これは他の張力が強いヴァイオリン弦にも通じることで E線にストロングな弦を張ると G線がぼやけることはよくありますし、それがもっと極端だと E線の隣の A線まで ” くわれる ” ことすらあるようです。 個人的な感覚としては 総じて 張力が強い弦をセットにしてしまうと4本の音量バランスが取りにくいと感じています。
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私は ヴァイオリンはバスバーなどによって 響胴内部に ” ななめの動き ( ネジレ )” を生み出すしかけが組まれている弦楽器だと考えています。 そして 弦の左右のグループ間の張力差は 直接的にそのネジレに貢献していると理解しています。
現在の計測技術でオールド・ヴァイオリンを調べ グラフィック・データとして発表されたものをご覧になればすぐに分かると思いますが、張力差が大きいヴァイオリンという楽器は 弓で弦を振動させるといきなり胴体が強いネジレ変形をします。
ここで参考資料として ミュンヘン近郊の街 シュトックドルフ( Stockdorf , München GERMANY )に弦楽器工房を構える Martin Schleske さんの ホームページで ストラディヴァリウスを研究した映像をごらんになることをお勧めします。
【 Animationen 】
http://www.schleske.de/en/our-research/introduction-violin-acoustics/modal-analysis/animation.html
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私は ヴァイオリンの響きを 高音域、中音域、低音域の3つに分けた場合に 少なくとも振動板の面積が広い低音域の ” 共鳴音( レゾナンス音 )” は F字孔のへりが振動してできた粗密波とこのネジレが 共振ゾーンの『 端緒 』となって ” ヘルムホルツ共鳴( 空洞共鳴 )” が起こったことで発生すると考えています。 それから 私は ヴァイオリンのあご当て側・表板隅ゾーンと反対側にある指板左側・表板隅ゾーンが バスバーの揺れのサポートをうけて低音を生じさせるのも、この” 共鳴音 ” をうみだす仕組みの一環として理解しています。
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ただし‥ これは私のイメージを表現したものです。
ご存じな方も多いでしょうが 用語として正確には‥ ヘルムホルツ共鳴器は空洞部分に首部が連結されている壷状の容器が説明に用いられています。 このとき基本として壁は ” 剛体 ” であったりしますので ヴァイオリンなどで発生する内部共鳴は該当しない‥ という解釈もできます。
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しかしヴァイオリンの” 響き ” を調べてみると 表板や裏板の二次振動によって強い ” レゾナンス音( 内部共鳴 ) ” が発生しているのが確認できますので、 私は ” 個人的仮説 ” として ” F字孔の断面と その内側と外側のギャップ部分 ” が 理論上で用いられる ” つるくび ” の役割をはたしていると考えています。
このように ヴァイオリンの響きを特徴付ける ” 内部共鳴 “を 物理的に説明するのは 『 一苦労 』ですが ヴァイオリン族の響胴に取り入れられた『 ななめの動き( ネジレ )を誘導する設定 』を いくつか確認していただけば私の仮説を 納得していただけるのでは‥ と思っています。
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a. F字孔間水平軸の傾斜
それでは仕組みのひとつを ヴァイオリンF字孔の傾きのコンビネーションで見てみたいと思います。 下図の中央の線はアッパーとロワーの幅の中間位置をむすんだもので、横線は ヴァイオリンをぶらさげた状態での水平位置( 0° )から右上がりが( - )マイナスで、右下がりが( + )プラス‥度と表示しています。
私にとって どれも興味深い楽器達ですが 特に 1679年に製作された ストラディヴァリの ” ねじれ ” を計算した( 表板年輪がハッキリ右回りとなっています。)上で製作された『 静かにみえる‥。』 でも本質は能動的な設定のF字孔バランスが好きです。
これは両F字孔の小丸穴部が埋めてあったりして 製作時の『 苦闘』がシノバレル‥ 彼のヴァイオリンとしては めずらしい” 様式 ” を越えた積極性が感じられるものです。
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余談ですが‥ このヴァイオリンを製作した時期にストラディヴァリはアンドレア・アマティ( Andrea Amati c.1505 – 1577 )に始まる アマティ家の工房がある San Faustino に家を購入します。 San Faustino は クレモナの木工や金細工職人が集中した地区で 当時は ” 島 ( isola )”と呼ばれていたそうです。
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現在 、” Casa Stradivari ” として知られるこの家は 1680年に購入契約が結ばれました。
それは 師匠 ニコロ・アマティ( Nicolo Amati 1596 – 1684 )が亡くなる5年程前のことで 兄弟子 アンドレア・ガルネリの 工房を兼ねた家のお隣の建物でした。
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b. ヴァイオリンの” 木組み技術 ” と ” 木伏技術 ” について
ストラディヴァリ( Antonio Stradivari c.1644 – 1737 )が製作した名器の中でも装飾入りヴァイオリン ” Sunrise ” は特に有名です。 このヴァイオリンは 1677年頃製作されたと考えられていますが 非常に特徴的なつくりとなっています。 装飾はもちろんですが‥ 例えば表板は 通常左右2枚の板を接ぎ合わせて製作されますが、名器 ” Sunrise ” は一枚板を用いて最上の仕上げで完成されています。
ストラディヴァリ以外にも 表板に一枚板を使用した名工はそれなりにいますが どれも ” 特別 ” と言っていいほど力がこもった楽器として仕上がっています。
上写真の カルロ・アントニオ・テストーレ( Carlo Antonio Testore 1693 – 1765 )さんが 1740年頃ミラノで製作したヴァイオリンも 表板が見事な一枚板で作られています。
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このヴァイオリンの表板はサドルの位置で ” 中央 “ a に位置する年輪を一本選び赤線でトレースすると b の位置に到達することから 材木が ” 反時計回り”にされていることがわかります。 これは家にたとえれば ” 柱 ” にあたる6個のブロック配置とライニング、ネック、そして裏板材の特性を意識して” ねじれ ” がスムーズに生じるように工夫したもので 木工の世界では ” 木組み技術 ” と呼ばれています。
このように一枚板で完成度の高いヴァイオリンを製作するには ” 木理( 材木の特性 )を把握する特別な能力 ” が必要となります。このため一般的にヴァイオリン族では表板に 二枚の板を接着し特性を整えたものが使用されています。これは木工の世界で ” 木伏技術 ” とよばれています。
オールド・ヴァイオリンなどでは この表板の継ぎ目( ジョイント)も『 最良のネジレ 』を意識して 設定されています。 この例として下に3つのタイプをあげました。
上左側に多数派の ” 左回り型( 反時計回り型 )” の例として Nicola Gagliano ( 1675 – 1763 )が 1725年頃製作したヴァイオリンをあげました。 これは 0.4度左回しで作られています。中央に ” 右回り型 ” として その息子であるガリアーノ兄弟( Giuseppe Gagliano 1726 – 1793 , Antonio Gagliano 1728 – 1805 )が 1754年に製作したヴァイオリン写真を置きました。 これはジョイントが右に0.6度回してあります。
そして その右側には ジョイントを中央より右側においた ” 完全非対称型 ” として Barak Norman 工房で 1700年頃に製作されたビオラをあげました。 これはジョイントを非対称に置いただけでなく 0.5度 左回しにしてあります。
S Viola is Mr. Pinchas Zukerman is using. (416mm body length)
S Viola is Mr. Pinchas Zukerman is using. (416mm body length)
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私はさきほど オールド・ヴァイオリンは ” 響 ” を生みだすために『 ななめの動き( ネジレ )を誘導する設定 』がされている趣旨のお話しをしましたが、ジョイントや年輪を調べてみると ほとんどのオールド・ヴァイオリンで こういう設定がされているのが 確認できると思います。
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さて、ここで究極の ” 木伏技術 ” の例を ご紹介したいと思います。
まず 1998年にロンドンで Peter Biddulph さんが出版した 25台のジュゼッペ・ガルネリ( 1698 – 1744 )の原寸大写真集 ” Giuseppe Guarneri del Gesu “の 161ページを参考資料として挙げさせていただきます。
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タイトルが ” Dendrochronologies of Twenty-five Violins by Giuseppe Guarneri del Gesù “ Measurements and Analysis by Dr. Peter Klein となっています。
これは ピーター·クラインさんが 担当して25台の ガルネリ・デル・ジェスのヴァイオリン表板を年輪年代学により研究した結果が記載されているものです。
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現代ではヴァイオリンを製作する場合‥ 材木のスプルースを上からみて放射状に切断して、 その板の外側どうしをジョイントすることで左右対称の木組みが なされているために表板の年輪は左右で違ったとしても数本以内で製作されています。
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ところが ピーター·クラインさんのこの研究では、 これら25台のガルネリ・デル・ジェス( ロワー・バーツ部での左右の年輪合計は 131本から 260本です。)のうち 16台が ジョイントされた左右の年輪数が 10本以上( 10 ~ 63本 )も違うことが指摘されています。
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これに ” 年輪年代学 ” の材木の時代考証をあわせて考えると ガルネリ・デル・ジェスは 積極的に ” 木理 ” を工夫した ” 木伏技術 ” によって左右が ” 非対称 ” の振動板を製作したと‥ 推測できると思います。
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私も 表板がジョイントされたオールド・ヴァイオリンの年輪などを調べたことが何度もありますので あきらかに左右の材木が違う組み合わせで製作されたヴァイオリンなどを何台も知っています。 客観的に考えれば ” 一枚板 ” で『 柾目( まさめ )』だけでなく『 板目( いため )』の木取りをした弦楽器がいくつも残っているのですから なんの不思議もないはずですが、19世紀あたりからの ” 習わし “を学んだ 『 専門家 』には頭が痛い技術です。
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私はジュゼッペ・ガルネリは ” 強いネジレ ” を生み出すためにピーター·クラインさんが指摘したように 表板に用いた左右の板は ” 木理 ” を考慮して別々の時期に伐採された木材をジョイントして準備した ” 疑似的な一枚板 ” を愛好していたと思っています。
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もうひとつ ” 木伏技術 ” の好例を 1990年に Brescia で出版された ” Gasparo da Salò e la liuteria bresciana tra Rinascimento e Barocco ” Flavio Dassenno / Ugo Ravasio の57ページより引用させていただきました。
私は このチェロの表板の 『 焼キズ 』はガスパロ・ダ・サロ( c.1542 – c.1609 )さんが製作したときに ” 響き ” の調整で加工したものだと考えています。 特に斜めにいれられたスジ状の焼キズには スプルース材の特性をより複雑化して意図した ” 響き ” を実現しようという強い意志を感じます。 私はこれも最高レベルの 『 木伏技術 』のひとつだと思っています。
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現在、ワシントンのスミソニアン博物館で 私とおなじことを考えた製作者が作ったチェロを見る事ができます。
上の写真はそのチェロを参考にさせていただくために 横山進一さんが 1986年に学研より出版された ” The ClassicBowed Stringed Instruments from the Smithsonian Institution ” の132 ページより引用させていただきました。
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スミソニアン博物館に展示されているオールド・ヴァイオリンなどの楽器の中で、1979年に亡くなったチェリスト、 エンニオ・ボロニーニ さん( Ennio Bolognini 1893 Buenos Aires – 1979 Las Vegas , U.S.A. )が使用していた この『 Signatured 』 チェロ は ひときわ異彩を放っています。
エンニオ・ボロニーニ さん( Ennio Bolognini 1893 Buenos Aires – 1979 Las Vegas , U.S.A. )は30 歳の 1923 年に故郷のブエノス・アイレスを離れてアメリカに渡り、1929 年にはアメリカの市民権を得るとともに多才な活動を続けて ラスヴェガスで87 歳で亡くなられました。 彼は 23 歳のときに 52 歳となったイタリア系移民の弦楽器製作者のルイジ・ロヴァッティ さんに このチェロを製作してもらい終生このチェロを演奏し続けます。
【 Luigi Rovatti 1863 Pavia , Italy – 1931 Buenos Aires : 1880 年頃からジェノヴァで Enrico Rocca ( 1847 Turin – 1863 Genoa – 1915 )に学び 結婚した1884 年にトリノの展覧会で銅賞を受け、24 歳となる 1886 年にアルゼンチン ( Argentina )に移住しました。 1886 年 11月に彼らはブエノスアイレス(Buenos Aires)に着き 住居を構えました。 移民としての苦労の末 36 歳となった1898年10月にブエノスアイレスで行われた国内展示会で、ルイジ・ロヴァッティ さんのヴァイオリンとチェロは金賞を受賞しました。 その後も 1910年には 100年祭工業博覧会で出展したヴァイオリンとチェロが金賞を受賞するなどで 製作者として知られた存在となります。 そしてルイジ・ロヴァッティ さんは 1931年1月に65歳でこの世を去りました。
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私はこのチェロは ガスパロ・ダ・サロさんのチェロの『 木伏技術 』を参考に製作されたと考えています。『 Signatured 』の斜めのサインとガスパロ・ダ・サロさんのチェロのスジ状の焼キズをくらべてみてください。 『 Signatured 』 チェロの場合は 縦長のスジ状に先に焼いて加工されたのが サインのアンダー・バーとしてより積極的に活用されて ‥ その結果 サインが表板の全面に ” 書かれた “( よくみると同じ人物によったと考えられるサインが、焼けたコテ状の工具でいくつも刻まれています。)チェロの誕生に繋がったのではないか と私は考えています。
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この 『 Signatured 』の中には次の書き込みがあるそうです。
Te Niglior Violoncello del mondo. Il mio padrone e Ennio Bolognini. Cuando Studia e mi suona bene.
( Best Violoncello of the world for my friend Ennio Bolognini. When ( one )studies, I sound good. )
私は When ( one )studies, I sound good. を『 名器に学べば、わが音色はよくなる。』 と 書いてあると思っています。
c. ヴァイオリンの側板設定
オールド・ヴァイオリンでは 上質な共鳴胴 ( レゾナンス・ボックス )を製作するために 側板の高さと角度、そして厚さ配置について細やかな心配りがされています。
この例として 2002年に出版された ” The Collection of Bowed Stringed Instruments of the Oesterreichischen Nationalbank ” より ヴァイオリン 2台と ビオラ、チェロの名器の側板厚みの計測値を引用させていただきます。
● ライナー・ホーネックさん( Rainer Honeck 1961 , Vorarlberg / Austria )が演奏している A.Stradivari , Cremona 1714 ” ex Smith-Quersin ” は Rib thickness bass side が上から 0.9mm – 1.0mm – 0.9mm そして Rib thickness treble side は 1.1mm – 1.1mm – 0.9mm とされています。
● ベンジャミン・シュミットさん ( Benjamin Schmid 1968, Vienna )が演奏している A.Stradivari , Cremona 1707 ” ex Brustlein ” は Bass side 0.9mm – 1.1mm – 0.9mm の Treble side 1.1mm – 0.9mm – 1.2mm です。
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この2台のヴァイオリン側板厚みは 上図の内側に 1714年が白色で 1707年がベージュの数字で、そして外側には ビオラがベージュで チェロが 白色の数字を使って書き込んであります。
● Violaで見てみると ヴェロニカ・ハーゲンさん( Veronika Hagen 1963 , Salzburg / Hagen-Quartett ) さんが使用している G.P.Maggini Brescia , 17th century は Rib thickness bass side が上から 1.4mm – 1.5mm – 1.6mm で Treble side が 1.5mm – 1.5mm – 1.6mm とされています。
● また Violoncello では シュテファン・ガルトマイヤーさん ( Stephan Gartmayer 1974 , Vienna )が使用している G. Grancino , Milan 1706 ” ex Piatti-Dunlop ” は Rib thickness bass side が 上から 1.8mm – 1.9mm -1.8mm で Treble side が 1.7mm – 1.8mm-1.7mm とされています。
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念のために言うと‥ 私も最初はそうでしたが ヴァイオリン製作の参考のために オールド・ヴァイオリンなどの側板の厚さを計測するとあまりに不均一なので 呆然とします。 しかし これは経験を重ねるうちに 18世紀までに製作された弦楽器の特徴であると納得することになります。 オールド・ヴァイオリンのそのような特徴から考えて この資料集で 6つのエリアごとにあげられた数値は おそらくそのゾーンの板厚の平均値だと思います。
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とにかく ここで重要なのは このように側板は 6つのエリアごとにそれぞれの ” 関係性 ” を意識して厚さが選ばれているということです。 これを私は ヴァイオリンの ” 駆動系 ” として工夫されたものと考えています。
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私は そもそもオールド・ヴァイオリンの製作者達がフラットな薄板を曲げて加工したものを側板として設計に取り込んだのは‥ レゾナンス・ボックスとして表板も裏板も 複合ドーム型とされ、そのうえに共鳴部を複雑に彫り込んでいますので ここでバランスを取るのが難しいので 側板ごとに厚さの違いをもうけて ” ネジレ ” を調節して響胴の動きを正確にコントロールするための ” 木組み技術 ” を意図したためと思っています。
長文となりましたので この続きは
『 ヴァイオリンの調整技法についてのお話しです。 ( part 2 ) 』 に移ります。