3. ヴァイオリンの動き( ねじれ )について
前のページで『 ななめの動き( ネジレ )を誘導する設定 』として a. ~ c. まで具体例をあげました。 これはその続きです。
d. ヴァイオリンのネックが 押す方向
ヴァイオリンの動きで 重要なのが ネックの向きです。
ここで 左側の 1525年頃と 右側1607年の リラ・ダ・ブラッチオを見てください。 注)1
5本の演奏弦の左外にある2本は響胴の ” ネジレ ” を増やすために取り付けられています。 ネックはもともと少し R側を向いていますが 2本の ” レゾナンス弦 ” の張力をあげるとネックがより R側を向くことでヘッドがより激しく揺れます。これにより 響胴が出す低音域の明瞭感が増すように作られていると解釈できます。
私は ヴァイオリンはこれらの要素を踏まえて誕生したと考えています。
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オーストリア・チロル地方 Absamの弦楽器製作者である Jacob Stainer( 1617 – 1683 )はヴァイオリン製作を語る上で重要な存在です。
彼の考えを確認するためにヴィオラ・ダ・ガンバ ( Bass Tenor )の写真を 1986年に Walter Hamma さんの編集で出版された ” Violin-makers of the German School from the 17th to the 19th century ” のvol.Ⅱの339ページより引用させていただきました。
私はこの設定を 『 ネックの下端がしっかり中央より 少しR側を軸( 白線 )として圧力を加えるように 2.3度の角度だけ左回転してありアッパー・バーツのクロスバーも軸を意識して配置してある。』と解釈しています。
この楽器の ネックと側板の両側接合部の ” アソビ ” の豊かさは‥ 『 すごい!』 と思います。
この写真を初めて目にしたときに 私は少しショックを感じました。
私はこの16世紀にイタリアで製作されたリュートのブロック部の写真も意味深いと思います。 シュタイナーの ヴィオラ・ダ・ガンバと同じく ネックの下端 ( ライン )と垂直の軸 ( 白線 )が中央より左回転で2.3度 R側に向いています。注)3
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因みに Jacob Stainer の Viola da gamba ブロックの写真を参考のために下にあげておきました。 注)2
それから下右側に オックスフォードのAshmolean Museum のコレクション・カタログの33ページより17世紀にイタリアで製作された シターンの写真をあげさせていただきました。 シターンのネック断面は 「 L字型 」 で胴体を正面から見たときに中心より R側を軸 ( 赤矢印 )として圧力を加えるように作られています。注)4
下写真は前項でご紹介した Carlo Antonio Testore ( 1693 – 1765 )さんが 1740年頃製作した表板が一枚板のヴァイオリンです。 このヴァイオリンは ネツク部中央の ● の ” 針痕 “から 7個ある ” 針痕 ” をつなぐ白線をひくと年輪と並行した 左回り 1.6度 の『 軸線 』があらわれます。
注)1 左側写真は1979年重版の ” The Hill Collection of Musical Instruments – in the Ashmolean Museum , Oxford “ First published 1969 David D. Boyden の 8ページの Giovanni Maria of Brescia , made in Venice , c.1525 よりの引用で、右側写真は 2006年に出版された ” The Emil Hermann Collection ” Part Ⅰの10ページより Girolamo Amati Ⅰ( 1561 – 1630 )が 1607年に制作した Lira da Braccioです。
注)2 2003年にウィーンで開催された ” Jacob Stainer – kayserlicher diener und geigenmacher zu Absam ” Rudolf Hopfner による展覧会カタログの 110ページより引用しました。
注)3 1993年にボローニャで開催された ” Strumenti musicali europei del Museo Civico Medievale di Bologna ” John Henry van der Meer より 出品番号 97 の写真を引用しました。
注)4 1979年重版の ” The Hill Collection of Musical Instruments – in the Ashmolean Museum , Oxford “ First published 1969 David D. Boyden の33ページより引用いたしました。
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e. ヴァイオリン裏板の ” 木理 “とジョイント
ここで オールド・ヴァイオリンの特徴のひとつである 裏板の ジョイントの位置取りに着目してみたいと思います。 この参考例としてイギリス・王立音楽院コレクションの資料集として 2000年 に David Rattray さんが出版した ” Masterpieces of Italian Violin Making ( 1620 – 1850 )- Important Stringed Instruments from The Collection at The Royal Academy of Music ” の 31 と 35 ページを引用させて頂きました。
両方のヴァイオリンとも アンドレア・ガルネリ Andrea Guarneri ( 1626 – 1698 ) が製作したもので 左側が 1665年の製作で 右側が1691年 注)1 とされています。 この写真をよく見ると左側のヴァイオリンのジョイントは少し時計回りにしてあり、 右側は 反時計回りに位置取りがしてあることがわかります。
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どこの国でも優れた木工職人は技術上の奥義( おうぎ )を問われると 『 それは木のくせを読み切り活かすことです。』と答えます。
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私はオールド・ヴァイオリンの製作においても 同じことが留意されたと考えています。
裏板について言えば もともと樹木はネジレながら縦に成長しますので ” 木取り ” の段階で ” 木理 ” が慎重に検討されます。それから2つの選択支について考えられます。
それは ジョイント加工によって木材に意図的なバランスを生じさせる ” 木伏技術 ” を用いるか、もうひとつの方法である 一枚板のくせを読み切って ” 木組み ” で調和させる技法を選択するかです。
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ここで余談ですが‥ これらをヴァイオリンで観察するときに ジョイント型は意図的に組まれているのが容易に判断できますが 一枚板の場合は 年輪を目で追っても傾きが判然としないことが よくあります。 この一枚板のくせを読み切る助けとなるのが 裏板のひび割れです。
年輪や ” 杢( もく )” そして柾目方向の” 符( ふ )” などの 『 木理 』がわかりにくい 一枚板の裏板でも ひび割れが一筋入っているだけ木組みが判断しやすくなります。
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上左側は 横山進一さんが撮影し1986年に学研より出版された ”The Classic Bowed Stringed Instruments from the Smithsonian Institution ” の23ページより 1679年に制作されたストラディヴァリウス “ Parera ” の裏板写真を引用させて頂きました。 裏板は一枚板ですが 軸が 6.9度程 反時計まわりにしてあり、表板が 2.9度程 回転してあるので 表板と裏板の角度差は 4.0度 のようです。 このヴァイオリンは軸を大きく回転させた 好例なので覚えておいていただきたいと思います。
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このストラディヴァリウスのように積極的な年輪の傾きがみえれば判断は簡単なのですが、残念ながらほとんどのオールド・ヴァイオリンはその右側の二枚の写真ような注意深い観察が必要な組み方がされています。 上中央の写真は Nicola Gagliano ( 1675 – 1763 )が 1725年頃製作したヴァイオリンの裏板ですが 、少し反時計回りにした上で 中央より向かって少し左側にジョイントが位置づけられています。 そして右側に同じようにほんの僅か反時計回りでジョイントを中央より左側 ( ボトムでガリアーノはジョイントがセンターライン右 1.2mmで 右側のオールドヴァイオリンはセンターライン左 3.4mmとなっています。)に設定されたヴァイオリン写真を並べました。
ヴァイオリンを製作したことが無い方にとって『 これでどれ位の音の差があるんだろう? 』 と感じられるかもしれませんが 、ヴァイオリンはこの” 傾き軸 “にブロックや 板厚などを組み合わせることで振動するように工夫されています。
つまり‥ これが オールド・ヴァイオリンの響きの基準をあらわしているのです。
この実例を上右側のオールド・ヴァイオリンの裏板のネックブロック部でみてみたいと思います。
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上の計測図の上中央の 『 c. 』 と接している縦線がセンターラインです。 その 3.8mm左にあるのがジョイントラインで、ボトムでこの幅は 3.4mm になっています。
そして下に この裏板のネックブロック部の板厚がわかる写真を置きました
この1650年頃に製作されたオールド・ヴァイオリンには裏板ジョイントの軸取にあわせた板厚のほかに オリジナルのブロックまでが残っていました。
それらのブロックは裏板に対してアッパー・ブロックが 少しE線側に、そしてロワー・ブロックが少しG線側へ移動した位置におかれていました。
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因みに このように板厚を工夫して ” 節 “が設定されているのは他のオールド・ヴァイオリンでも見ることが出来ます。 とにかくこれだけ ” 非対称 ” に設定すれば 確実に 『 ネジレ 』が見込める‥ という事はみなさんにご理解いただけると思います。
注)1 この Andrea Guarneri ( 1626~1698 )の 1691年は 1997年に 一月程の間 私の工房にいました。 このヴァイオリンは ロンドンの W.E.Hill & Sons より1931年に出版された 有名なガルネリ・ファミリーの研究書である ” The Violin-Makers of the Guarneri Family ( 1626-1762 ) Their Life and Work ” の 13ページに写真が掲載されている名器です。 強い右下がり型のアイを持つスクロールで 非対称型の意味を教えてくれた 『 ありがたいヴァイオリン』 でした。この期間に私の工房で嫁ぎ先を決められず泣く泣くお返ししましたが 、それから3年程たったある日届いた David Rattray さんが出版した ” Masterpieces of Italian Violin Making ( 1620~1850 )- Important Stringed Instruments from The Collection at The Royal Academy of Music “ のページをめくっていて 『 あっ! 』と思わず叫びました。 当時、私は 『 あの子はどこにいったんだろう…。』 と 考えては寂しい思いをしていましたので 感激の再会に思えたのです。 個人的には イギリス 王立音楽院コレクションに入って良かったと思っています。
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f. サドルのポジションについて
ここまでヴァイオリンが音を出すときに胴体が ” ネジレ ” ながら振動できるように『 ネジレを誘導する仕掛け 』をオールド・ヴァイオリンで確認してきました。
これらの工夫の他にも 製作時の姿をとどめた オールド・ヴァイオリンではエンドピンの上エッジにある サドルをエンドピンの位置より少し右側におき テールガット ( テールナイロン )が中央より少し右から表板を押すように設定されたものが確認できます。
これは 2000年にガダニーニの研究書として Duane Rosengard さんが ” Giovanni Battista GUADAGNINI – The life and achievement of a master maker of violins ” のタイトルで 出版された資料集の289ページより引用させていただきました。
左の写真は 1995年に Egmont Michels さんが ” Die Mainzer Geigenbauer ” のタイトルで Friedrich Hofmeister より出版された写真集の224ページより引用させていただきました。
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ただしサドルは弦楽器の修理・調整で取り換えられることが多く 上の写真のようなオリジナル状態が保存されている弦楽器はまれで、通常は下の画像の Nicola Gagliano ( 1675 – 1763 )が 1725 年頃制作したヴァイオリンのサドルのように表板のジョイントやヒビ割れや周りの状況で推測するしかない楽器が多数派です。
しかし現在でも、先ほどヴァイオリンの裏板ジョイントの参考例としてあげたオールド・ヴァイオリンのようによく保存されていてオリジナルのサドル位置がエンドピンより右側なのが一見してわかるヴァイオリンなどによる状況証拠から 『 ネジレ 』 を積極的に誘発するサドル位置を選んだヴァイオリン製作者は少なくなかったと私は思っています。
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私が オールド・ヴァイオリンでイメージするエンドピンホールの位置は高さが29mmから32mmほどの側板の標準値を31mmとすると その中央より 2mmから3mm上を中心としてあけてあるものですがただし 実際に検証するには多少の知識が必要ですから ここでお話ししておきたいと思います。
ヴァイオリンには ” 疲労破壊 ” が発生します。 現代ではその原因を ” 強度不足 ” と思い込んだ方が増えましたが 私は違うと思っています。 私の研究では ロワー・ブロック付近の破損は ① ヴァイオリンのバランスが不調和の状態で鳴らしたことにより表板に歪( ヒズミ )がたまり変形が進み ② エンドピン・ブロックと側板の接着部が上からエンドピンに向けて剥がれていくか割れが入るかしてブロックが不安定となり ③ 弦の張力でブロックと一諸にエンドピンが傾き側板にヒビを入れ ④ 枠の支えが弱くなったために表板の歪がより増え大きな割れが入る。という ” 逆ぞリ型破損 “がその典型と言えます。 上写真のエンドピンホールの左右のひび割れもそうして入ったと考えられます。
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http://www.jiyugaoka-violin.com/2015/%e3%83%b4%e3%82%a1%e3%82%a4%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%81%ae%e8%a9%b1/%e3%83%b4%e3%82%a1%e3%82%a4%e3%82%aa%e3%83%aa%e3%83%b3%e3%81%ae-%e3%80%8e-%e3%83%91%e3%83%86%e3%82%a3%e3%83%bc%e3%83%8a%e6%8a%80%e8%a1%93-%e3%80%8f-%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6%e3%81%ae-2
これを知っていると 下写真のヴァイオリンのように埋めてあっても A-B ラインに割れが入っており Cの位置に破損で傾いたエンドピンの食い込んだ跡があることから エンドピンホールは 内円の位置に開いていたとが推測できます。
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オールド・ヴァイオリンでエンドピンの位置を推測するのが難しい例をあげると 下写真のヴァイオリンように裏板側で 側板が少なくとも 2mmくらいは削られている 『 ホリゾンタル( 基準面 )が失われた楽器 』 です。 こういうヴァイオリンの場合は状況をつかむために採寸したうえでの検討が必要となります。
上写真の ラインA から B までの内部にロワー・ブロックが入っています。 その幅や表板ジョイントなどの位置は製作時の状況が保たれています。しかし このヴァイオリンの場合は エンドピンホールだけでなく サドル幅や位置も変更された可能性があります。 こういったヴァイオリンの場合は表板や裏板の内部痕跡を確認できないとサドルとエンドピン位置の関係は断定できません。
参考資料として ニュルンベルグの 「 ドイツ・ナショナル ミュージアム 」収蔵の オリジナル状態の Leopold Widhalm( 1722~1786 )の 1757年製ヴァイオリンで サドルとロワー・ブロックの関係を X線画像で見てください。
上の画像でロワー・ブロックの下端に突き出したサドルが見えますが、ブロック位置よりあきらかに右側にずらしてあるのが 確認できると思います。
このようなサドル位置を右側にずらした痕跡は例えば下の KSH Holm が 1791年にコペンハーゲンで製作したチェロのオリジナルブロックに残る 黒壇サドル・ベース位置のように弦楽器の修復担当者は よく目にしますが 外側からだけで判断するのはかなり注意深さが必要かもしれません。
この続きは 『 ヴァイオリンの調整技法についてのお話しです。 ( part 3 ) 』 に移ります。
http://www.jiyugaoka-violin.com/2015/archives/32641
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