4. 弦楽器における『 駆動系 』と『 共鳴振動板 』について
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a. 弦楽器の『 駆動系 』について
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長文となりましたので ここで これまでの部分を整理したいと思います。
ヴァイオリンは 響胴内の空気を振動させるために エネルギーを供給する弦の揺れから振動板のところまで それをスムーズに伝える仕掛けが組み込まれています。 私は これを 『 駆動系 』 と呼んでいます。そして この『 駆動系 』は 『 たて、よこ、ななめ 』 の3系統にわけることができます。
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それから 私はヴァイオリンは『 古楽器 』といわれる弦楽器、たとえば トレブル・ヴィオールや ヴィオラ・ダ・ガンバなどの仕組みを発展させて生みだされたと考えています。
そこで まず『 駆動系 』の『 たて、よこ 』を下のトレブル・ヴィオールで見て下さい。
この楽器は 弓で鳴らすと弦がC部とD部に圧力をくわえるのと同時にA部とB部がおされます。そしてモードが反転してC部とD部が離れる力がはたらくとA部とB部もおなじく遠ざかる動きをします。
これは 上のように 逆にティシュ・ペーパーの箱でA部とB部分を指で変形させても同じことが起こります。 指でA部とB部に圧力をくわえるのと同時にC部とD部が近づく動きをするので、それを横から見ると平行だったC部とD部が 『 ハの字形』となるのが確認できます。
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ヴァイオリンを含めた多くの弦楽器は 下図のように指で押されて膨らんだ ティッシュペーパーの箱の表板中央ゾーンに駒をたてて 表板が膨らむ動きを E部とF部にふりわけて響胴内の空気が共鳴するように変形していると私は考えています。
このときにA部とB部のそばの適当な位置にカッターなどで 6 ~ 7cm のまっすぐな切れ込みを2筋入れて指で圧力を加えてみてください。 指の圧力に対して『 閉断面 』と『 開断面 』では劇的な 違いがあることが理解していただけると思います。
下写真は 私の工房の顧客の方が 1970年に歯科大学のオーケストラに入る時に新品で購入された カール・ヘフナー社製のチェロを、 私の工房で 2006年に撮影したものです。
昔のカール・ヘフナー社製品は塗装が厚くその上に硬いという特徴をもっていました。 このチェロの塗装にも 土台の ” 木材 “が弾きこみによって動いた痕が ” ひび割れ ” として残っています。 私はこのニスひびは A部とB部分が F字孔にむけて倒れ込むように動いた跡と考えています。
これは別の楽器の B部裏板下コーナーの割れですが、側板にパフリング外側が引っ張られ割れたようです。
さて『 駆動系 』の『 たて、よこ 』については このような箱だと折り目のおかげで スムーズな動きが確認できます。この箱の C部とD部分を指でつまんで近づけると同時にA部とB部が近づき、次にモードが反転してC部とD部が離れるとA部とB部もおなじく遠ざかる動きをします。
これらの圧力軸を区別するために 私は C部とD部を結ぶ軸を『 たて 』とし、A部とB部を結ぶ軸を『 よこ 』と呼んでいます。
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そして これらの動きから考えて 私は下図の『 折り目 』を やわらかい曲線で置き換えたのが その下にあげたトレブル・ヴィオールの形状だと思っています。
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さてここで この『 駆動系 』の存在を確認するために『 たて、よこ 』が同調しなかった場合の『 疲労破壊 』のお話しをしておきます。
まず下にあげた ヴァイオリンの写真を見て下さい。これは 一年程前にクレモナで製作されたそうです。
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私が 上写真で『 ニスひび割れ 』と指摘した 白いスジは 表板の疲労で入りました。
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反対側の 『 ニスひび割れ 』も 縦ひびであることから表板の自在性が不足した状況で 演奏者が楽器をしっかり鳴らしたことで ふるえながらも疲労が進行している痕跡だと思います。
この新作イタリーのヴァイオリンは 響胴の自在性の不足を補うために選ばれたテールコード と ピラストロのパッショーネのどちらもが ロワーブロックに影響を与え過ぎたために『 駆動系 』の『 たて、よこ 』のタイミングが ずれているようです。
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比較するために良好な振動をしたヴァイオリンの『 ニスひび割れ 』の例として 1910年に レアンドロ・ビジャッキさん( Giuseppe Leandro Bisiach 1864 – 1945 )がミラノで製作したヴァイオリン写真をあげておきます。
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This violin received awards at the World Exhibition of Brussels 1910.
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私は 閉じた構造のヴァイオリンで 響きをゆたかにするために取り入れられた1次系と2次系が互いに悪影響をおよぼさないように 分離部としてサドルやエンドピン、テールピースが取り入れられたと考えています。
これにはいくつかの選択肢がありますが ‥ 私はサドルのエッジ部分から上が 弦振動から直接 駒を通じて表板に関与する1次系のはたらきをして、それより下が ブロックのゆれがつかさどる2次系として動くのが もっとも安定しやすいと思っています。
私はこの新作イタリーは1次系がブロックに作用し過ぎる設定になっていると思います。
注) テールコードは ハイテク・マルチファイバーを編み上げたもので スティールワイヤーと比べて9倍の強度があるそうです。
さて この新作イタリーのヴァイオリンは バランスが調和していないこのような状態で鳴らし続けるとどうなるでしょうか?
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私の経験では そのままおなじ状況で使用を続ければ表板の疲労が進行して 下のコントラバスとおなじ割れがはいると思います。ただし この『 疲労破壊 』が進行したコントラバスの状態になるには あと5年くらいは必要ですから‥ 実際には これからあご当ての下ゾーンが窪み ひび割れが入る3年以内に 修理のためにバランスをとりなおす努力がなされると思います。
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コントラバスは『 巨大な楽器 』なので この楽器のようにアマチュア・オーケストラで練習場の置き楽器として使用されていて修理や調整のタイミングがなかなか取れずに こういう破損につながったものをたまに見かけます。 それから 悲しいことですが チェロも同じレベルの 『 疲労破壊 』で修理の相談を受けることがよくあります。
ただし ヴァイオリンはこの段階になる手前で 鳴りが悪くなったり『 音ムラ 』がひどくなるので 一気にここまで至ったケースは 私も数例しか遭遇していませんが、疲労のメカニズムは ほぼ同じです。
上で例として挙げさせていただいた 2011年製の新作イタリー・ヴァイオリンも このコントラバスも疲労の原因は 『 駆動系 』の 『 たて 』が弦のゆれを受け『 みかけの剛性 』が高くなってしまったあとで、遅れて来た 『 よこ 』の圧力が バスバー・ラインではじかれてしまい本来の『 合流点 』に到達できなかったことで表板のバランスが崩れたためです。
これによって最後は バスバー下端の『 低音振動板ゾーン 』がもとの状態に復帰できない物理で言う 『 つり合いの破れ 』が表板の疲労を加速して ついには『 破壊点 』に集まったヒズミによって表板が割れながら響胴全体の変形が進み 表板に立つ駒を安定して支えきれなくなり演奏不能となります。 私は 下右側の ストラディヴァリのチェロも同じようなヒズミによって割れてしまったと思っています。
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ヴァイオリンはヒズミが溜まりやすいバスバー下端付近を あごあてが隠すかたちになっているので楽器の不調には気付きながらも、割れが入ってしまうまで表板の変形を見落とす方も多いようです。 しかし チェロですとあご当ても付いていないですし 面積も4倍以上ですから、表板のバランスがくずれて変形が起こったことが確認しやすいと思います。 その参考例として 下に 2台のチェロを挙げさせていただきます。
ヴァイオリンでもチェロでも 表板のヒズミはF字孔のギャップをうみだすことがよくあります。このチェロの場合は 表板全体の変形がすすみ『 駆動系 』の『 よこ 』が 駒方向に倒れ込めないまでになっていました。当然 バスバー下端の陥没もみられました。
このチェロが『 つり合いの破れ 』をおこした主因はバスバーが大きすぎたこととC線側を向いているネックと表板のバランスが合わなかったからです。
F字孔のギャップが大きいこのチェロの場合は 写真のように表板が変形していますので 当然ですがC線以外は鳴りが悪くそのまま使用すれば陥没が進行し表板がまた割れてしまう状態に陥っていました。 そこで私は バスバーを交換の上で駒位置とサドル上のテールワイヤー位置を A線側に移動してバランスをとり直しました。
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私は 表板のアーチ( ドーム )の状況によりますが一般論としてバスバーは大きいタイプが低い音域を明確にできるので上質な響きにつながりやすいと考えています。しかし、度を過ぎると悪影響も大きくなり‥ このチェロのように不具合が起ります。
このチェロのバスバー厚さは 23.5mmでした。 私達の感覚では『 そりゃーないだろう! 』といったレベルですので 11.0mmの厚さで入れ直しました。 また 現在の所有者が購入されるより前に『 修理‥?』してあった中央下部の割れもシアノアクリレートを除去して修理し直しました。
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下左側写真が調整を依頼されたときの設定で 右側がバスバーを交換後に私が組み直した設定です。
駒位置は左写真の位置からA線側に 2.8mm移動しました。
ここまでお話ししましたように『 駆動系 』の 『 たて、よこ、ななめ 』 の3系統の圧力軸は胴体をゆらしながら表板が共鳴しやすい状態を維持します。 ですからロワーブロックのどの位置にどういった幅と高さのサドルが設定され、テールワイヤーはどこに乗るか‥ や駒と魂柱が表板のどの位置に置かれるかは 最終的に弦楽器の性能をおおきく左右します。 このチェロの場合は 『 たて、ななめ 』の軸を設定しなおして陥没を回復させてから今年で 6年経過したところです。 たまたま 3週間前に弓の毛替えでこのチェロが持ち込まれたので 久しぶりに簡単な調整をおこないましたが 現在も『 調和 』した状態が続いています。
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さて次のケースですが 下写真は『 つり合いの破れ 』の典型的なものです。 これは 8年程前に私の工房で修理にとりかかる時に撮影したものですが、 オールド・チェロの表板でバスバー下端にあたるゾーンが陥没しています。 高価な楽器ですから何度も修理がくり返されていますので割れとしてひらいてはいませんが 『 ゾットする‥。』状況でした。
これが『 駆動系 』の『 たて、よこ 』が同調しなかった場合に発生する『 疲労破壊 』の窪みで 修理をやり直さなければ このあとは表板が割れるだけです。
実際に このチェロは下写真のようにテールピース左側のヒズミにより右側が割れて 私は 15年程前に表板をあけて緊急修理をやったことがありました。
そういった経緯から このチェロの場合も8年前に私は バスバーを交換してバランスを取り直す修理をおこないました。
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さて『 駆動系 』の存在を理解していただくために 二つめ事例のお話しに移ります。
上の写真は私がその年の春先に販売した 1/2 サイズのヴァイオリン( SUZUKI VIOLIN No.280 )を その一ヶ月後に 修理のために表板をはずした時に撮影したものです。 これは 1992年 5月のことでした。
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上の右側の写真でわかるように 新品で使いはじめてわずか一ヶ月で バスバーが剥がれています。このヴァイオリンは鳴らすと すごいノイズ ( お子さんのお母さんもビックリするような 『 ダダダーッ!』という音がしました。)がするようになっていました。 当然ですが修理が必要で、購入されたお客さんのショックが深くならないよう 翌日にお渡しするためにすぐに修理にはいりました。
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このとき私は 一年程しか使用しない 1/2 サイズの スズキ・バイオリン( No.280 )とはいえ 『 これは ないだろう‥ !! 』と怒っていましたが、数日してから あらためて原因を考えていて 重要なことに気が付きました。
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因みにこの事例では 当然ですが 製造工程で適切な作業がなされていなかったのが 最も重大な原因です。 ただし 私は分数サイズを中心に 大量のスズキ・バイオリンを販売しましたが 同じ事例は 新品ではこの写真のケースもいれて2件だけで10年前後経った楽器でも5件ほど出会っただけですから 『 事故率 』は ” 不可抗力 ” の範囲だと思います。
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さて今回この破損事例を挙げたのは わずか一ヶ月でバスバーが剥がれた理由が 『 駆動系 』のバランスがとれていないことが 直接的な要因となったからです。
このバスバーの剥がれは『 駆動系 』の『 たて 』の圧力軸上で表板のロワーブロック側が バスバーと板厚の関係で固まっていて 注 1 )うまく窪んでくれなかったことで バスバーの上端( アッパーブロック側 )と接着されている表板の動きが合わなくなってしまい発生しました。
これをまとめると『 ヴァイオリンの “たて” の駆動系とバスバーが不調和の状況で鳴らしたら表板に加えられた圧力とかたいバスバーが 戦いあってバスバー剥がれた。』という事例だと言えると思います。
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注 1 ) 表板厚さが アッパー・バーツ側が 2.4~2.7mm程に対して、テールピース部分で 3.0~3.2で ロワー・バーツのライニングぎわで 2.8~3.0mm になっていて 1/2 サイズとしては ロワーブロック側が厚過ぎだったところに、 厚さ 6mm で高さもある強いバスバーを回転させない( センター・ジョイントと平行 )で取り付けてありました。
さて『 疲労破壊 』の 三つめのお話しをしたいと思います。
この写真は 1998年に同じくバスバーが剥がれた コントラバスを私の工房で撮影したものです。
このコントラバスはビオラを弾かれる顧客の方が支援しているオーケストラに貸し出していたものでエンドピンを固定してある部分が陥没変形したということで相談をうけ 修理することになりました。
私はまず サドルをはずして エンドピンを固定しているブロックの剥がれを確認しました。 これは結構 強いひずみがこの場所に長期間たまっていた痕跡となっていました。下右側に私が側板とブロックをニカワで接着するために クランプで絞め込んで固定した写真をあげておきましたが これくらい圧力を加えてやっと元のように隙間なく接着できました。
そしてもう一つの破損が ロワーブロック側バスバーのはがれです。それと表板の割れには至りませんでしたが 魂柱が1ミリほどめり込んでいたのを薄いニカワを浸みこませて修復することになりました。
さてこのコントラバスの『 疲労破損 』も 私は『 駆動系 』の不調和が原因と思っています。
私も最初はこれらのバスバーの はがれなどは 接着強度の不足が原因なのではないかと考えました。しかし多くの『 疲労破損 』の原因を調べた結果 バランスが調和していない状態で『 強制振動 』をさせた事が 響胴の変形につながり 表板や裏板が割れるかわりに バスバーがはがれたという因果関係に気がつきました。
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1800年代の終わりにフランスで製作された このコントラバスは かなり小さいコーナーブロックとロワーブロック、そして適度な薄さの上に幅は広めで動きやすい側板( その上 材木の時にお湯で煮た可能性があります。)、幅が狭いライニングなどにより『 剛性 』を低くして製作されていました。
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私は このコントラバスの『 駆動系 』のうち 『 たて、よこ 』は応力を受けて十分に動こうとしたと思います。 しかし 残念ながら中央ゾーンで合流した 『 たて、よこ 』は 『 拮抗( きっこう )』してしまい結局は固まってしまいました。
これを例えれば 『 イングランド旗 』の赤いベルト・ゾーンが固まった状態と言えると思います。
『 旗 』と違って弦楽器は 弦の振動によって『 強制振動 』をさせる仕組みになっているので‥ この『 赤いベルトゾーンが幅広で拮抗( きっこう ) 』した状況に陥れば このコントラバスに限らずどの弦楽器でもひずみが蓄積して破損にいたります。
このときに『 イングランド旗 』の赤いベルト部分の幅と 内部のブロックの関係が 重要になってきます。 弦楽器で幅の広い‥ たとえばヴァイオリンのアッパーブロックとして 54.0mm でなく 64.0mm 幅のブロックを選ぶと この ” 赤いベルト幅 ” が広がることになるわけですが、共鳴振動部は ” 白い部分 ” が担当するので 逆に減ってしまいます。そして そのために『 駆動系 』がバランスよく動かないと『 低い音 』が発生しにくくなってしまいます。
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この状況を救えるのが『 駆動系 』では ねじれる動きを生みだせる 『 ななめ 』の圧力線です。 まあ‥ 『 アイルランド旗 』のイメージでいいと思います。
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そうして 『 イギリス国旗 』 ができあがるわけですが‥ 『 実にシブイ !! 』 のが 『 セント・パトリック・クロス 』の斜線が 『 カウンター・チェンジ 』 注2 ) してあることです。
そうです‥ これは『 駆動系 』のお話しとして聞いて下さい。
アーチの高いオールド・ヴァイオリンにはこの三つの駆動系を十分理解した上で 『 すばやいレスポンス 』を実現するために ” 白い部分 ” の面積をおさえて製作されたものが 数多く存在します。 私はこの点からも18世紀までの弦楽器製作者の 技術力の高さを痛感しています。
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さて ‥ 三つめの例として挙げさせていただいたコントラバスの 『 疲労破壊 』のプロセスをまとめてみます。フランスで 19世紀末に製作された このコントラバスは響胴の構造上の『 剛性 』を低くして製作されました。その結果 として逆に『 駆動系 』の『 たて、よこ 』が 幅広で倒れ込むこととなり 中央部で拮抗( きっこう )してしまい 表板の指板下からテールピースにかけての『 たて 』のゾーンに強い『 みかけの剛性 』が発生してしまいました。 そしてネックからアッパーブロックに加えられた圧力によって シーソーのようにゆれるバスバーと 『 剛性 』が高くなり硬くなってしまった表板との接着部が バスバー下端から はがれていきました。これによりロワーブロックのゆれる幅は確保されましたが 表板の四隅ゾーンのうちロワー・バーツ両側隅は特に『 剛性 』が高くなってしまい テールピースの上から見て中央にあるロワーブロックだけが弦の振動によって ネック側にむかって倒れ込む『 逆M字 』の動きをした結果、側板とロワーブロックが表板側から徐々にはがれてしまいました。そして これらのヒズミ変形により表板が平らになろうとした際に 内部の魂柱が表板にめりこみました。
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この状況で破損したコントラバスを 私は『 ななめ 』の『 駆動系 』が機能するように工夫して修理しました。それは まるで『 セント・パトリック・クロス 』の斜線が 『 カウンター・チェンジ( 反時計まわり ) 』 したくらいの角度でした。
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私は 前項でお話ししたように オールド・ヴァイオリンの表板や裏板が回転させた木組みを取り入れたり、F字孔間ラインが傾けてあったり 『 複合ドーム 』の形をした表板や裏板が『 非対称形状 』であったり、上下ブロックがずらしてあるのは『 みかけの剛性 』で響胴が機能不全をおこさないように、『 駆動系 』のうち『 ななめ 』をバランスよく取り入れる工夫だと考えています。
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それから『 駆動系 』を工夫して剛性を高くするのは ちょっとした工夫でも可能です。
その例として この項の最初に 『 疲労破壊 』に陥ったアマチュア・オーケストラで練習場の置き楽器として使用されているコントラバスの修理を見ていただきたいと思います。
冒頭でお話しさせていただいたように このコントラバスも疲労の原因は 『 駆動系 』の 『 たて 』が弦のゆれを受け『 みかけの剛性 』が高くなってしまったあとで、遅れて来た 『 よこ 』の圧力が バスバー・ラインではじかれてしまい本来の『 合流点 』に到達できなかったことで表板のバランスが崩れて『 つり合いの破れ 』が割れにつながりました。
そこで『 立体的な形状 』により本来の『 剛性 』が生じるように 私は 内部の補強やバスバーを削り『 弱く 』してあげました。
上写真は 割れが開いているところは接着し木片で補強し、過去の修理で全体バランスを崩す過度の補強がされている部分は その厚みをゴッソリ削り落としバランスを合わせたところです。
それから修理予算の関係で既存のバスバーを工夫するしかなかったので 両端などを削り込んで表板が動けるように ” 弱く ” しました。 そうして下写真のように仕上げました。
これは下の写真のように『 駆動系 』の『 たて 』の圧力軸をうむ上下ブロック( e と h )とアッパーバーツ・ライン( b – a )とロワーバーツ・ライン( d – c )の間にバネ的に柔らかく動くゾーン( g と f )を設けて『 たて 』のスピードを遅くして『 よこ 』が追いつけるようにして『 たて、よこ 』のタイミングを合わせ、ロワーバーツ・ライン( d – g -c )が立体的に動くことで生まれる『 剛性 』により『 つり合いの破れ 』で疲労し陥没したゾーンに強度をあたえるものでした。
これはティッシュ・ペーパーの箱でお話しした 点Eと点Fの ふくらむ力を利用した‥ ということです。
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上写真は このコントラバスに取り付けられていたバスバーを削る前に撮影したものです。 そして下写真が私が仕上げたものです。
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私はこれが古( いにしえ )の時代の技術だと思っています。
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注2 ) イングランドの国旗と、スコットランドの国旗が、イングランドとスコットランドの同君連合時代に組み合わされて作られ、さらにアイルランド王国との合同でグレートブリテン及びアイルランド連合王国が成立した際、アイルランドの国旗と称してアイルランドの有力諸侯だったキルデア伯の旗( セント・パトリック・クロス )とが組み合わされたと伝えられているようです。
セント・アンドリュー・クロス旗の青地は、スコットランド国旗ではブルーですが、ユニオンフラッグではダークブルーとされています。またセント・アンドリュー・クロスとセント・パトリック・クロスが重なり合ってしまわないように、ユニオンフラッグではセント・パトリック・クロスの斜線が反時計回りに若干ずらしてある( カウンターチェンジ )そうです。このためイギリスの国旗は上下左右で非対称となり、表裏の区別があるそうです。
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b. ストラディヴァリの『 駆動系 』と『 共鳴振動板 』について
私はこの『 駆動系 』の 『 たて、よこ、ななめ 』の存在を知っていると 『 ストラディバリウスの響き 』 が理解できるようになると思っています。
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下図は 1982年に New York で出版された ” The Acoustical Systems of Violins of Stradivarius and Other Cremona Makers ” by Isaak Vigdorchik の 46ページに掲載されている 有名なヴァイオリン計測図です。 このストラディバリウスを著者は 1733年頃 注3 )に製作されたものとしています。
上図は 内側から表板を見たもので魂柱が左側となっていて わかりにくいので、私は このストラディバリウスの表板等厚線図を反転させたうえで 厚みをグループ別けしました。
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それが下図で 魂柱は右側となっていて 表板が厚いゾーンの基準として 2.8mm の等厚線を青マジックで塗りそれより厚い部分を青斜線とし、板厚が 2.3mm の等厚線を赤マジックでトレースしたあとで それより薄い部分に赤斜線をいれました。
これによって『 駆動系 』の配置が読み取れます。
つまり『 たて 』の『 駆動系 』としてしっかり圧力を加えるために C部とD部の表板が厚くしてあり、おなじく『 よこ 』の『 駆動系 』として A部とB部も厚いゾーンが設けてあります。
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そして 『 ななめ 』の『 駆動系 』としてしっかりネジレが発生するように 薄いゾーンの『 へり 』による” 赤線 “ の延長線 たとえば 『 e – f 』や 『 g – h 』が 設定してあります。 これらの板厚の配置を観察すると 『 カウンター・チェンジ( 左回転 )』 してあることが 理解していただけると思います。
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おおざっぱな言い方で表現すれば『 駆動系 』の 圧力軸の『 たて 』と『 よこ 』には厚みがある青ゾーンが対応しており、『 ななめ 』には板厚が薄い赤ゾーンのへりなどが対応するようになっていると考えられます。
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そして下左図は このストラディヴァリが製作したヴァイオリンの裏板側の等厚線図です。 右側は参考のために 裏板外側アーチの等高線を表板側からみた( 右側魂柱 )アーチの反転写真です。
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Antonio Stradivari 1716 violin
SS裏板外側アーチ等高線
SSSSS( 右側魂柱 )
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そして次に 上の計測図を引用させていただいた ” The Acoustical Systems of Violins of Stradivarius and Other Cremona Makers ” by Isaak Vigdorchik に掲載された E. Vitacek とP. Zimin さん達が実施した ” The USSR State Collection” の Antonio Stradivari violin の『 板厚計測 』プロジェクトから 48ページのもう一台のヴァイオリンをあげさせていただきます。
歴史に名を残す ダヴィッド・オイストラフさん( David Oistrakh 1908 – 1974 )も 1705年製の ストラディヴァリウス ” マルシック ” を使用する前に使っていた有名な ヴァイオリンです。
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Antonio Stradivari c.1736 violin ” Prince Jussupov ”
( The Great Russian Collection No.114 )
これも反転して 等厚線のグループ別けをしてみます。
それが下図ですが やはり魂柱は右側となっていて 表板が厚いゾーンの基準として 2.8mm の等厚線を青マジックで塗りそれより厚い部分を青斜線とし、板厚が 2.5mm と2.3mm の等厚線を赤マジックでトレースしたあとで 2.3mm より薄い部分を塗りつぶしました。
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ストラディバリウスでこの板厚のタイプは アメリカ・シカゴの北に位置するウィスコンシン州( Madison, Wisconsin )で 1964年から音響研究をはじめて 初期のイタリアにおけるヴァイオリン製作者達は ” 非対称システム( asymmetrically )” を基本に弦楽器を製作したと考えた Dr. William F. Fry さんの論文でも見ることができます。
その論文からストラディバリウスの等厚線図を下に引用させていただきました。 上図の 特徴的な 2.8mm 以上のCゾーンの形が 下図でも確認できます。 それと このストラディバリウスは表板の軸が 左回転していたようですね。 Cゾーン突端を通る年輪が 魂柱位置を通っていることを彼は指摘しています。 また 3.0mm の魂柱部の左側には どちらも 2.2mm の薄いゾーンがあります。それと上図 Aゾーンの 3.4mm 部分が 下図では 3.5mm となっているようです。
Shttp://guitanoviolins.weebly.com/fry-technique.html
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上のリンクサイトにあるように物理学者の W. F. Fry と同僚の Wilson Powell さん達は 発明した 磁石を用いた測定器具( inventing a simple measuring device using magnets. )を用いて ガルネリの板厚を計測したことにより ヴァイオリンの非対称性 に気づき 注4 )研究をよりすすめるために米国議会図書館のコレクションのストラディバリを計測されました。 彼の論文を読むとオールド・ヴァイオリンを研究対象にしているので基本的には私と共通項は多いようです。 たとえば ” 非対称性 ” のほかにも 私が『 駆動系 』( a driven system )と言っているシステムを 彼も重要と言っていたりします。ただ ヴァイオリンのパラメータの多さに研究の停滞があったようで 『 木伏 』と『 木組み 』までフィールドが広がらず ” 魂柱本位主義 ” に陥っているのは残念です。
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さて 上に参考例としてあげさせていただいた 1736年頃の製作とされるストラディバリウス ( Antonio Stradivari c.1736 violin ” Prince Jussupov ” ) の表板等厚線についてのお話しにもどりたいと思います。 私は色分けした2台のストラディバリウスの表板等厚線図のはじめのヴァイオリンは 『 アマティ型 』で 後の 1736年頃の作は 『 コンプリート・タイプ( 完全型 : Complete type )』だと思っています。
この2台を比較すると『 たて 』の『 駆動系 』としてしっかり圧力を加えるために確保してある C部とD部の表板の厚いゾーンの幅が『 アマティ型 』よりも『 コンプリート・タイプ( 完全型 )』が狭くしてあり、 おなじく『 よこ 』の『 駆動系 』としての A部とB部も幅がおさえてあることが分ります。
この両者にはおおきな違いがありますが 私は e-f 軸と g-h 軸が交わる角度を 『 アマティ型 』より 『 コンプリート・タイプ( 完全型 )』は 浅くすることでレスポンスの高速化と『 低音域 』の明瞭化を実現しようとしたのが 後者がうまれた主たる理由だったと考えています。
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私は ニコロ・アマティが 1684年に亡くなったあと ストラディバリのヴァイオリン製作には アンドレア・ガルネリ( 1626 – 1698 )と ジュゼッペ・ガルネリ( Giuseppe Giovanni Battista Guarneri ” filius Andrea ” 1666 – 1744 )が 大きな影響をあたえたと考えています。
ただし アンドレア・ガルネリは 1687年の最初の遺言状( 2nd 1692, 3rd 1694 )にみられるように身辺整理を考えている状況ですから ストラディバリと実質的なタッグを組んだのは息子のジュゼッペ・ガルネリと考えた方がいいかもしれません。
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私は ヴァイオリンの誕生後におこなわれた改良には ガリレオ・ガリレイ( 1564 – 1642 )が ” 音 ” は空気の粗密波が鼓膜に達したときに生じる感覚であるとし、メルセンヌ( 1588 – 1648 )がその伝わる速度を計測し オランダのホイヘンス( 1629 – 1695 )が 1678年に公表( 1690年出版 )した『 ホイヘンスの原理 』によって振動波を ” 素元波 “や ” 包絡面 “によって捉えることで分析研究を飛躍的に進め ‥ ついに ニュートン( 1643 – 1727 )が 1687年に ” プリンキピア ” で公表した『 ニュートン力学 』によって ” 音 ” やその他の波の現象を説明するのに大きな成功をおさめたことが寄与したと考えています。
ストラディバリは 1686 ~ 1699年にかけてロング・パターンなどを製作したことはよく知られていますが 私は この時期に『 新たな可能性をもったヴァイオリン 』の開発がスタートして、最終的に 1710年から1750年 にかけての ストラディバリや グァルネリ・デル・ジェズ( バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ Bartolomeo Giuseppe Guarneri 1698 – 1744 )に代表されるような『 コンプリート・タイプ( 完全型 )』のヴァイオリンが製作されるようになったと考えています。
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注3 )
” The Acoustical Systems of Violins of Stradivarius and Other Cremona Makers “ by Isaak Vigdorchik では このストラディバリウスは 1733年頃とされていますが 1924年頃より E. Vitacek とP. Zimin さん達が実施した ” The USSR State Collection” の Antonio Stradivari が製作したヴァイオリンなどの『 板厚計測 』プロジェクトに関する資料を読み合わせると 最初に計測されたこのヴァイオリンは 現在の ” The Great Russian Collection “の No.61 Antonio Stradivari 17.. violin ” K.T. ” だと 私は考えています。
1925年の E. Vitacek さんのジャッジでは 1725年頃とされており 私もその時期ではないかと思います。
注4 )
When Powell and Fry measured a Guarneri del Gesti instrument, they found to their delight that the thickness variations showed the anticipated asymmetry,
Stradivari violin from the collection of the Library of Congress that was famous for its great sound.
It became clear to Fry after additional experiments that asymmetry, although important, was only one of many parameters controlling the quality of sound of an instrument.
One of his important advances was to isolate certain “absolutes,” along with the physical parameters they depend on, that are essential attributes of a great-sounding violin.
Fry emphasizes that understanding their interconnections requires understanding that the violin is a driven system.
The low-frequency range ( 200-1000 Hz ), or the breathing mode. The mid-frequency range ( 2000-5000 Hz ), or the rocking mode. The high-frequency range ( >5000 Hz ), or the tweeter mode.
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この続きは 『 ヴァイオリンの調整技法についてのお話しです。 ( part 5 ) 』 に移ります。
http://www.jiyugaoka-violin.com/2015/archives/33706
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『 ヴァイオリンの調整技法についてのお話しです。 ( part 1 ) 』 はこちらです。
http://www.jiyugaoka-violin.com/2015/archives/31638