2014-3-29
私はヴァイオリンやチェロのネック、ヘッド、指板部を製作するときに、その振動の仕方を確認しながらバランス調整をおこなっています。
これは製作工程にもよりますが 上写真のような仕上げ段階でしたら まずその重心位置をはさんで持ちます。そして指板が空中につき出しているつけ根にあたる『 節部 』( 指板重心 )を下写真のように軽くタップします。
この時に 指板とヘッドのゆれる条件が十分そろっていれば指先に『 明確な振動 』を感じることが出来ます。もし不十分でしたら全体のバランスを意識したうえで、 この振動に関係する 50ヶ所ほどのポイントのうち適当と考えられる部分の設定をゆれやすいように修正します。
私はチェロなどのヘッドは豊富なゆれ軸を生じさせることが可能な形状の響胴と対となりネック端で細やかにゆれる事によって共鳴音の発生をサポートするように設計されていると思っています。
この写真は1993年に ボローニャの博物館カタログとして出版された ” Strumenti Musicali Europei del Museo Civico Medievale di Bologna ” John Henry van der Meer より十七世紀初頭に製作されたと考えられる テオルボのヘッド写真を引用させていただきました。
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これはテオルボなどのボール・バック( 胴体がリュートと同様に後ろ側が洋梨を半分に割ったような丸い形状であることを指します。)の響胴をもつ弦楽器では事情が違ってきます。 力木( ブレイシング )で表板響板が分割してありますので それなりの数だけ振動モードをもっていますが、基本構造がティンパニィーなどの膜鳴打楽器と類似していますので この2タイプの混成モードが生じてしまいます。
これを避けるためにテオルボ( キタローネ )のネックは後ろから見たときに中心軸が角度を変えながら右側に曲がっていく特徴を持っています。このネックとヘッド部の構造によってボール・バックの振動モードを整理するようになっていますので明確な角度変化を見ることができる訳です。
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弦楽器ではこれらの振動モードと剛体としての運動条件が響きをきめる重要な要素になっています。
皆さんがご存じなように一次振動モードはわかりやすいですね。
ちなみに今日ではギターやベースなどの弦楽器の演奏をiPhoneで撮影すると、カメラに搭載された CMOSイメージセンサの誤差によって起こる “ローリングシャッター現象” によってまるで自分の目がオシロスコープになったかのような映像で見ることができます。
ローリングシャッター現象とは CMOSセンサーが目の前の風景を一度に全て記録せずにイメージの上部から順番に記録を行なうために、高速に動く被写体を撮影すると取り込む時差によよって歪みが生じておこる現象です。
Guitar Oscillations Captured with iPhone 4
Andy Nicolai – Magic Guitar
http://youtu.be/rKvXvkV16-U
3次元の振動モードは複雑ですのでここではふれないでおきますが 運動の条件については大事なことを一つお話ししておきたいと思います。
私はいつもバトン・トワリング( Baton Twirling )で使うバトンで弦楽器のゆれを説明しています。 バトンは中央の棒をシャフトと言い両端のおもりは大きい方がボール、小さい方はティップと呼ばれています。 そして重要なのは ボールとティップの大きさが異なることで重心(バランスポイント)がシャフトの中心からずらしてあることです。
この結果‥ たとえばバトンを空中に回転させながら投げあげると回転運動を持続しながら落ちて来る現象が生じます。もし2つの重りが同じ重さだったら重心が中央に来てしまうので 回転運動の持続が難しくなります。 これはブーメランなどにも共通しています。
人間の歩行運動が 倒れる動きの連続で成立しているように、弦楽器の場合も対となる左右や上下の特性の差がそのゆれ方や持続性に影響をあたえています。
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私はチェロやヴァイオリンにとって ヴィオラ・ダ・ガンバや テオルボ( キタローネ )などにおいて振動モードを積極的に増やしたり整理する努力がなされたことが意味深いと考えています。
実際に『 オールド・イタリアン・バイオリン 』などの名器は 演奏の際に奏者が指板をたたくとこの仕組みがそれをサポートするように繊細な振動が発生し残ります。このことから私は振動エナジーを残す仕組みによってオールドの弦楽器は独特の響きを生みだしていると考えるにようになりました。また、こう考えたことで非対称の形状の意味を考えるようになりました。
専門家の間では知られているように16世紀半ばにヴァイオリンが誕生した後も 弦楽器の振動モードをふやす努力は続けられました。このように複雑な響胴を振動させるためには 5本以上の弦が用いられましたがアイロニカルなことに幾何剛性などのためにキャリング・パワーの不足が解決できませんでした。
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私はこれまでの弦楽器に関する研究結果として‥ ヴァイオリン属は 弦を4本に整理し非対称の形状で運動性能を整えたことで 『 ねじり 』が生じやすくなり響胴の 2分割や4分割振動もスムーズに実現できたために発展、普及したと考えています。
ただし‥ 製作してみれば分かることですが 弦楽器の非対称設定は目まいがするくらいにとても複雑です。その例として私が製作しているチェロ規格をあげたいと思います。
私は17世紀から18世紀に製作されたチェロを参考にして自作楽器の製作規格を決定しようとしました。そこで最初にまず難問として立ち塞がったのが オールドと言われる弦楽器がもつ不定形の響胴をどうとらえるか?ということでした。
例えば弦楽器の響胴の規格を知るためにニュルンベルクの『 国立ゲルマニッシュ博物館 』収蔵の Leopold Widhalm ( 1722- 1786 ) が 1757年に製作したヴァイオリンのX線画像を検討したとします。 エンド・ブロックの縁にサドルが右側にずらした位置で取り付けられているのが確認できるなど‥ 有意義な資料ではあるのですが アウト・ラインや側板ラインが不明確なので弦楽器製作の資料には不向きです。そもそも表板を開けた状態でないとブロックが製作時のものかどうか?などの検証ができないのが 弦楽器製作者には痛手です。
この仕事を始めて最初の10年程の期間に私なりに努力してみましたが入手できる資料では残念ながら微妙な非対称の設定を読み込むのはほとんど不可能でした。そこで私は 量で把握する作戦をあきらめて 少しずつ自力でデータ収集をおこない自作弦楽器の規格とすることにしました。
たとえば 上のX線画像の Leopold Widhalm ( 1722- 1786 ) についてのデータ収集は 1769年に製作されたヴァイオリンのバスバー交換などで表板を開けた際におこないました。
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この状態であれば有名な焼印も確認できますし ブロックやライニングなどの特徴を検証できますのでオリジナル状態かどうかは比較的に判断しやすかったです。
ただ この状態で採寸しようとしても中心軸はどこか?は最後まで問題として残りました。 とにかくデータ収集は重要ですので 私は製作者がマーキングをしたと思われる痕跡などをたよりに 細い糸を張って中心軸を検討し、それを採寸の基準線としてなんとか参考データをふやしていきました。
ちなみに 下右側写真はネックの方向を見るために実際に私が糸を張ったものです。これと同じやり方で弦などをはずしてチェロを垂直にたてて ネック下中央に末端に重りをつけた糸をテープでとめるなどの工夫をしました。
そうこうするうちにここ10年程デジタル写真技術が向上し計測器具も最近は下写真のアメリカ合衆国の弦楽器製作者のようにレーザー基準器を使用している人もあらわれるなど劇的に改善しました。
そして私は修理の際にヴァイオリンやチェロ内部の上下ブロックの位置取りを計測する経験を積み重ねるうちに 『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器は ” 非対称 “の軸組みとなっていると確信しました。
そして私にとって決定的だったのが上写真のプレッセンダーやヨーゼフ・ロッカのようにイタリアの『 オールド・バイオリン 』製作技術を知る近代の弦楽器製作者が製作した楽器で ” パティーナ加工 “などを含めてオリジナルの状態を確認できたことでした。
ご存じな方も多いように 残念ながらオールドと呼ばれる弦楽器達は 修理の際に上下ブロックが交換されるなど製作時の状況が確認できない程改変されていることがめずらしくなありません。 私はこのような状況で採寸をおこなわなければなりませんでしたので非対称の響胴の計測を ” 仮の垂直基準面 “を設定しておこなうことにしました。
弦楽器の響胴を立体としてXYZ軸方向の3面としてとらえると基準面はまず水平基準面( Horizontal plane )として表板と側板の接合面が最初に定まります。
そして次に垂直基準面の代わりに 裏板ボタン中央とサドル中央から重りをつけた糸を垂らして響胴に残る針痕などの工具痕跡や表板、裏板ジョイントや年輪などとつき合わせをしたうえで ” 仮の垂直基準面 “として糸をつけた状態で計測します。
こうしていくつかのオールド・チェロの規格を参考に 下の規格にきめました。
結果として下図のように表板の幅は” 仮の垂直基準面 “から アッパー・バーツで左側が 170.0mm で右側が 177.0mmとなり右側が 7.0mm幅広で、センター・バーツも右側が 1.0mm、ロワー・バーツが右側が 2.0mm幅広で、裏板の幅もアッパー・バーツは左側 177.5mmの右側 179.0mmで 右側が 1.5mm 幅広、センター・バーツも右側が 0.5mm、ロワー・バーツも右側の幅が 2.0mm広くしてあります。
そしてこの響胴にネック軸を設定しながら上下ブロック位置を配分した結果 ブロック中央を通る垂直基準面は” 仮の垂直基準面 “から ネック・ブロック中央が右側に5.8mmずれた位置で ロワー・ブロック中央が左側に 8.0mmの位置になるように設定しました。
表板と裏板の関係は全長が 745.5mm – 741.0mm で表板が 4.5mm 長く、アッパー・バーツは347.0mm – 356.5mm で表板が 9.5mm 幅が狭く、センター・バーツは 243.0mm – 239.5mmで表板が 3.5mm 幅が広く、ロワー・バーツは 449.0mm – 448.0mm で表板が 1.0mm の幅広となっています。
またこの自作チェロは 表板材に年輪が気持ち広めで赤みがあり少し強めのスプルース材を使用し F字孔部分のくせ合わせを優先した木組みとしました。アーチの高さは材木の状況もあり 表板アーチは最高部で 28.7mm で 裏板アーチが 31.8mm となり‥ もちろん左右非対称の形状です。
説明が複雑になりますので省きますが その上で振動モードを考慮して表板や裏板そして側板のジョイント角度や位置を設定し、最後に振動板の厚さ設定を決めました。
この他の規格は ボディ・ストップが 401.0mm 、バスバーは 長さ 582.5mm で高さを 24.0mm としています。 それからネックが表板からせりだす高さは A side 20.5mm( 指板込み 23.0mm ) – C side 19.5mm( 指板込み 22.0mm )でネック・指板はロワー・ブロック中央を向いています。 また F字孔間の幅は 104.0mmとし、 F字孔の長さ( 垂直方向 )を 左 127.0mmで右 128.0mm などと下のノートに覚書として記録してあるように設定しました。
下は側板の高さですがネック側 108.3mmで ロワー側 120.0mm という響胴のレゾナンスが多い設定を選びました。
因みに今回私の自作規格としてあげさせていただいた側板などの数値は下の写真のオールド・チェロを主として参考にさせていただきました。
このチェロは保存状態がとても良好で 1984年に東京で継ぎネックが実施されていますが 垂直基準面に対してネックが 右側に 2度程傾斜していた元の角度のままネックが取り付けられ現在まで使用されています。
私は チェロやビオラはネックの垂直軸をこのくらい傾けて製作され、これと対となるロワー・ブロック中心とサドル中心を結ぶ線も反対側に傾いていることで強いねじりを生じさせる設定になっていた考えています。
それから このチェロは縁部が摩耗したように加工した” パティーナ加工 “がよく保存されていると私は思っています。
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なお私は 指板などのゆれ方についてはミュンヘン近郊の街 シュトックドルフ( Stockdorf , München GERMANY )に弦楽器工房を構える Martin Schleske さんの ホームページを参考にすることをおすすめ致します。
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下にリンクを貼っておきましたが このサイトでは 1870年頃 Wieniawski が弾いていたことで知られているだけでなく‥ たとえば 1968年から 72年までは Pinchas Zukerman さんが使用したりするなどの輝かしいストーリーをもっている 1712年製の ストラディヴァリウス ” Schreiber ” を研究した貴重なグラフィック動画を見ることが出来ます。
http://www.schleske.de/en/our-research/introduction-violin-acoustics/modal-analysis/animation.html
このグラフィック動画は横方向に対して縦方向を拡大( 100倍位だと思います。)してありますので指板のゆれは一目了然です。 下の画像のように 409hz 、512hz、680hz、768hz、889hz 指板が ねじれながら揺れている様子が確認できると思います。
また その他の周波数帯では指板が 『 手招き 』をするようにゆれているのが 私にはとても興味ぶかいです。 ヴァイオリンの指板は近代化の過程で製作当時の状態が失われたものが多く 検証がとても難しいですが 、私は 指板の長さが変更されていった歴史は演奏上の都合だけではなく音響上 この『 手招き 』運動をとり込みきらびやかな高音を実現する意図の結果だと考えています。
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それから私はこの動画を観察することをお奨めいたします。 鏡像なのは残念ですが‥ 指の動きにともなってネック下端部にあたるブロックとの接着面( 黒っぽい陰状の平面 )が ねじれながらゆれているのが確認できると思います。
補足ですが、ヘッドやネック、指板の仕上がり状態を確認するためにタップする位置は指板重心のほかに、左写真のように空中につき出した指板の中央 の『 節部 』や指板端部 あるいはナットと重心の中間位置が分りやすいと思います。
弦楽器に関する私の研究の結論は‥ 弦の張力差やこれらの『 ねじりを取り込む設定 』によって響胴に程良い『 ゆるみ 』が生まれることが 響胴のレゾナンスにつながっている。ということでした。
それから 私は響胴を『 強制振動 』させる仕組みは F字孔端内側の振動音をうみだす一次系 と響胴内のネック・ブロックとロワー・ブロックがねじり変形をすることで共鳴条件を増やす二次系 で成り立っていると考えています。
またこの他の要素として コーナーブロック、アーチの剛性、バスバー、開断面としてのF字孔、年輪などの材料特性などの諸条件により相互の振動の干渉を避け四隅面が 2分割 や4分割共鳴を生じさせやすいように工夫されていることも重要と考えています。
これらの要素も踏まえた上で 私はネックの振動特性を確認するのに上写真のように片手でホールドしながら薬指でタップするのを多用しています。これはヴァイオリンやチェロを演奏する際に よくやる動きですから簡単ですが、指先にくる振動が記憶にのこりやすく比較しやすいと思います。
因みに 最終的に弦を張って組み上げられた状態のヴァイオリンやチェロでは 上でタップしたこれらの部分は指板端をのぞいて もっぱら『 節 』の役割を果たしますが ‥ 『 節部 』をタップしたときの『 腹部 』の反応は、例えれば スターバックスのコーヒーを右手で持って飲もうとしたときに 『 節部 』の役割であった右ひじが後ろの席にいた人とぶつかったようなものです。
当然ですがコーヒーをもつ右手は激しくゆれて ‥ と同じように、こうしてタップをとると元々は繊細なネックや指板の振動が拡大されますので ネック部揺れの状況判断がし易いと私は考えています。
これらの振動の仕方を細かく観察するとヘッドやネック、指板のどの条件がヴァイオリンの力強い響きにつながっているのかが見えてきますので、弦楽器工房の方にもその観察を推奨いたします。
また幸いな巡り合いによって『 オールド・バイオリン 』がもつ繊細な振動をご存じの方には、ご自分の楽器がもつその条件が失われないように『 守護者 』となることをお願いしたいと思います。 すでに多くのヴァイオリンの名器が過剰な修理 や『 バイオリンの発音システムに関する誤解 』にもとづく調整によって 本来のレスポンスや響きを再現できなくなっています。そんな現状を私はとても残念に思っています。
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さてネック部の振動のお話に戻りますが タップした際のヘッドの揺れ方は下写真のような『 非対称 』の工夫によりヘッドに『 ねじり 』が生じやすくしてあるとより激しくなります。
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私は オールド弦楽器のヘッドは ペグを交互( 互い違い )に取り付けたことや『 斜めねじり軸 』を取り入れ不連続面を構成したことで 激しくゆれるように工夫されていると思っています。
その設定はとても複雑で‥ 例えば『 オールド・バイオリン 』などの弦楽器のペグボックス下端の幅を表側と裏側で比較するとチェロやビオラは下の写真にあるように表側 ( ヘッド表板側 )下部の幅より 裏側下部のヒール部が狭い確立が高く ヴァイオリンは逆にヘッド・ヒール部のほうが幅広い楽器が多数派となっていますが、これはF字孔のへり部の振動と響胴のレゾナンスのバランスを選択した工夫と考えることができます。
Giovanni Paolo Maggini ( 1580 – c.1632 )cello Brescia 1610年頃製作
この特徴をしらべてみると 上写真のチェロや下写真のビオラのように一見して判断できるものより ノギスなどの計測具でしか確認できない弦楽器が多数派ですが、表幅と裏幅の差が‥ 例えば 0.8mm程しかなかったとしても 響胴の鳴り方を ある程度は選択できるようです。
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Mattio Goffriller label( 1670 – 1742 ) Viola Venezia 1727年頃製作
なお‥ この部分にはヘッドを揺らすために重要な工夫がなされていますので 、恐縮ですがここで私が以前に『 ヴァイオリンの工具痕跡 ( tool mark )について。』というタイトルで投稿した文章を貼らせていただきます。
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工具の痕跡はチャタリング ( ビビリ )などでついてしまったと思われている方が多いようですが 私は 意図的につけてあると考えています。
Domenico Montagnana( 1686 – 1750 ) Cello Venezia 1739年
例えば 1739年に製作されたこのチェロヘッドの背中下側の ” tool mark ” に着目してみましょう。これは 4番線のペグ取り付け位置より少し下についています。
これが製作技法であることをお話しするために ” 工具痕跡( tool mark )” を見ていただいた上のドメニコ・モンタニャーナが 1739年に製作したチェロ・ヘッド後部をまっすぐに撮影した写真①を下におきました。 その下の②は1742年製で ③は フランチェスコ・ルジェーリが 1695年に製作したものです。 三台のチェロに共通するだけでも偶然ではないと理解していただけると思いますが、この位置に同じ ” 工具痕跡 ” をもつオールドの弦楽器はめずらしくありません。
① Domenico Montagnana( 1686 – 1750 ) Venezia Cello 1742年
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② Domenico Montagnana( 1686 – 1750 ) Venezia Cello 1739年
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③ Francesco Rugeri ( 1626 – 1698 ) Cremona Cello 1695年
但し、すべてのオールド弦楽器についているわけでもありません。 下に例として4台のチェロをあげさせていただきました。④のベルゴンツィは上と同じ ” 工具痕跡 ” をもっていますが⑤の ” 工具痕跡 ” は中央尾根の真上ですし⑥と⑦のガダニーニはジグザグを強くしこの位置の軸の中央尾根の高さをさげることで同じ効果が得られるように工夫してあります。
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④ Carlo Bergonzi( 1683 ― 1747 ) Cremona Cello 1731年
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⑤ Domenico Montagnana ( 1686 – 1750 ) Venezia Cello 1739年 ” The Sleeping Beauty ”
⑥ J. B. Guadagnini ( c.1711 –1786 )Cello 1743年頃製作 ”Havemeyer ”
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⑦ J. B. Guadagnini( c.1711 ― 1786 )Cello 1777年 ” Simpson ”
それから上の画像を検証すると中央尾根だけでなくチェロ・ヘッドのヒールが楕円を基本型としている事がご理解いただけると 思います。 私はこれもヘッドの回転運動をふやす工夫と考えています。
当然ですが “オールド・バイオリン” にもこの要素を見ることができます。
彼らは弦楽器の発音メカニズムを熟知していたため 中には下のカルロ・ベルゴンツィ( Carlo Bergonzi 1683-1747 )が何台か製作したヴァイオリンのようにヘッドのヒール部分を切り取ることで その条件を調整したものがあるくらいです。
イヤハヤ‥ 頭が下がります。 私は カルロ・ベルゴンツィを本当にすばらしい弦楽器製作者だと思います。そしてパリで活躍した J.B.ヴィヨーム( Jean-Baptiste Vuillaume 1798 – 1875 )もそう考えたようです。カルロ・ベルゴンツィ( 1683-1747 )が亡くなって100年程のちに 下写真のヴァイオリンを製作したくらいですから‥ 。
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Jean Baptiste Vuillaume violin
Nippon Violin
http://www.nipponviolin.com/instrument/Vn_Jean_Baptiste_Vuillaume_01.htm
この世の中の『 名器 』と呼ばれるすべての弦楽器を検証した訳ではありませんが 私の経験では ヘッド・ヒール部に弦楽器製作の名工達は ” 必ず ” 細やかな工夫を施していました。この事を知っていると『 オ-ルド・バイオリン 』の見分け方としても役立つと思います。
これをおおまかな言い方で表現すると ヘッド・ヒールの A部とB部をまず確認してください。とくに A部( 縁薄部 )は重要ですので焼いた針などの工具痕跡や段差の有無などもみていただきたいのですが‥ もっとも見分けやすいのは縁の厚みを薄く設定してあるかどうか? だと思います。これは B部の意図的に厚みが残してある部分と比較するとなおさら判りやすいと思います。
それからネック上端とヘッドの接合部の C部から斜め上方向( これらの画像の白い点線もそうですが 私は 33°を標準と考えています。)に『 ゆれ軸 』が設定されていないか?を確認します。この C部には焼いた針などでつけた工具痕跡がある場合が多いと思います。そして その上端にあたるD部は 縁がすりへったような加工により高さを低くしてあることが多いでしょう。また『 斜めゆれ軸 』の中央付近に 先ほど『 ヴァイオリンの工具痕跡 ( tool mark )について。』で私が指摘した 工具痕跡がある場合にはなおさら このラインの存在が確認しやすいと思います。
では参考のために 2011年の ” Masterpieces from the Parma 2011 Galleria Nazionale Exhibition ” に関連した研究書として 2012年に SCROLLAVEZZA & ZANRÉが出版した ” Joannes Baptifta Guadagnini fecit Parma ferviens / Celsitudinis Suae Realis ” ISBN 978-88-907194-0-0 よりJ.B.ガダニーニ( 1711 – 1786 )のヴァイオリン・ヘッド写真を引用させていただきましたので観察してみてください。
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① Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Franzetti ” Piacenza 1742年
② Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Baron Knoop ” Piacenza 1744年
③ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Dextra ” Piacenza 1747年
④ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Zuber ” Milan 1752年
⑤ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Curci ” Milan 1753年頃製作
⑥ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Wollgandt ” Milan 1755年
⑦ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Burmester ” Milan 1758年
⑧ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Lamiraux ” Parma 1763年
⑨ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Merter ” Parma 1769年
⑩ Giovanni Battista Guadagnini ( 1711 – 1786 ) violin ” Millant- Levine ” Parma 1770年
これらの画像により J.B.ガダニーニのヴァイオリン・ヘッドには A部の 縁薄部 、B部の意図的に厚くしてある部分と、ネック上端とヘッドの接合部の C部から斜め上方 D部までのライン上に『 ゆれ軸 』の要素となる特徴がみとめられるものが複数存在していることがご理解いただけると思います。
これらの特徴は『 オールド・バイオリン 』ではよく見られますので、私はヴァイオリンを精査する際のチェック・ポイントとしてきました。下に別の製作者事例としてジロラモ・アマティⅡ( ヒエロニムス・アマティ )が クレモナで 1710年に製作したヴァイオリンのヘッド・ヒール部の画像を貼らせていただきました。
⑪ Girolamo Hieronymus Amati Ⅱ ( 1649 – 1740 ) violin Cremona 1710年
さすがアマティ家の製作者ですので 景色に調和する配慮が感じられますが、J.B.ガダニーニとおなじように音響上の設定はきちんと踏まえて製作していたという事がご理解いただけるでしょうか?
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Girolamo Hieronymus Amati Ⅱ ( 1649 – 1740 ) violin
http://tarisio.com/wp/2013/09/giralomo-amati-fine-italian-violin-cremona-1710-grand-pattern/
Stradivarius 1715年 “Lipinski” / Giuseppe Tartini’s
ここまでお話しさせていただいた ヴァイオリンなどに見られる A部やB部の加工は下写真のネックとヘッドの接合部と同じような工夫です。これによりヘッドの回転運動が大きくなります。
私は ヴァイオリン・ヘッドの裏側中央の尾根はゆれを強めるのに有効である反面で 響胴のレゾナンスを単純化する傾向があると思っています。 おそらく下写真の カルロ・アントニオ・テストーレも同じことを考えて ヴァイオリンを製作していたようです。
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ではヘッドに関連して他の事例をもう少しあげてみたいと思います。
下の写真は グァルネリ・デル・ジェス( Guarneri del Gesù )と呼ばれているバルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ( Bartolomeo Giuseppe Antonio Guarneri 1698 – 1744 )が 1744年に製作したヴァイオリンのものです。
Guarneri del Gesù – Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 ) Violin Cremona 1744年
このヴァイオリンはヘッド裏にある中央尾根の真上に” 工具痕跡 ”が大胆に入れてあります。
Guarneri del Gesù – Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 ) Violin Cremona 1744年
http://sparebankstiftelsen.no/en/Dextra-Musica/Instruments/Guarneri-del-Gesu-Guiseppe-Violin
このバルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ( 1698 – 1744 )を含め 5人の弦楽器製作者を輩出したグァルネリ家の礎を築いたアンドレア・グァルネリ( Andrea Guarneri 1626 – 1698 )は ニコロ・アマティの直弟子として ヴァイオリンの研究を進めた弦楽器製作者です。現代では孫の名声の陰に隠れる評価しか得ていない初代ですが 、私はグァルネリ・デル・ジェスの技術は アンドレア・グァルネリの研究がもとになっていると考えています。
Andrea Guarneri ( 1626 – 1698 ) Violin Cremona 1671年
( この写真は 横山進一さんの撮影で 1986年に学研より出版された ” The ClassicBowed Stringed Instruments from the Smithsonian Institution ” の61ページより引用させて頂きました。 )
写真のようにアンドレア・グァルネリ( 1626 – 1698 )が 1671年に製作したこのヴァイオリンでも” 工具痕跡 ” を確認できます。。
下写真のアンドレア・グァルネリ( 1626 – 1698 )が 1662年に製作したヴァイオリン・ヘッドの ” 工具痕跡 ” も判りやすいと思います。 私は このヴァイオリンを『 これぞ名器!』と思っています。
そして下の写真では立体感が分かりにくいかもしれませんが アンドレア・グァルネリ( 1626 – 1698 )が 1658年に製作した この ヴァイオリン・ヘッド にも しっかり” 工具痕跡 ” がありました。
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Andrea Guarneri ( 1626 – 1698 ) Violin Cremona 1658年
Andrea Guarneri ( 1626 – 1698 ) Violin Cremona 1658年
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J.B. GUADAGNINI Violin Turin ” ex Joachim ” 1775年
J.B.ガダニーニ( Giovanni Battista Guadagnini 1711 – 1786 )に関しての資料不足は 彼が製作したヴァイオリンなどの弦楽器の鑑定を困難にしています。 こういう状況のために弦楽器の専門家が重要な資料として使用しているのが 1949年にシカゴで出版された Ernest N. DORING 著の ” THE GUADAGNINI FAMILY OF VIOLIN MAKERS “ です。
この ヴァイオリンは その本の250ページに写真が掲載されているトリノ時代の名器 ” ex Joachim ” です。 J.B. ガダニーニがトリノで製作したこのヴァイオリンは、1879年にブラームスのヴァイオリン協奏曲を初演したことで知られる歴史的な名ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒム( Joseph Joachim 1831 – 1907 )が使用したものとされています。
J.B. GUADAGNINI Violin Turin 1775年 ” ex Joachim “
Giovanni Battista Ceruti ( 1755-1817 ) violin Cremona 1791年 ” ex Havemann ”
このように ヘッドの背中側にある中央尾根が すこしジグザグに軸取してあったり” 工具痕跡 “がある弦楽器はたくさん現存しています。
HELLSTEDT Workshop violin 1770年
下写真は National Music Museum The University of South Dakota に展示されている1668年に ヤーコブ・シュタイナーが インスブルック郊外のアプサムで製作した有名なヴァイオリンのスクロール・ヘッドです。
Violin by Jacob Stainer, Absam bei Innsbruck, 1668年
もう20年以上前のことですが 取引先の社長さんがオールド弦楽器の考察のしかたでとても重要なことを話されました。いまでもその言葉がときどき私の頭のなかに響きます。
それは 『 ‥‥オールド・ヴァイオリンの鑑定はなるべく造作のすくない部分を見るんです。例えば胴体では F字孔や指板や弦、テールピース、サドルなどがありにぎやかな表板より相対的に特徴を持たせにくい裏板を、またヘッドならスクロール部や正面側をさけ裏側を … という具合にです。 そこに本物の名器でしたら ” すばらしい景色 ” をみることが出来ます。 基本的に名器はすべて ” 威張って ” 見えますが、造作がすくない部分こそ弦楽器製作者の腕の差をハッキリ確認することが出来るのです。』 という言葉でした。
私もそう思っていましたので この言葉にはたいへんな勇気をいただきました。 ” 工具痕跡 ” は オールド・ヴァイオリンではよくみられますが 私は ” ゆれ方の調整痕 ” であると思っています。
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さて ヘッドの不連続面を確認していただくために下に J.B. ガダニーニとドメニコ・モンタニャーナ作のチェロ2台のヘッドとそれを横方向に約5倍に引き延ばした画像などを並べてみました。これで中央尾根部とペグボックス部の横側( チーク・オブ・ペグボックス )と裏側面との エッジを観察してみてください。
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Giovanni Battista Guadagnini ( c.1711 – 1786 ) Cello 1777年 ” Simpson “
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……… … Domenico Montagnana ( 1686 – 1750 ) Cello Venezia 1739年 ” The Sleeping Beauty ”
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…… … Domenico Montagnana ( 1686 – 1750 ) Venezia Cello 1742年
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一見して判断出来ることすらあるチェロにくらべて ヘッドが小さいので細やかな観察が必要ですが『 オールド・バイオリン 』にも ペグボックス部の横側( チーク・オブ・ペグボックス )の不連続面の組み合わせが見事なものがたくさんあります。
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Giuseppe & Antonio Gagliano ( Giuseppe 1726 – 1793 , Antonio 1728 – 1805 )1754年
上写真のヴァイオリンはペグボックス部の横側( チーク・オブ・ペグボックス )が 不連続面なのが比較容易に確認できます。 画像を拡大するとライン上の赤色点の場所に焼いた針でつけた可能性が高い針痕がならんでいますし、 以前の投稿でふれましたようにヘッドのゆれを補助するため A~D の ” スジ状焼線 ” や、 ” 工具痕跡 ” が 複雑に組み込まれているのはこの写真からも感じられると思います。
Mattio Goffriller label( 1670 – 1742 ) Viola Venezia 1727年頃製作
ビオラのチーク・オブ・ペグボックスの参考としてこのヘッド写真をあげさせていただきました。
Giovanni Paolo Maggini ( 1580 – c.1632 )cello Brescia 1610年頃製作
このチェロ・ヘッドの写真もとてもわかりやすくて良いと私は思います。
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チーク・オブ・ペグボックスが不連続面とされているのはヴァイオリンだけではありません。 参考として 今年の4月28日にインディアナ州の自宅で88歳で亡くなられたヤーノシュ・シュタルケル( János Starker 1924 – 2013 )さんが使用していたチェロの画像を貼らせていただきました。このチェロでも” スジ状キズ線 ” などの ” 工具痕跡 ” が確認できます。
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ところで チェロのヘッドはヴァイオリンより大きいので”オールド・バイオリン”などを製作した弦楽器製作者の『 匠の技 』を確認することができます。これはヘッドのバランス調整技術のひとつでヘッド製作時の最後に左右のスクロール・サイドのうち高音弦側( 私は区別のためこちらを R側とし、低音弦側を L側と呼んでいます。)のカールなどを削り込んでヘッドのゆれを補正する技術です。
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これを 東京都交響楽団の首席チェロ奏者が使用していた Nicola Albani ( worked at Mantua and Milan, 1753 – 1776 )のチェロのスクロールで見てみましょう。
オールド・チェロの時代には 上右写真の ▼Flat と書いてあるスクロール側面は多少の起伏だけで『 特殊な加工 』は加えず、反対側の ▼Unevennessとしている部分には 下の写真のような意図的な彫り込み加工がなされているものがいくつも製作されました。
私はこの特殊な加工を『 パティーナ加工 』と呼んでいます。
私のホームページにおいて別の投稿でもふれていますが『 オールド・バイオリン 』などの研究の結果‥ これらは製作時にタップなどでネックやヘッドのゆれる条件を確認しながらバランスを調整した痕跡と私は考えています。
歴史上の検証は難しいですが 少なくともこれは実験考古学の手法で説明できます。
チェロのネック、指板、ヘッドを仕上げる最終工程で全体のバランスを意識したうえでヘッドの揺れが不十分と感じた時にこの『 パティーナ加工 』を少しずつ彫り込んでいくとヘッドの回転運動が大きくなり ヘッドのゆれが重くなったと感じられます。
このバランスで組み上げると響胴のレゾナンスを豊かにできます。オールド・チェロでは完成させるために弦を張って響のバランス調整をする最後の段階で もう一度この部分の左右差を焼けた工具などを用いて調整したものがたくさんあります。
これらの事から私はオールド・チェロのヘッド製作技術は 左右非対称に加工してあるチーク・オブ・ペグボックス の 2面と裏側面をエッジ部分で機能的なゆれ方( ねじり )が起こるように接続しただけでなく軸組みの角度差を微調整して仕上げることが重要なポイントとなっていたと考えています。
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ただし念のために申し添えれば‥ ヘッドのこの部分に施された『 パティーナ加工 』はチェロでよくみられるようなヘッドの回転運動を大きくして響胴のレゾナンスを改善する意図だけで用いられた訳でははありません。
特にヴァイオリンでは非対称なヘッドが重くゆれすぎると高音弦の響きの『 サエ 』が減少するために下写真のヨゼフ&アントーニオ・ガリアーノ兄弟のヴァイオリン・ヘッドのように L 側に『 パティーナ加工 』を施すことで ヘッドを少し軽くしてバランスを調整したものがよくみられます。
この加工の仕方を父親のニコラ・ガリアーノのヴァイオリン・ヘッドで検証してみても同じく R側の加工よりも L側の『 パティーナ加工 』が深く焼き込んでありました。
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そして これはグァルネリ・デル・ジェスのヴァイオリン・ヘッドでも確認できます。
Guarneri del Gesù – Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 ) Violin Cremona 1744年
私はこれらのヴァイオリンの『 パティーナ加工 』も製作の最終段階で弦を張り試奏しながら 施されたと考えています。ここはヘッドの端であるだけでなく 全長60cm以上の長さをもつ『 細長い弦楽器 』の末端でもあるので、試してみると そのゆれ方におおきな影響をあたえていることが確認できると思います。
因みに 私はヘッドのこの位置を取り除いたのが下写真の設計のもとになっていると考えています。このガスパロ・ダ・サロなどのブレシア派の弦楽器製作者が ” デザイン “ではなく ” 機能 “によって 響きを追い求めたことを私はすばらしいと思います。
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http://www.youtube.com/watch?v=YrelKDutTyQ&feature=share
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ヴァイオリンのエッジ部を観察するために下に 1595年頃 アマティ兄弟が製作したとされるヴァイオリンのヘッドを見てみたいと思います。このヴァイオリン・ヘッドは先にあげたチェロ達とちがってヘッドの裏側が表側よりひろくつくられているために この写真では 横側( チーク・オブ・ペグボックス )をみることができませんが、先にあげたチェロ達とおなじように横側からの回り込みがエッジにはっきりあらわれているのではないでしょうか?
” The King Henry IV “ Violin Antonio and Girolamo Amati 1595年頃製作
” The King Henry IV “ Violin by Antonio and Girolamo Amati, Cremona, ca. 1595
この時に面の回り込みをアシストするためにエッジに入れられた” 針痕 ” ( 私は 焼いた針でつけたと考えています。)は とくに入念に確認してください。
1595年頃に製作された アマティ兄弟のヴァイオリンのスクロールR側2段目の『 段差加工 』は その8年後に製作したと考えられるヴァイオリンでは 少しなめらかな削りとされています。
それから下にゴフリラのヴァイオリン・ヘッドを参考にあげておきます。横側( チーク・オブ・ペグボックス )が どういうふうに設定されているか考えながら エッジ部の観察をおこなってみてください。
Mattio Goffriller ( 1670 – 1742 ) Violin Venezia 1702年
ここまでお話ししたヴァイオリンやチェロのヘッドを不連続面の組み合わせで製作する技法はオールド・ヴァイオリンなどでは よく使われています。 古い弦楽器をみる機会がありましたら今お話しした観察のほかに 糸巻きの間をぬって横側の面( チーク・オブ・ペグボックス )をそっとなでてみてください。きっと思った以上にキッパリと面が組み合わせてあることを指先に感じることができると思います。
それから弦楽器は響胴がねじれながらゆれ易いようにボタン下部にも L側つけ根にくぼみをつけたり、下写真のヴァイオリンのように L側だけ切り込みをおおきく加工するなどの工夫がみられます。
Mathias Thir ( 1741 – worked at Vienna 1770 – 1806 ) violin, Wien 1795年
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それから 私はこのマティアス・ティアーが製作したヴァイオリンのボタン下部の加工もすごいと思います。
Mathias Thir ( 1741 – worked at Vienna 1770 – 1806 ) violin, Wien 1795年
これらボタン下部の工夫は下写真のように 1630年頃に製作されたヴィオラ・ダ・ガンバでも見ることが出来ます。
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このボタン部はネックブロックと連動しています。
オーストリア・チロル地方 Absamの弦楽器製作者である Jacob Stainer( 1617 – 1683 )はヴァイオリン製作を語る上で重要な存在です。
彼の考えを確認するためにヴィオラ・ダ・ガンバ ( Bass Tenor )の写真を 1986年に Walter Hamma さんの編集で出版された ” Violin-makers of the German School from the 17th to the 19th century ” のvol.Ⅱの339ページより引用させていただきました。
ネックやブロックがゆらす方向を確認するために ヤコブ・シュタイナー( Jacob Stainer c.1621 – 1683 )が製作したヴィオラ・ダ・ガンバ ( Bass Tenor )のネックブロックを見て下さい。 私はこの設定を 『 ネックの下端がしっかり中央より 少しR側を軸( 白線 )として圧力を加えるように 2.3度の角度だけ左回転してありアッパー・バーツのクロスバーも軸を意識して配置してある。』と解釈しています。
この楽器の ネックと側板の両側接合部の ” アソビ ” の豊かさは‥ 『 すごい!』 と思います。 この写真を初めて目にしたときに 私は少しショックを感じました。
私はこの16世紀にイタリアで製作されたリュートのブロック部の写真も意味深いと思います。 シュタイナーの ヴィオラ・ダ・ガンバと同じく ネックの下端 ( ライン )と垂直の軸( 白線 )が中央より左回転で2.3度 R側に向いています。
因みに Jacob Stainer の Viola da gamba ブロックの写真を参考のために下にあげておきました。 それから右側に オックスフォードのAshmolean Museum のコレクション・カタログの33ページより17世紀にイタリアで製作された シターンの写真をあげさせていただきました。 シターンのネック断面は 「 L字型 」 で胴体を正面から見たときに中心より R側を軸 ( 赤矢印 )として圧力を加えるように作られています。
私は ヴァイオリンはこれらの要素を踏まえて誕生したと考えています。
ですから『 オールド・バイオリン 』などのボタン下部のL側カットはその条件をバランス調整にとり入れたものと思っています。
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私は『 神は細部にこそ宿りたもう。”God is in the Details” 』という言葉が大好きです。
これは特に建築の分野で広がった考えですが‥ 私にはオールドと呼ばれる弦楽器にもその精神に基づいた世界が見える気がします。
個人的感覚で恐縮ですが 特にヴァイオリンの裏板パフリングのジョイント加工を確認するときに 私はその言葉を思い浮かべます。ご存じな方も多いように『 オールド・バイオリン 』などのパフリングは裏板上下中央付近でジョイントしてあります。
これに倣って弦楽器製作者で同じ加工をする人も多いです。たとえば パルマとクレモナの弦楽器製作学校で指導した ピエトロ・スガラボット( Pietro Sgarabotto 1903 – 1990 )氏が 1962年にクレモナで製作した下写真のヴァイオリンもそうでした。
上写真のようにボタン側は中央より左 9.0mmの位置で、ボトムも中央左 6.0mmの位置で45°位の角度でジョイントしてあります。
ボトム部のジョイントを拡大すると‥ 下写真のようになっていました。
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破損や修復でパフリングのあちこちでジョイントしてあることが珍しくない『 オールド・バイオリン 』と違って 製作されてから50年間ミント・コンディションで保存された楽器ですから意味深いと思います。
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Giorgio Gatti ( 1868-1936 ) violin Turin 1919年
95年前にトリノで製作されたこのヴァイオリンのパフリングも上下でおなじようにジョイントしてありました。
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これらのジョイント加工については諸説あるようですが、私は響胴が四分割振動をする際に左右の振動ゾーンが不要な干渉をおこさないように工夫したものと考えています。
振動についての説明はやっかいですが少しふれてみましょう。物質の特性として気体・液体では縦波( 伝搬方向と振動方向が同一 )が生じるのみですが、固体では縦波と横波( 伝搬方向と振動方向が直角 )が発生し、さらにはねじり波や表面波なども発生します。 そして空気中( 1atm, 0℃ )での音の伝搬速度を約330m/s とすると、これが水中( 1atm, 0℃ )では 約1500m/s となり 鉄では 縦波が 約5960m/sで 横波が 約3240m/sの速度で伝わっていきます。また波は気体中では減衰しやすく、液体や固体では効率よく伝搬します。( 注. ここで引用させていただいた数値はあくまで参考値です。)
ヴァイオリンなどの表板に使用されるスプルースの振動伝播速度は年輪方向ではおおよそ5500m/s とされ 鉄と同じ位の速さですが年輪に直交する方向は 2750~3600m/s となっています。私はヴァイオリンなどの響胴の木組みはこの木材の年輪方向と直交方向の差が意識されていると考えます。
音色を豊かにするためには同時にいくつかの音を生じさせないといけない訳ですが、このときにそれらの相互間の干渉が大きな問題となります。たとえば下に添付した動画でわかるように『 あっという間!』に振動は影響し合います。
“Base” is unstable. At this time the pair has become a place “vibrate” is … ( 1分 16秒 )
http://www.youtube.com/watch?v=tlYIyKic3w8&feature=player_embedded
クリスティアン・ホイヘンス( 1629 – 1695 )さんが発見したこの現象は『 引き込み現象 ( pull in ) 』または『 同期現象 』と言われています。
http://www.youtube.com/watch?v=DD7YDyF6dUk&feature=related ( 1分 51秒 )
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私は『 オールド・バイオリン 』は F字孔の振動のために振動伝播速度の速い木材が選ばれるとともに複数の共鳴音を同時に生じさせるために共鳴振動板の役割をはたすピット・ゾーンが工夫され、また干渉による振動の減衰を避けるために材料の特性( 年輪に直交する方向へ伝播する速度が遅いこと。)や立体的形状などを工夫した 『 振動板相互分離システム 』が採用されていると思っています。
つまり裏板パフリングの上下がわざわざジョイントしてあるのもパフリングの繊維が振動を年輪と直交する方向に不用意に伝えないための工夫と私は考えています。
これは 下写真のように J.B.ガダニーニ( 1711 – 1786 )が製作した ヴァイオリンの 裏板ボタン部でパフリングが途切れている理由でもあると 私は信じています。因みに パフリングが途切れたヴァイオリンを J.B.ガダニーニがたくさん製作したのは ” 状況証拠 “により間違いないと思いますが、下写真のヴァイオリンのように製作時の状況を留めたものはほとんどありません。それらは『 親切な楽器屋さん 』がパフリングの途切れた部分にミゾを彫り込み‥ 『 復元? 』された状態で使用されています。
このヴァイオリンのように J.B.ガダニーニ( 1711 – 1786 )はパフリングを途切れさせているだけでなくその外側幅( パフリングとアウトラインの幅 )を R側が L側( G線側 )より幅広とするなど その差を意識し、しかも裏板中央軸部( たてスジ状の工具痕跡 )に合わせてきちんとスペースを空けてヴァイオリンを製作しましたので、後の時代の人がパフリング・ラインを連結させようとしてもスムーズに繋がらなかったものがいくつも残っています。
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これらのヴァイオリンの継ぎ足されたパフリングを見ると『 オールド・バイオリン 』の整備を本来は ” 楽器としての基準 “であたるべきところを 担当者が仕組みが分らなくて” 工芸品基準 “で判断してしまった悲しい実情がみえてきます。
『 オールド・バイオリン 』を見ていると似たような ” 修復 “がおこなわれているのをよく見かけます。例えば上写真は判断ミスでヴァイオリン・ヘッドが ” 修復?”された事例です。
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それにしても‥ J.B.ガダニーニの弦楽器製作者としての響きに対する執念はすばらしいと思います。
. “God is in the Details”
『 神は細部にこそ宿りたもう。 』
Carlo Antonio Testore ( 1693 – 1765 ) Milan 1740年頃
Carlo Antonio Testore ( 1693 – 1765 ) Milan 1740年頃
Aegidius KLOTZ ( 1733-1805 ) violin Mittenwald 1769年
Nicola Gagliano ( 1675 – 1763 ) c.1725
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J. & A. Gagliano ( J 1726-1793 A 1728-1805 ) 1754年
そもそも‥ ヴァイオリンは ” 非対称楽器 ” として完成しました。
ルネサンス終わりの 1500年代の中頃ヴァイオリンという楽器は生まれました。そして、その後改良が進むとともに普及して 1700年前後にはヨーロッパのあちこちで数多くの名器が作られました。ところが 1539年頃を始めとする ヴァイオリン製作流派で有名なイタリアのクレモナ派が 1817年のJ.B.チェルーティの死により衰退してしまったように 1800年代はじめには他の地域も製作技術の継承者が激減して ついに過日の栄光が復活することはありませんでした。そして ヴァイオリンをとりまく環境はその後 大量に製作された名器の贋作などによって より検証が難しくなったと私は考えています。
豊かな響きを生みだすための条件が十分そろっている名器は ” 非対称” なヘッド( スクロールとペグボックス )が取り付けられています。長文となり恐縮ですが ここでペグ・ボックスの壁厚が複雑に変化させてあることを確認させてください。
私達のような弦楽器製作者にとって弦楽器を知るためには 絵画も大事な資料となることがあります。 ヴァイオリンが誕生して間もない時期の 1568年 ライン川河口のスペインの支配地域のネーデルラントで 80年戦争と呼ばれる独立戦争がはじまりました。 これは休戦協定 ( 1609 – 1621 ) あけの 30年戦争( 1618 – 1648 )の終結でオランダが独立を勝ち取ることにより終わりましたが、これに先立ち 北部7州は 1581年に宣言を決行し 1609年頃には事実上 「 ネーデルラント連邦共和国 」が成立していました。
この地で 高名な画家となる レンブラント( Rembrandt H. van Rijn 1606 – 1669 )は生まれました。 そして1620年代なかごろから1631年までライバルでもあった ヤン・リーフェンス ( Jan Lievens 1607 – 1674 )と レイデン ( Leiden )に共同でアトリエを借り画業に励みました。 その 共同アトリエをはじめた1625年頃すでにプロの画家としてみとめられていた ヤン・リーフェンスが制作した 「 ヴァイオリン奏者 」のタイトルの油画が オランダ、レイデンのラーケンハル美術館に収蔵されています。 参考のため、その 1625年頃制作された絵の中の ヴァイオリン・ヘッド部分を下にあげました。
Gasparo da Salo ( 1540 – 1609 ) Brescia ” Cetera “ c.1560
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Jan Lievens ( 1607 – 1674 ) ” The violin player ” c.1625
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William Forster Ⅰ ( c.1713 – 1801 ) England c.1740
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上段中央がそうですが 私はこれは完璧にモチーフのヴァイオリンを 『 写した 』ものと考えています。 レンブラントが 1632年にアムステルダムで「 トゥルプ博士の解剖学講義 」で名声を得て1642年に「 夜警 」で後世の評価を確定させたのに比べて ヤン・リーフェンスはあまりにも無名の扱いをうけていますが 、この十八歳の画家がもっていた 写実能力は まさに天才レベルだと思います。
さて ヴァイオリンのディティールを検証するために黎明期のヴァイオリン・ヘッドの画像がほしかったのですが 1625年頃描かれたこの油絵しか見つかりませんでした。 ですがこの一枚の絵で だいじなチェツク・ポイントとなる 「 ペグボックスの両側の壁厚を変化させているでしょうか? 」は ご理解いただけると思います。
ヤン・リーフェンスがモチーフにしたヴァイオリンはヴァイオリンが誕生した時期に 上段左のガスパロ・ダ・サロが 1560年頃制作した シターン・ヘッドのペグボックス両壁のようにエッジが キリット仕上げられた作りから アンドレア・アマティ ( c.1505~1579 )が 1566年頃制作した ” The charles Ⅸ of France “ のようにエッジが丸いタイプとなる前の 移行期に製作されたヴァイオリンなのです。
さてヴァイオリンの製作技法を理解するためにこの絵にあるペグボックスの点A、点Bの『 壁厚 ( ペグボックス・ウォールズ )』を見てください。
一番線側の点A部の壁厚が薄くなるように削りこんであります。 私はこのヤン・リーフェンスがモチーフにしたヴァイオリンの点A部と点B部の壁厚の差は上段右側の 1740年頃 製作された William Forster ( c.1713~1801 )のヴァイオリンにも引き継がれていると思っています。 このようにオールド・ヴァイオリンのペグボックスは胴体のふるえと調和するように左右のペグボックス壁に非対称に薄い部分をいくつか設けて製作されていると私は考えています。
Brescia school Violin ca. 1630 at the National Music Museum
下に 1679年製 ストラディヴァリウスの ”Parera” のヘッド写真を挙げましたので比べてみてください。
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Antonio Stradivari ( c.1644 – c.1737 ) Cremona 1679 ” Parera ”
このペグボックス上端の左右壁厚差は チェロでもみることが出来ます。
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Domenico Montagnana ( 1686 – 1750 ) Venezia Cello 1739
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Giovanni Battista Guadagnini ( c.1711 – 1786 ) Cello 1777 ” Simpson “
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Nicola Albani Worked at Mantua and Milan 1753 – 1776
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Nicola Gagliano c.1725 Giuseppe & Antonio Gagliano 1754
上左側は Nicola Gagliano ( 1675 – 1763 )が 1725年頃制作したヴァイオリンのヘッドで、右側はその息子達であるガリアーノ兄弟 ( Giuseppe 1726 – 1793 , Antonio 1728 – 1805 )が 1754年に制作したヴァイオリンのものです。両方とも継ネックがされているため ペグボックス壁厚は下側1/4はオリジナル状態ではありませんが、上側 3 /4は制作当初の状態がよく保存されています。
このように私はオールド・ヴァイオリンを見るときは 『 ペグボックスの両側の壁厚を変化させているか? 』の視線を持つことをおすすめしています。
この貝殻は家族旅行で スペイン・マラガに滞在した 九歳の男の子のおみやげです。 三週間ほど滞在した海岸を離れるさいに足もとの砂浜でひろってきてくれました。 気がついている方が少ないようですが 『 二枚貝 』の片側は 『 巻貝 』のように渦巻きの形をしています。 ヨーロッパ・ザルガイのような二枚貝だと 美しく渦巻くようすを見ることができます。
私はオールド・ヴァイオリンのスクロールを彫った目線は こういうものに育まれたと信じています。下に三台のヴァイオリンとビオラ、チェロのスクロール写真を貼っておきますので その非対称のようすを見てください。
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Giovanni Battista Ceruti ( 1755 – 1817 ) Cremona 1791年
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Nicola Gagliano( 1675 – 1763 ) Napoli 1725年頃製作
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ペグボックスの壁厚を変化させたのと同じ理由で Nicola Gagliano ( 1675 – 1763 )が製作したヴァイオリンのスクロール・アイは 向かって左側が下がるようにアイの中心軸が傾けてあります。
これと逆に右側を下げた例として 東京都交響楽団の首席チェロ奏者が使用していた Nicola Albani ( worked at Mantua and Milan, 1753 – 1776 )のチェロのスクロールと Johann Jais ( 1715 – 1765 )が 1760年頃製作した 胴長 382.0 mmのビオラのヘッド写真をあげておきます。
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Johann Jais ( 1715 – 1765 ) Tölz 1760年頃製作
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Nicola Albani / Worked at Mantua and Milan, 1753 – 1776
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この新聞記事は 弦楽器製作者にとって非常にきびしい認識ですが‥ これは私達に課されている ” 課題 “だと 私は考えます。
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プレッセンダーや ロッカが去ってから長い月日が流れてしまいましたが‥ それが解明が不可能であることを意味しているとは 私は思いません。
そもそも弦楽器製作は ” 玄人 “の世界だったはずです。 それに打ち込む方には『 失われた技術 』を解明する力が 必ずあると私は信じます。
さてここから『 私のお友達 』にしか分らないことを少し書かせていただこうと思います。
私はこの問題を解決するためには ” ガリレオ的手法 “で十分と考えています。
これは彼が 天文や物理の問題について考える時に 既存の理論体系や多数派が信じている説に盲目的に従うのではなく‥ 常日頃の考察から仮説を導き自分自身で実験を行って実際に起こる現象を細やかに観察し定量化した結果から仮説を発展させていく方法を推奨したことに由来します。
具体例として私の経験をお話しいたします。
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17年程前のことですが‥ 私は 筑波大学のオーケストラ部の備品チェロ10台( 裏板が合板3台を含む初心者用チェロでした。)を毎年 4月初めに整備していました。 その日、私は第二学群の建物ロビーで 7台連続で新品のヤーガー・チェロ弦に張り替える作業をしていて『 おやっ? 』と思いました。 同じメーカーのスチール弦セットですから弦自体の特性に個体差はそれほどないはずなのに 弦の張りを確認するためにはじいていた私の親指の感触が、それぞれのチェロごとにかなり違っていたのです。
残念ながら この当時私は弦をはじく指の感触は 弦の特性が反映していると思い込んでいました。それがこの時にやっと‥ この指先の感触は専ら” チェロ本体の反映 “である事に気がついたのです。
例えれば上写真の矢をつがえて引く右手の指先には つる( 弦 )よりはるかに弓の棹部の特性が影響している‥ というイメージだと思います。チェロの場合は ヘッド、ネック、響胴などが 弓の棹に相当している訳ですが、これを意識して弦をはじくと指先の感覚で響胴のレスポンスを捉えることが 十分可能だと思います。 これは演奏家の諸氏にとってはあたりまえの感覚のはずですので 私としましては誠にお恥ずかしい限りと思っています。 .
弦楽器の世界に入って 13年、『 楽器屋さん 』となってからでも 7年程経っていたこの頃‥ 私は 日常くり返される仕事を ” 細やかな観察 “をしなくても経験則である程度『 こなせる 』ようになっていました。 その多忙な毎日のまえに 私は楽器と対話することを忘れかけていたようです。
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私はこの 弦と構造部( ヘッド、ネック、指板、響胴 )の関係を読み解くことで『 オールド・バイオリン 』の謎‥ ストラディバリウス、 グァルネリ・デル・ジェスや アマティなどの製作技術に関する『 秘密 』の扉はあけられると思っています。
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Peripheral vision is whacked. ( 周辺視野がフラフラします。)
これは怖い!真ん中の「+」をじっと見つめてください。
http://imgur.com/opNnoOx?utm_content=buffer9f664&utm_source=buffer&utm_medium=twitter&utm_campaign=Buffer
ヴァイオリンを見るための条件を知っていますか?
1988年に Hans Weisshaar and Margaret Shipman が ” Violin Restoration – a manual for Violin makers ” のタイトルで出版した本の 160ページより引用させていただきました。 彼は胴体にネックを取り付けるために駒に合わせてネック ( 指板 )の角度と方向を確認しています。 彼がスクロールに 『 Kiss 』している理由( わけ )をお話します。
物を正確に 『 見る 』ためには人間の眼における生理学的な仕組みを知っている必要があります。 このことに関して社団法人 日本自動車連盟 ( JAF )の会員誌 ( JAF MATE 2001年11月号 PP.20~22 )記事を引用させていただきます。 これは交通心理学の専門家の元 中京大学心理学科教授である成定康平氏に対するインタビュー記事です。
人間の眼の3つの特性を知っておくと 『 見え方 』が変わります。 一つめが ” 中心視野と周辺視野 “です。 『 … 通常、人間の視覚は上下に 60度前後、左右に約 110度ずつの広い視野を持っている。 両目では左右 220度になるから、前方のほとんどが見えていると思いがちだ。 しかし、本当に見えているのは 真ん中のわずか 5度 。 ここが視力 1.3 くらいだとしたら、周りはたったの 0.3 くらいにしかならないという。 「 つまり、実はものすごい小さな点でものを見ているんです。 だからこそ手品師が客の目を欺けるんですよ。』 、 二つめが ” 視線が向きやすいもの “で 『 …視線と聞くと、気になるものに向かうという感覚があるが、実は「 明るさが異なるもの 」、「 動いているもの 」に向かう傾向があるのだという。』 そして 三つめが ” 視線の動き ” です。 『 … それは、素早く目を動かした時に起こる現象だ。 「 ちょうどスライドを替えた時のような状態が起きます。 目を動かす前と動かした後の中間が見えない。 これは眼球が移動する時にはものを見る能力を抑制する働きがあるためで、 跳躍抑制 といいます。」 … 』 つまり 私たちが見えていると思っている映像は、人間の脳が自動補正したものを認識していて 事実と違う思い込みの元となっているそうです。
上写真の 胴体とネックの角度、方向を確認している彼は ヴァイオリンに対して角度を浅くして 中心視野に指板をしっかり収め 視線のさまよいが無いようにスクロールに 『 Kiss 』している姿勢をとっているのです。 これらのことから ヴァイオリンを見るときには じっと目をすえて、可能なかぎり中心視野をつかって 『 見る 』と 想像以上に複雑な作りになっていることが見えてくると思います。
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Twirl Girl
The image is an optical illusion. The girl appears to be spinning in one direction when you first look at the image, but after a while she appears to switch directions.
http://ifoughtthelaw.cementhorizon.com/archives/006718.html
F字孔のストップ
ヴァイオリンのストップ ( Stop length )は現在 195.0 mm が 標準型として扱われていますが オールド・ヴァイオリンでは違いました。 そこで 1998年に Peter Biddulphがロンドンで出版した 25台のデル・ジェズを実物大の写真で掲載した ” Giuseppe Guarneri del Gesu ” の 2巻より24台分の計測値を参照のため引用させていただくとともに、1995年に クレモナで開催された展示会カタログ ” Joseph Guarnerius del Gesu – Cremona 1995 ” から 4台分の計測値も参照のため引用させていただき合わせて 28台のデル・ジェズの計測値を制作年の順に下に並べました。
Giuseppe Guarneri del Gesu ( 1698 ‐ 1744 ) 制作年 ストップ( ㎜ ) 裏板胴長
~ 190 mm 3台
~ 192 mm 11台
~ 195 mm 7台
~ 200 mm 7台
上記の28台の平均は 193.24ミリです。 私の知人の理系研究者が 『 僕は” 平均 ” は研究においてはごまかしの手法だと思っています。』 と言い切りましたが、私もそう思います。 上記のデータの読み方は 1727年頃から1744年までのストップで 『 不都合な赤字』の出現パターンに着目することからはじめます。 そして鍵は190ミリ以下の存在です。 ヴァイオリンを製作する人は私も含めて 最初に 『 ストップは何ミリが ベストか? 』 と考えがちですが、上の数列は 『 どちらのタイプを選ぶか? 』 によって出来上がっています。 結論をいうと コーナーの条件が特殊でなければ、ストップが192ミリより短いタイプは ヴァイオリンの出す共鳴音のなかで低音域が強化されます。 私はこれを 『 音が上にあがる組み方 』 とよんでいます。 そして 192ミリより長いタイプはキャリング・パワーが強くなる 『 音が水平にとぶ組み方 』 と考えるのが適当だと思います。 この仕組みについては後ほど触れようと考えています。
私が持っている弦楽器の写真集やカタログから1799年までとなっているチェロのボディ・ストップと胴長をエクセルに入力して上に貼っていますが、 チェロのボディ・ストップについても 一般にいわれる数字と違うことがわかります。
私は ボディ・ストップについては イタリアのチェリスト マリオ・ブルネロさんが 駒をネック側にずらした位置に立てたチェロを使用しているのに気づいてから考えはじめました。
演奏上は ボーイングに多少気遣うだけで左手の心配はないでしょうから選択肢としてわからないでもないですが、 本当に悩んだのは 下の写真の ジュリアーノ・カルミニョーラの 場合です。 一般に駒が立てられる位置より6~7ミリもエンドピン側にずらした位置に駒を立てて使用されています。
彼は上写真のバロック・ヴァイオリンと ピエトロ・ガルネリの 1733年で長い間演奏と録音活動を続けていました。 実は私のヴァイオリンを購入してくださった方が カルミニョーラさんの知人だったので直接ヴァイオリンのことをお聞きしようと 2007年1月26日に王子ホールでのフォルテ・ピアノの矢野泰世さんとのリサイタルに出かけました。 演奏が始まった直後に正直 『 えぇーっ!ストラディヴァリ… !』 と思い次に 『 … クン・ブラボーを使っている…。』 でした。 この日は 6時すぎから降り始めた雨が時間を追うごとに強さをまし 王子ホールのなかにも湿気がはいってくる状況で 前半終了後の休憩時間に 鍵盤楽器のチューニングに苦慮しているのがはっきり聴こえました。 カルミニョーラさんの演奏は 前半の モーツァルトのソナタ第24番と ベートーヴェンのソナタ第8番は どうなることかと少しハラハラしたのですが、 後半のモーツァルトのソナタ第40番で 『 … よし!』 と思い、 シューベルトのロンドでは 『 さすが!』 と感じました。 演奏はよかったのですが 楽器の件がショックで演奏終了後は、ロビーで待たずにすぐにホールをあとにしました。 カルミニョーラさんの演奏はこの後は 2008年11月6日に紀尾井ホールで聴きましたが やはり 銀座と同じ ボローニャ貯蓄銀行財団から永久貸与された 1732年製 ストラディヴァリウスを使用されていました。 なおこの ストラディヴァリについては 『 財団法人 三鷹市芸術文化振興財団 』 のホームページを下に引用させていただきました。
ストラディヴァリ ”バイヨー1732″ との出会い
ジュリアーノ・カルミニョーラ この文を書きながら、2005年11月クラウディオ・アッバードとオーケストラ・モーツァルトとの共演の後で、ファービオ・ロヴェルシ=モーナコ教授*1と会ったときのことを思い出して、深い感動を覚える。私たちは長時間、オーケストラのこと、若い演奏家たちのこと、弦楽器のことなどを話した。とくに、世界中の演奏家の垂涎の的であり、私たちの国にほんの少数しか残っていない、イタリアの弦楽器製作技術の所産である最高傑作について話し込んだ。私はこの問題に対する彼の深い見識と関心を感じた。別れるとき、彼は誠意をこめてこう言ったのである。「どうぞ会いに来てください。今日の話の続きをしましょう。」
それから1年ほど、私はこの件をそのままにしていた。コンサートや教える仕事で忙しく、それに遠慮もあったし、厚かましすぎると思われたくなかったからである。1年後の2006年11月、私たちはコンサートの後で再会した。そして今度もまた愛想よく彼は言った。「マエストロ、来てくださいませんでしたね。」私はすっかりどぎまぎして、言い訳の言葉を探した。彼が前年の会話を覚えているとは想像もしていなかったのである。
こうして私は、ボローニャ貯蓄銀行財団が本気で18世紀イタリアの貴重なヴァイオリンを購入したいと考えていることを知った。それはまるで、信じられない夢の実現だった。しかし、私は勘違いしたくなかった。その頃、有名なヴァイオリニストのヴィクトリア・ムローヴァが私の家に泊まっており、私たちはスペインとオーストリアでいっしょにコンサートをすることになっていた。私がこの「特別な会談」のことを話すと、彼女は、数カ月前ローマの弦楽器研究家・楽器商クロード・レベ(Claude Lebet)の店に美しいストラディヴァリが3本あったと教えてくれた。
私は勇気を奮って財団事務局長のキアーラ・セガフレードに電話をした。彼女は私とロヴェルシ=モーナコ教授との2回目の会談の後、このまままた1年放っておいてはいけないと熱心に催促していたのであった。私はレベに電話をし、ボローニャで会うことにした。3本のヴァイオリンを2日ほど試奏した後、私は「バイヨー1732」を選んだ。12月5日に財団理事会は会議をし、全員一致でこの高価なヴァイオリンの購入を決め、私に貸与することも決定した。
それからわずか数日後、夢はほんとうに実現したのである。私はこれほどすばらしい音を持ち、これほどすばらしい歴史的芸術的価値を持つ楽器を演奏する大きな喜びと誇りと名誉を与えてくれた、財団の理事長、副理事長、取締役、そして事務局長に心からの感謝をしたい。
*1 … モーツァルト管弦楽団やボローニャ貯蓄銀行財団の文化アドバイザー
Joachim Tielke 1683 Hamburg
http://www.orpheon.org/oldSite/Seiten/Instruments/vdg/vdgb_tielkevdg.htm
http://web.mac.com/vazquezjose/iWeb/EU-Project/Tielke.html
さて、 ボディ・ストップの選び方については楽器全体のシステムとの関係で決まりますので簡単な指標では説明出来ませんし、他のシステムとの関係で後のページを使ってお話しできると思いますので16ヶ所目のチェツク・ポイントとしては 『 ボディ・ストップはその楽器を製作した人の意図を知るためには重要ですから、 なるべく正確に計測して下さい。 』 という事にしたいと思います。
最後にひとつだけ触れておきますが、さきほどコーナーの条件が特殊でなければ ストップが短いタイプは共鳴音のなかで低音域が強化されることから 私はこれを 『 音が上にあがる組み方 』 と呼び、逆に長いタイプはキャリング・パワーが強くなることから 『 音が水平にとぶ組み方 』 と考えている趣旨のことを書きましたが、 その考え方の入り口は コントラバスのサウンドポスト・クロスバー ( The Soundpost Cross Bar )でした。 左側は 1660年以前の製作とされるコントラバスで、 右側は 1780年頃にイタリアで製作されたとされているものです。 左側の サウンドポスト・クロスバーの幅に着目してください。 響胴の鳴りが制約される リスクを取ってまで幅を広くもたせてあります。 右側のコントラバスの サウンドポスト・クロスバーの幅があれば 魂柱は きちんと立てられることから、 左側の サウンドポスト・クロスバーの幅は ネック寄り ( センター・バーツ寄り )の位置と エンドピン寄りの位置の 二つの位置に対応出来るように設定されたと考えられます。 オールド・ヴァイオリンの裏板の厚みを計測してみると 2つのどちらかが選ばれたと判断できる 等高線が出現します。 私は 多くの名工が 1710年から1740年にかけて センター・バーツ寄りから エンドピン寄りに魂柱を立てる場所を移行させたと考えています。
上のコントラバス写真は 2004年に Henry Strobel, Violin Maker & Publisher より出版された Charles Traeger with David Brownell & William Merchant さん達による ” The setup and Repair of the Double Bass for Optimum Sound ” の 181ページと表紙より引用いたしました。
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