2014-8-27
木炭デッサン ( A.F. YOKOTA 1978年 7月 )
デッサンは古くから絵画や彫刻、デザインや工芸などの創作活動においての基本として大切にされてきました。 これは人間の ” つくる力 “を向上させる‥ すぐれた教育効果が知られているためでした。
この場合の” つくる力 “には 観察する力、考える力、伝える力が含まれています。
つまり 物事を客観的に観察し、その構造を読みとることで課題を見つけ出し、細部にこだわりつつも全体を俯瞰しながら自らのしなやかな感性によった美的なかたちとして答えを導きだし‥ それを展開させる人間力をさします。
私は『 オールド・バイオリン 』を製作した人々も 同じように ” つくる力 “を磨く努力をいとわず、強い意志をもって弦楽器製作に取り組んでいたと信じています。
( 上記の” つくる力 “の定義は 平成27年度入試 東京藝術大学美術学部デザイン科の アドミッション ポリシーより引用させていただきました。)
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デッサンの参考例として 私の妻がまだ 18歳だった 1978年に美術大学受験の訓練として描いた木炭デッサン( 上部 4枚 )と鉛筆デッサン( 下部 4枚 )を あげてみました。
一般社会では 絵が描けると その技術的な要素が着目され それを『 才能 』という言葉で捉えられがちですが、私は デッサンは 強い意志をもって基本から誠実に取り組んでいけば多くの人が上達することが可能と思っています。敢えてその言葉を用いるとすると デッサンが思ったように描ける人は 一定の努力を怠らなかったという点において『 才能のある人 』と言えるかもしれません。
さて、もう少し詳しいお話しすると‥ 経験者はよくご存じですが デッサンにおいては 手の技術よりも 脳の知覚トレーニングにより観察する力、考える力を向上させることがより重要とされています。私の知る限り 良いデッサンを描く人は 訓練により人間の視覚情報の特性に気がついていますので、デッサンに使用する時間配分は 当然ながら 描く作業より対象物をよく見て観察し‥ そして考え‥ 読み切ることに多くの時間をかけているのではないかと思います。
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なぜなら‥ 人間の目はあたかも怠けるかのように 物を見る時に しっかりと把握せずに 観念に置き換えてしまう習性があるのです。
私は先ほど 脳の知覚トレーニングという表現をつかいましたが、例えば 人間の眼の三つの特性を意識するだけでも『 見え方 』は変わります。
まず 一つめは ” 中心視野と周辺視野 ” についてです。
注1)ここは引用文です。 ‥ 通常、人間の視覚は上下に 60度前後、そして左右に約 110度ずつの広い視野を持っています。 両目では左右 220度になりますので、前方のほとんどが見えていると思いがちです。 しかし、本当に見えているのは 中央のわずか 5度 の範囲といわれています。 ここが視力 1.3 位だとしたら、周りはたったの 0.3 位だそうです。『 つまり、人はものすごい小さな点でものを見ています。 だからこそ手品師がお客さんの目を欺けるのです。』
なお‥ 中心視野はものの形や色、立体覚などを認知しているとされ、その役割は主として網膜のP細胞( 中心視野の領域に80%くらいが存在しているとされています。)が担っているそうです。 そして重要なことは 中心視野の経路は周辺視野の経路と連絡はしていないということです。
それから周辺視野は 運動覚、立体覚、空間認知などを担うものとされています。 これは網膜で M細胞がその役割を果たしているとのことです。
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ところで 少し話がそれますが‥ この ” 中心視野と周辺視野 “の役割が混乱した状態は 簡単に体験できます。
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下画像をクリックした後に中央にある「+」をじっと見つめてください。なにが見えるでしょうか?
Peripheral vision is whacked. ( 周辺視野がフラフラします。)
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二つめが ” 視線が向きやすいもの ” という問題です。
視線と聞くと気になるものに向かうという感覚がありますが、実は ” 明るさが異なるもの ” や” 動いているもの ” に向かう傾向があるのだそうです。これも私たちが日常経験する見落としや勘違いにつながります。
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この画像の内側の四角がゆれて見えますか? ‥ もちろん動いてはいません。
そして 三つめが ” 視線の動き ” についてです。
これは、素早く目を動かした時に起こる現象です。 『 ちょうどスライドを替えた時のような状態が起きます。 目を動かす前と動かした後の中間はよく見えません。 これは眼球が移動する時にはものを見る能力を抑制する働きがあるためで、 跳躍抑制 といいます。』 つまり 私たちが見えていると思っている映像は、人間の脳が自動補正したものを認識していて 事実と違う思い込みの元となっているそうです。
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また‥ 脳の自動補正機能については 色彩に関しても簡単に確認できます。
下写真をクリックした後で、 真ん中の黒い点を 30秒間見続けてください。
最後にモノクロの写真が、しばらくカラーに見えると思います。
補色ですね‥ 。
またこのような人間の錯覚につながる眼の特性のほかにも、右脳と左脳などの構造的な要因や 感覚や記憶に関する領域の複雑な機能などが 視覚情報の誤りにつながっています。
例えば‥ 彼女は左右のどちらで回転しているでしょうか?
The image is an optical illusion. The girl appears to be spinning in one direction when you first look at the image, but after a while she appears to switch directions. http://ifoughtthelaw.cementhorizon.com/archives/006718.html
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それから下の青色は濃さが違って見えていますか?
机に置かれた紙は 左から右へ段々と青色が濃くなる4つのエリアに分かれています。
しかし‥ 動画を見ていると 鉛筆を挟んだ両側の色が おなじに見えてきたのではないでしょうか。しかも 鉛筆を再移動すると今度はそちらの色と同じ色に変化して見えると思います。
この状況は 鉛筆によって隣同士の微妙な色の差が識別できなくなり同色として脳が認識してしまうことで生じているようです。
このように 視覚のみならず私達の五感は 生物としての複雑な進化の過程で獲得した能力ですから、細やかに使いこなすには辛抱強い努力が必要なようです。
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注1) 社団法人 日本自動車連盟の会員誌 ( JAF MATE 2001年11月号 PP.20~22 )記事を引用しました。 これは交通心理学研究者である成定康平氏に対するインタビュー記事です。
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静物 / 木炭デッサン ( A.F. YOKOTA 1978年 7月 )
私達は デッサンの経験を通じて培われた 物の本質を読み解く能力を “デッサン力” と呼んでいます。
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鉛筆デッサン ( A.F. YOKOTA 1978年 9月 30日 )
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静物 / 鉛筆デッサン ( A.F. YOKOTA 1978年 1月 )
これらのデッサンを描いた私の妻は 美大への進学者としては後発組で、 高校 3年になってから志をたて受験準備のために鎌倉のアトリエに通いはじめたそうです。
因みに 私の場合は、なぜか‥ 小学3年生の秋に親類と家族があつまっていた場所で 『 決めた!僕は将来、画家か彫刻家になる。』と宣言した上で、中学1年生になると石膏像の木炭デッサンに猛烈にはげみました。 お陰さまで私にとって生涯の師である 彫刻家 松永正和先生との幸せな出会いなど、 人とのめぐりあいにも恵まれ ここまで物作りの道を歩んで来る事ができました。
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さて本題にもどりますが‥ ヴァイオリンやチェロを製作するためにはアーチのなかに組み込まれた複雑な立体的形状を読み解くために、その特徴を観察し理解する必要があります。
そこで 皆さんにこれをイメージしていただくために現代では ほとんど知られていない弦楽器の観察ポイントとして『 窪み加工 』の事例 を 一ヶ所だけあげてみたいと思います。
Hendrik Jacobs ( 1629-1699 ) violin 1690年頃製作
すぐれた技術があった『 オールド 』の時代に製作された ヴァイオリンやチェロの右肩の矢印部には 窪み状の加工が加えられていることがよくあります。
上段の Hendrik Jacobs ( 1629-1699 )が 1690年頃製作したヴァイオリンの場合は 右側写真の矢印部にはっきりと写っていますのでご理解いただけると思いますが 、このくらい立体的形状が明快なヴァイオリンでも光線の角度があわないと確認することが困難となります。
因みに‥ 私がこの窪み加工の重要性をはっきり認識したのは下のチェロを精査したときでした。
私はこのチェロの整備を25年以上にわたって担当していますが 最近まで下写真のアマティにあるような窪み加工は入っていないと思い込んでいました。
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ところが 昨年、このチェロの資料写真を追加で撮影したところ下のように窪み加工が写っていました。 おかげさまで‥ 私はこの写真に目をとめた後で 再度、実物のチェロを精査し学びを深めることが出来ました。
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皆さんは下のストラディヴァリウスの窪み加工を信じられるでしょうか?
あるいはベルゴンツィのヴァイオリンではどうでしょうか?
上の二枚は同じヴァイオリンを撮影したものです。
このカルロ・ベルゴンツィが製作したとされるヴァイオリン写真のように 弦楽器は撮影条件で立体的特徴が写ったり 全く確認できなかったりします。
私は 削りの特徴を確認するために あえて斜め横から光線をあてた写真をなるべく多く撮影することをお奨めしています。
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ただし その時間が無い場合は よく観察するのとあわせて、指先でそっと撫でてみるとほんの少し窪んでいるのを感じることが出来ると思います。
私は 弦楽器のアーチのなかに組み込まれた複雑な立体的形状の役割について シンバルを例としてあげて説明しています。 シンバルには上の写真のように組み合わせがわかりにくいタイプのほかに、下写真のように中央に カップ ( ドーム )と呼ばれるお椀を伏せたようにもりあがった形状のものがあります。
シンバルは このカップ ( ドーム )が大きいほうが音も大きくなるそうです。これは 動きにくい場所( 節 )の近辺に周期的にふるえる場所( 腹 )が設定されたときに その剛性の差に比例して媒質である空気を効率よく振動させられるからです。
ですからこのシンバルのように 2段重ねになれば より大きな音をうみだすことができます。私は『 オールド・バイオリン 』の時代に製作されたヴァイオリンやチェロの中央部が大きく膨らんだような形状をしているのは これと同じ原理が取り入れられたためと考えています。
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Dec. 1996, in Japan. Performance tour of Hank Jones, Jimmy Smith(Drummer)
興味深いのはシンバルの割れ方を調べると 薄いからだけではなくカップが大きく安定していることで エッジに激しい振動が発生し割れた可能性がある画像がウェブ・クルーズすると比較的容易にみつけられることです。 これはある種の破壊実験だと 私は考えています。
また余談となり恐縮ですが シンバルの端っこは “エッジ “とよばれています。 クラッシュ( 14~19インチ程度 )やハイハット( 13~14インチが主流。 ドラマーはハイハット・スタンドに上下2枚をペアでセットして使用します。薄目のトップと厚めのボトムを組み合わせるのが一般的だそうです。)ではこの部分を叩くことで荒いクラッシュ音が出すそうです。
そしてカップ とエッジ に挟まれた残りの部分を “ボウ ” と言います。この部分をショットすることできれいなシンバル音を出すことができるそうです。 直径が大きいライドでは多くの場合この部分を叩くそうです。
( ライドは 20~22インチが主流で 普通は1枚ですが、ドラマーによっては音質の違うものを複数枚使うケースもあるそうです。 また 以前はよけいな倍音の少ない厚めのものが主流だったそうですが 最近では 薄めを使うドラマーが増えてきたそうです。)
シンバルのバリエーションのなかではまれに使用されるタイプだそうですが、これはもっとエッジを強めてあります。このように シンバルは直径が 33cmから56cmもありますので形状がほんとうに分りやすい楽器だと思います。
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そして最後に‥ チベット・シンバルとも呼ばれる 直径が 4cmから9cm ほどの”ティンシャ” をご紹介いたします。 これはチベット密教でつかわれる法具の一つで、チベットの高僧や宗教リーダーによって様々な儀式の場面で使われるとともに瞑想の儀式で用いられているそうです。
民族楽器チベット・シンバル ( 0:40)
http://www.youtube.com/watch?v=9H3NDGNtLyQ
Harmonic Encounters: Alan Lem plays Tibetan Singing Bowls
2分52秒からでてきます。 ( 5:55 )
参考として上にあげさせていただいた ティンシャは直径が 約 6.8cmで重さは片方が 115g くらいしかなく 全体で 230g 程だそうです。 私は ティンシャはここまでお話しさせていただいた節と腹の原理を用いて音を大きくする好例だと思っています。
上写真のティンシャは 現在 インターネットで気軽に購入できるものですが‥ 古に作られたティンシャの素材は7メタルとよばれるチベット密教伝来の占星術にある製法で 金(太陽)、銀(月)、水銀(水星)、銅(火星)、鉄(金星)、スズ(木星)、鉛(土星)の7つの金属を原料に鋳造したもので、宗教的高次なものをつくるときには 鉄のかわりに “隕石” のかけらが用いられたそうです。
私が 興味深いと思うのはカップ部の内側もくり抜いたように薄くしてあることです。
おそらく中央部のこの立体的形状で剛性を高くする設定が有効だから‥ へり部の薄さとあいまって十分な振動が得られると考えられたのではないかと思います。
それと注目すべき点は 文字の彫り込みや 表面のレリーフ状の工夫により音色を変化させるしくみが取り入れられていることです。
美しい響きを生むには音数を増やす工夫とすばやい音のたちあがりが必要となります。
そのために楽器の製作技術のなかには振動モードが複雑化するように凹凸を利用するというのがあります。これは先にあげさせていただいた シンバルの場合はハンマー加工がそれにあたります。 なお‥ シンバルでのこの加工は機械も使用しますが最終調整は息の抜けない手作業( ハンド・ハンマリング )でおこなわれているそうです。
ハンマリングを強めにいれると シンバルの強さが増し、ボリューム感やクリアな音像を際立たせる効果があるといわれています。この加工をおこなっているシンバル・メーカーはこれにより低音のゆたかな( ダーク・キャラクター )製品をめざしているとのことでした。
数が多いのでいくつかに赤色矢印をつけましたが この小さな窪みがその加工にあたります。 この写真は ” SABIAN ” 社のシンバルにいれられた ハンド・ハンマリング加工のものです。
ジルジャン社から兄弟がわかれて生まれたセイビアン( SABIAN )社のシンバル 『 アーティザン 』には “ハイデンシティ・ハンドハンマリング “と呼ばれる深く、強いハンマリングが施されています。
このハンマリングはシンバルという楽器にとって非常に大切な技術ですので、こんどシンバルをながめる機会がありましたら観察することをお勧めします。
それから ハンマリング加工の参考として日本のシンバル・メーカーである小出シンバルさんのホームページから機械ハンマリングの画像を引用させていただきました。
小出シンバルさんのホームページ http://koidecymbal.com/
小出シンバルの製造工程 http://www.koidecymbal.com/factory/build.html
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弦楽器ではシンバルのハンマリングとは加工方法は違いますが、上写真のスペインで製作されたチェロのように 表面の立体的加工を全体に取り入れている事例があります。
彼は個性的粗彫りの状態で最終工程として水で材木をふやかした後に髭剃りで表面を削っているそうです。年輪が堅い部分はふやけにくいので 乾燥させると年輪の色がうすい部分がこのように溝状態となります。
これは現代の技法ですが‥ 『 オールド・バイオリン 』が製作された時代にも 全体的に加工が施された下のチェロのような弦楽器も製作されました。
それから私は ヴァイオリンに代表されるふくらみがある響胴をもつ弦楽器は、リュートなどのように表板が平らな弦楽器を製作する人達が ドーム状のふくらみによつて表板を強化し力木を減らした事によって誕生したと考えています。
このとき振動するための節の役割を『 剛性 』に着目するとイメージしやすいかもしれません。
● 『 剛性 』とは 応力に対しての変形しにくさを表したもので、 板厚の場合 厚くすると剛性は高くなると言います。また構造体の場合は立体的形状によっても剛性は変化します。当然ですが形状を複雑にすることで剛性は高くなります。断面が長方形の場合、部材の断面積が同じであれば、断面の高さをより大きくした方が剛性は高くなります。
それから‥ 私は 任意に節が配置されたことがイメージしやすいので ギターやリュートの内部に取り付けられたブレイシング( 力木または、その配置をさします。 )をご覧になることをおすすめしています。
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弦楽器の原理は動きにくい場所( 節 )の近辺に周期的にふるえる場所( 腹 )を設定し、弦の振動エネルギーによって媒質である空気を効率よく振動させることにあります。バスバー( 力木 )が接着された部分は専らこの “節” の役割を担わせてあるわけです。
また これによりバスバー横のフラットな部分が振動板( 腹 )の役割をはたす訳ですが‥ 弦楽器のように閉じた系では、複数の振動がおこす干渉が 魅力的な “うなり” を発生させる反面で “引き込み現象” などの楽器として好ましくない現象が生じることが問題となります。
( 1分 51秒 )
このため フラット・バック型やボール・バック型の弦楽器 たとえばギターやリュートなどの表板が比較的に平らな楽器の場合にはその表板の内側に複数本のバスバーが取り付けられ “干渉” のコントロールが試みられました。
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木工の世界ではこれを “木伏せ技法”といいます。
例えば 下の記事にある “オールド・バイオリン” のバスバー設定を調べてみると 振動板となる表板との調和を細やかにはかった可能性がみとめられます。
これは弦楽器の内部をよく理解していない方には 分りにくいかもしれませんが、私達は下のバスバー写真や規格の数値を見ただけで表板に接着された状態をイメージし‥ その表板をゆらしたときの感じに置き換えて把握しています。
これらのバスバーは それぞれが取り付けられた表板に個性的な剛性をもたらしただけでなく、弦の張力による幾何剛性の条件をも大きく左右したことを容易に気づかせてくれます。
しかし残念なことに 弦楽器製作において過去との能力差はおおきく‥ たとえば The Strad の記事にあるように “オールド・バイオリン” の製作者には バスバー接着面での木目( grain )を 柾目状と板目状( slab )に使い分ける技術があったことが分っているのですが、現代の弦楽器製作者には板目状( slab )の木取りをしたバスバーを使いこなしている人は皆無の状況が続いています。
. 板目状 . 柾目状
私も バスバーにつきましては 古典的なタイプとして 2005年に製作したヴァイオリンに 取り付けた 最も小さいものから 2008年頃からよく用いている大きなものまで‥ いろいろな条件で試みてみましたが、何れも柾目で木取りしたものだけで なかなか板目( slab )バスバーを試す機会がとれないで今日に至っています。
このように 現代では 弦楽器製作に関する重要なことがらで 意味が説明できない事例は枚挙にいとまがありません。
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ですから 私は 現代の弦楽器製作者は 片方のジェツト・エンジンが停止した飛行機の方片肺飛行の状態で ヴァイオリンなどを製作していると思っています。
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これらの状況に対応するためには‥ 現代の弦楽器製作者はある意味では『 オールド・バイオリン 』が製作されていた時代以上の注意深さがもとめられているのではないでしょうか‥ 。
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私が 細やかさをもった技術として尊敬するものに紀元前312年から3世紀初頭までの期間にわたり古代ローマで建築されたローマ水道があります。 知られているようにこれらは厳密な許容誤差内で精巧に建築されました。
この技術が端的にわかるのがローマン勾配率です。通常規格で 1キロあたり34センチの傾斜で、50キロメートルの距離で垂直方向にわずか 17メートル下がるだけのような実例が何本も残っています。これらは重力によって非常に効率よく大量の水を運んでいました。たとえばフランスのポン・デュ・ガールでは、1日に2万立方メートル、ローマ市に集められた水道では 500年かけて建造された11の水道から 1日に100万立方メートルの水が供給されたそうです。
この南フランスにあるローマ水道橋はガール川を跨ぎ古代都市ニーム( Nimes )の街に水を引いています。写真のようにアーチの列を三層に積み重ねた形となっており、導水路のある最上段には 35のアーチが並んでいて 長さ275m、水面からの高さが 49m 川底の基礎からの高さは 52m( 15階建てのビルの高さ。)もあるそうです。
中段には11のアーチがあり長さ 242mとなっています。下段は人や馬の通る橋をかねていて、アーチの数は6つで長さ 142mだそうです。なお、中下段で使われている大きな石材はそれだけで重さが6トンと計算されていると言うことです。
私は ローマ水道は水を都市に運ぶために建設されたものでその心臓部は “ローマン勾配率” だと思っています。もちろん橋やトンネルなどの建設技術もすばらしいことに異論はありませんが 合目的性がこれら建造物に真の意味をもたせているという事実は重要だと思います。 そして 私は ヴァイオリンやチェロにも同じ事がいえると思います。
これは NHKの番組 “.「 ダーウィンが来た!生きもの新伝説 」 – 世紀の発見!海底のミステリーサークル ” で放送された画像を引用させていただいたものです。
https://www.facebook.com/video.php?v=851829108170842
直径およそ 2m ほどの円形のエリアの中に非常に高度な秩序性を閉じ込めたこの図形は、鹿児島県・奄美大島近海の水深 25mの海底で撮影されたそうです。
放送をご覧になった方はもちろんご存じでしょうが、これを作ったのは人間ではなく‥ なんと体長 12cmほどのフグの仲間だとのことでした。
この構造物は『 シッポウフグ属の新種 』のオスが産卵期を迎えたメスの産卵床として作り上げるもので、体長 12cmほどのオスが 1週間から10日ほどかけて完成させるそうです。
このような図形が見られるのは世界でも奄美大島の近海のみで、当然のことながらどのようなメカニズムで魚がこのような図形を描いているのかは全くもって不明であるとのことでした。そもそも類人猿以外の生物がこのように秩序だった図形を描くことは、これまで知られていません。
魚からしてみると本能に従って動いているだけなのかもしれませんが、こうした行動が遺伝子レベルでプログラムされているのかと思うと、自然の不思議さ・奥深さが改めて実感されます‥ 。
動物行動学のコンラート・ローレンツが『 動物行動において人間的にみえるほど、それは前人間的である。』と警句をのこしましたが‥ 私はあえて 体長 12cmの魚に学ぼうと思います。
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さて、ここで この投稿のタイトルのお話しをさせてください。
先にふれましたように ヴァイオリン製作にとって “デッサン力”は 重要なのですが、一般論として言わせていただけば‥ それを培うには 木炭デッサンと鉛筆デッサンを 1点ごとに 6時間課題と 3時間課題 そして 1週間くらいの作品の 3バージョンで仕上げる訓練を 2~3年のあいだ週 3~4日の頻度でつづける必要があると思います。
弦楽器製作者をめざす人にとって問題となるのが、その時間をどうやって捻出するかです。
たとえば 弦楽器製作者をめざす若い人がイタリア・クレモナで学校に通ったとします。
略称 “I.P.I.A.L.L.”ですね。 ここで‥ この学校での生活をイメージするために 2005年の9月に入学した” Musicaさん”の”クレモナ便り”から時間割を引用させていただきます。
この学校を日本では “イタリア国立クレモナ弦楽器製作学校” と言っていますが 正式名称は「 Istituto Professionale Internazionale Artigianato Liutario e del Legno “Antonio Stradivari” 」 直訳すると「 弦楽器職人と木工職人の為のクレモナ、アントニオ ストラディヴァリ 国際職業(高等)専門学校 」 だそうです。
彼のブログから学校についての説明をそのまま引用させていただくと‥ この学校は日本で言うなら、国立高専のような学校だと思います。イタリア人だと中学を卒業してこの学校に入れ ます。しかし外国人だと原則、最低限その国の高校を卒業してからでないと入学試験は受けられません。
現在( 2005年/2006年 )は、校舎は Palazzo d’Arte と Palazzo Raimondi の2つに分かれています。 しかも互いの距離は結構あります…。 行き来が大変。
基本的に1・2年生の一般科目の勉強は Palazzo d’Arte で行い、作業とその他の学年は Palazzo Raimondi でやっています。
それともう一つ。 うちの学校は元々は弦楽器製作部門と家具製作部門の2つがあったらしいのですが、家具製作部門は 今年で打ち切りとなり‥ 現在、弦楽器部門とファッション系?デザイナー部門 の2つとなっています。
2005/2006年の一年生の時間割。
曜 日
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1 限 目
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2 限 目
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3 限 目
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4 限 目
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5 限 目
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6 限 目
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7 限 目
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8 限 目
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9 限 目
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10 限 目
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月 | 理科 | イタ リア 語 | 歴史 | 数学 | 数学 | 体育 | 体育 | 製図 ・ デッ サン |
製図 ・ デッ サン |
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火 |
製作
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製作
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製作
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楽器演奏
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楽器演奏
|
製図
・ デッ サン |
イタ リア 語
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イタ リア 語
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歴史
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水
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法律
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法律
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英語
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イタ リア 語
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数学
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数学
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木
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製作
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製作
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製作
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製作
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テク ノロ ジー
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テク ノ ロ ジー
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( 選択授業 )
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金
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理科
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イタ リア 語
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理科
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英語
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英語
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(オーケストラ練習)
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土
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(選択授業。彫刻・ヴィオラ演奏・チェロ演奏。必須ではない。)
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1限目 08:00 – 08:55
2限目 08:55 – 09:50
10分間休憩
3限目 10:00 – 10:55
4限目 10:55 – 11:50
10分間休憩
5限目 12:00 – 12:50
6限目 12:50 – 13:40
昼休憩(家に帰っても良い)
7限目 14:30 – 15:30
8限目 15:30 – 16:20
9限目 16:20 – 17:10
10限目 17:10 – 18:00
注) 先生によっては休憩時間ではない、授業の間に少し休憩を入れられる時もあります。
この時間割を見て頂いたらお分りになると思いますが、圧倒的に製作の時間が少ないです。 週に 7時間だけです…。
http://cremona.gozaru.jp/instrument_making/001.html ( 引用元ブログ )
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そして週に 3時間だけ “製図 ・ デッ サン” がありますが‥ この時間枠で 手書き製図とCADを使った授業のほかに “デッサン”ですから、残念ながら “I.P.I.A.L.L.” の授業だけでデッサン力を育てるのはほぼ不可能であることが分ります。
私は 他の国の弦楽器製作学校のカリキュラムも調べてみましたが、十分なデッサンの時間を確保しているところは、一つもありませんでした。 私は これを厳しい現実だと思います。
ここで弦楽器製作者の私見として教育論をのべさせていただくと‥ ひとりの人間がどんなに『 知識 』を持っていたとしても 実際の仕事の現場で『 気づき 』がなくては『 知恵 』として用いることができません。 私は 物作りの現場で大切なこの『 気づき 』は、学習者が『 徹底的な模倣 』の体験を通じてのみ習得できる能力だと考えます。
もし ある若者が大胆にも『 ヴァイオリン製作家をめざす! 』大志をいだくとしたら‥ それは 結構なことだと思います。しかしそれが果たせるかは 実際の行動にかかっています。大きなことばかりしたがり 小さなことをしたがらない人は‥ 結局、何もできずに終わるでしょう。大きなことを成し遂げる力は小さなことに誠実に取り組み、小さなことから学んだ人だけに与えられるものなのです。
これは ヴァイオリンの誕生と発達をルネサンス後期からの歴史のなかで検証してみると、ギルド制度の枠組みのなか 親方の工房で『 徹底的な模倣 』が誠実におこなわれ、それによって 多くの弦楽器職人が育ったという事実で証明されていると思います。
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そういう理由で 私は 物作りを目指す心が定まった人に時間が確保しやすく、感性がやわらかい中学生や高校生などの年齢で 『 小さなこと 』として “デッサン力” をつけるため近辺のアトリエ等をリサーチのうえで木炭デッサンの初心者コースを受講することをお奨めしています。
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因みに‥ 私の高校2年生の娘が はじめてデッサンを体験するために受講したお茶の水美術学院では 2014年度の夏期講習 7月28日から8月2日( 6日間 )の入門コース( 夜間基礎入門 17:00~20:00)の場合で 17,000円 で、次いで8月11日から8月16日に受講した初心者コース( 基礎初心者 A 9:00~16:00 )は 33,000円の受講費で 18名程のクラスで指導をうけました。
ここは東京藝術大学のデザイン科、工芸科の合格実績が全国的に有名で東京芸大受験希望者が多く‥ 木炭デッサン、鉛筆デッサンの経験がまったくなかった私の娘は高校1年生、2年生を対象とした基礎科の初心者・入門コースとはいえ一緒に受講しているまわりの受講生のデッサンにも良い刺激をいただいたようです。
お茶の水美術学院
http://gakuin.ochabi.ac.jp/view/K00100/
基礎部 – 夏期講習
http://gakuin.ochabi.ac.jp/view/L00002/
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” 弦楽器製作者をめざす若者に、神の祝福がありますように!”