2014-9-04
疑い深い人のことを英語では ” Doubting Thomas “と言います。新約聖書のヨハネによる福音書( ヨハネ20:24-29 )で 不在だった使徒トマスが他の弟子たちに非常に実証的な要求をしたことからきている訳ですが、悲しいことに 私が ヴァイオリンは 非対称楽器であることをお話しすると‥ 現代の 弦楽器製作学校では ヴァイオリンは左右対称の形をしていると教えられているために “非対称” の意味が理解できずに似たような反応をされる方がほとんどの状況が続いています。
そこで私は ” 自分の指をイエスの傷跡に触れて確かめるまでは決して信じない各位 ” に、ヴァイオリンのほんとうの響きを疑似体験していただくことで 誤った認識を修正していただこうと決心しました。
では‥ はじめに ルネサンス期にイタリアで製作された一枚の油画をみてください。
. Alessandro Bonvicino( ca. 1498–1554 ) Brescian 1530年頃
Alessandro Bonvicino detto il Moretto da Brescia ( c.1498-1554 )1530年頃
アレッサンドロ・ボンビチーノは ヴァイオリンという楽器が誕生した時期に ブレシアとヴェネチアで活躍した画家です。 彼は宗教画を中心として すばらしく緻密な油画などを残しました。 因みにこの絵は 1530年頃に製作されたそうですが‥ 私はこのモチーフとされた楽器は本当にすばらしい響きをもっていたと信じています。
解像度が高い画像を拡大してみると‥ おそらくペグは左側 4本で 右側 3本となっていて これに 7本の演奏弦が張られているのですが、それに加えて テールピースの 6番、7番弦の穴を通して弦状のもの( 上図の赤線 )の両端を ペグボックス または糸巻きに刺した金属製ピンに縛りつけてあります。
一部の専門家はこれを レゾナンス弦と考えているようですが、私は一本のガット弦をテールピースの2つの弦穴を通し 両端を金属ピンに固定することで張力を加えるようにしてあると思っています。
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上の絵画にある楽器もそうですが‥ この時期に製作されたリュートやヴィオール属、ヴァイオリン属の弦楽器の中には、下のオックスフォードのアシュモリアン博物館に展示されている古楽器や ジロラモ・アマティの リラ・ダ・ブラッチョのように『 回頭機構 』を持った弦楽器がありました。
私は この仕組みは『 オールド・バイオリン 』の響きにとっても重要な意味をもっていたと考えています。そこで 私は それを証明するために後であげた実験手法を考えました。
因みに当時のヴァイオリン製作に関する状況は イタリア最古の製作者として知られる アンドレア・アマティ( Andrea Amati c.1505 – 1579 )が プレヴェザの海戦の翌年である 1539年頃にクレモナに工房を設立したことが知られています。
このアマティ家は 1740年に アンドレアの曾孫である ジロラモ Ⅱ( Girolamo Ⅱ Amati 1649 – 1740 )が亡くなるまで四代に渡りおよそ200年間 ヴァイオリンなどの名器を製作し続けました。
まず 私は 1957年にクレモナで生まれて弦楽器製作家となった アレッサンドロ・ボルティーニ氏が 1985年に製作したヴァイオリンと、サンドロ・アジナリ氏が 2000年に製作したヴァイオリンを用意しました。
因みに サンドロ・アジナリ氏も 1969年にクレモナで生まれて 14歳でクレモナのヴァイオリン製作学校( I.P.I.A.L.L.)に入学し 1987年の卒業後は マエストロ・ジョ・バッタ・モラッシ( Gio Batta Morassi )の指導を受け、1991年にクレモナに工房を設立した弦楽器製作家です。
Alessandro Voltini( born in Cremona, 1957 ) violin 1985年
胴長 Back 355.0mm – 167.8mm – 107.0mm – 205.0mm
ネック長さ 129.0mm
ボディ・ストップ 193.0mm
スクロール長さ 106.0mm
アイ部幅 41.6mm
F字孔幅 40.0mm
実験は簡単です。私たちが日常的に使用している輪ゴムを一回の実験で一本使用しますので 数本準備します。そして、まずなにもしていない状態で鳴らします。それから写真にあるように輪ゴムをかけて同じように試奏してみます。
私はこれまでこの手法を頻繁に試して その結果を知っていますので‥ 皆さんが ご自分のヴァイオリンで試した場合でも響きの差は 驚愕するくらいに違うと思います。
この時 なるべく比較し易いように私は輪ゴムをかけた状態で 一分くらい鳴らしたら、それをハサミなどで切ってはずして すぐにまた試奏をして違いを確認しています。『 無し→有り→無し 』で一回で 、これを二回くり返し 響きの変化を聴き分ければ 実験としては十分だと思います。
なお‥ 私が 実験に使用した輪ゴムは下写真にあるものです。
また サンドロ・アジナリ氏が製作したヴァイオリンに取り付けられたペグは 輪ゴムが引っ掛かりにくかったので市販されているセロテープで止めました。
この実験は輪ゴムの張力( 0.36kg )でヘッドの回転運動などのゆれを増やし響きの変化を確認するものです。
そして‥ 今回 実例として挙げさせていただいた ヴァイオリン二台を用いた実験でも響きの差は劇的な違いがあったことをここにご報告しておきます。
Sandro Asinari( born in Cremona, 1969 ) violin 2000年
胴長 Back 353.0mm – 164.5mm – 107.4mm – 205.0mm
ネック長さ 130.0mm
ボディ・ストップ 193.0mm
F字孔幅 40.1mm
https://www.facebook.com/sandro.asinari
最後に この実験のリスクについての考察をしてみましょう。
下図にあるように もしペーター・インフィールドの4本セットを張っていたヴァイオリンで、E線を コレルリ・アリアンス・ヴィヴァーチェに変更すると約 0.5kg 張力が増えます。
これとは逆に張力が約 8.3kg のペーター・インフィールドE線を張力が 7.2kg 程とされているドミナントのE線にすれば約 1.1kg 減ることになります。
私は このような状況でヴァイオリンは使用されていて それでも 強度上の大きな問題は起っていないことと、輪ゴムの張力が弦 4本の合計張力の 2%以下であることから‥ 特に問題はないと判断しています。
ただし、ご自分でこの実験を実施される場合は 当然ですが あなたの自己責任となりますので 慎重に状況把握をしながら行なって下さい。
このサイトの他の投稿でも触れていますように、私は 『 オールド・バイオリン 』の時代に製作された弦楽器が非対称を基本としているのは 響胴を『 運動 』させるために ねじりを誘導し‥ 振動が持続しやすいように ヘッドやネックなどが並進運動よりも回転運動を起こしやすいように工夫されたためだと思っています。
なお 剛体の『 運動 』につきましては 私の娘が使用した都立高校の物理の教科書を下に引用させていただきました。
それから‥ 余談で恐縮ですが 私は 剛体の『 運動 』の具体例として いつもバトン・トワリングのバトンのお話しをしています。 バトンは中央の棒をシャフトと言い両端のおもりは大きい方がボール、小さい方はティップと呼ばれています。 そしてこの道具で最も重要なのは ボールとティップの重さが異なることで重心がシャフトの中心からずらしてあることです。
この結果‥ バトンを空中に回転させながら投げあげると回転運動を持続しながら落ちて来る現象が生じます。もし両端が同じ重さだったら 重心が中央に来てしまうので 回転運動だけでなく並進運動もおこりやすくなり 安定した回転運動が得られなくなってしまいます。 これはブーメランなどにも共通しています。
ヴァイオリンなどの弦楽器でもゆれを持続させることで より低い音域の響きがうまれる条件がそろうために‥ つりあいにくくする工夫がいくつもなされています。たとえば ヘッドに糸巻きが交互に取り付けられていたり、響胴やF字孔が微妙な非対称とされていることなどが それにあたります。
私はこの実験により 新作イタリーに限らず現在 製作されているヴァイオリンの多くが “ねじり”が不足する 左右対称の設定となっているために、多くの不具合が生じていると考えています。
これは‥ そもそも弦楽器製作者にとっては “その響き”が目的であるはずだったのですが それを生みだす仕組みが正しく伝承されなかっために、 製作者達が目的のなかに 左右対称という工芸品の基準をもちこんでしまったからだと 私は思っています。
Antonio Stradivari ( c.1644-1737 ) violin “Parera” 1679年
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私はストラディヴァリウスの材木の使い方はねじりを起こすためと考えていますが‥ 弦楽器に詳しい方以外には判断しにくいと思いますので、古の非対称ヘッドによる技術が継承されたトルコの撥弦楽器である Saz( サズ )のペグ位置をみてください。
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私は ヴァイオリンという弦楽器はいくつもの工夫により慎重に非対称の条件が選ばれ、最終的に重心位置なども十分考慮した形状でこの世に誕生したと思っています。
ただ‥ この認識は 現在 まだ多数派ではありません。
そういう状況ですが、昨今は 幸いなことにヴァイオリンの研究に CTまで駆使されるようになり ヴァイオリンが非対称楽器であると考えられる方が 増えてきました。
最近 みられる画像資料のうちで 私は特に 木理がわかりにくい 一枚板の裏板にはいった一筋のひび割れが見える画像をありがたいと思っています。
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http://www.violinforensic.com/visualizations/3d
私は ” Doubting Thomas ” を自負される方には、このウィーンの研究者に連絡をとって実際に 3,500ユーロ( VAT not included )で『 オールド・バイオリン 』のデータをとってもらうことをお奨めします。 まるで 傷口に指をいれるようなリアリティが得られるとともに‥ 非対称の完全な証明ができるのではないでしょうか。
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それから‥ 輪ゴムを用いたこの試みから 私は『 オールド・バイオリン 』ではない 現代のヴァイオリンにおいてもその仕組みの一部は継承されているので きちんと節と腹の役割を踏まえバランスをとれば 18世紀ころの豊かな響きはある程度は再現が可能と考えています。
この実験を通じてそれを体験される方が増えることを私は願っています。
今日はここまでということで終わりたいと思います。
ありがとうございました。
横田 直己
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2010-12-12 16:20 / Opening
2013- 8-24 16:08 / 50,000 passing
2013-12-04 13:25 / 60,000 passing
2014- 3-13 01:53 / 70,000 passing
2014- 6-17 22:34 / 80,000 passing
2014-10-10 14:42 / 90,000 passing
2015- 1-29 18:33 / 100,000 passing