私は オールド弦楽器のコーナー部や へり部分は、弦の張力( Violin 19~26kg 程、Cello 46~61kg程 ) が加えられても 響胴が 幾何剛性などで過剰に硬くならないような工夫がなされていると思っています。
Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 ) Violin, “Ex Joachim” 1775年
端的にいえば・・ コーナー部やへり部分の設定は 弦楽器性能において優劣の分かれ目となっているとも感じています。
例えば、このストラディヴァリのようにコーナーブロック端の立体的形状を 摩耗したかのように工夫することで、表板が振動板として機能しやすくしてあるのも そのひとつだと考えます。
興味深いことですが、私達は コーナー部突起がない 1726年製のストラディバリウスの “C型位置”にあたる へり部分までもが、摩耗したような加工をされているのを見ることができます。
Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 ) Violin, “Aurea” 1715年
“Guarneri del Gesù” ( Bartolomeo Giuseppe Guarneri 1698-1744 ) Violin, “Kchanski” 1741 年
Giovanni Baptista Guadagnini ( 1711–1786 ) Violin, “Ex Sinzheimer” Turin 1773年頃
Giovanni Battista Guadagnini ( 1711-1786 ) Violin, “Ex Joachim” 1775年
パティーナ( Patina=経年変化 ) 加工と呼ばれますが、彼らは 演奏者が弓をぶつけたり擦ったりした際に生じる傷跡すら音響的な条件設定に利用しています。
それに加えて、演奏等で出来るはずのない “景色” すら違和感を感じさせないバランスをもって創作したのです。
Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 ) Violin, 1845-1850年頃
それらは、多くの非対称弦楽器で目にすることができます。
Andrea Guarneri ( 1626-1698 ) Violin, Cremona 1658年頃
たとえば、このアンドレア・ガルネリが製作したヴァイオリン表板の、指板横( 低音側 )にある深い窪みは この位置の板厚を考えれば・・ 難易度が高い加工なので、パテーナ加工の最高水準であると言えるかもしれません。
なお、この指板横の窪み位置などを、その上にあげさせていただいた Guadagnini 作 “Ex Joachim” 1775年と、G.A. Rocca が 1845~1850年頃製作したヴァイオリンなどと照らし合わせてみると 興味深い事実がわかります。
Andrea Guarneri ( 1626-1698 ) Violin, Cremona 1658年頃
そもそも、指板脇( 低音側 )の表板は 空中に浮かぶ指板によってガードされていて、演奏や運搬などで触ったりして傷が入るようなことはほとんどありません。
例外は、『バスバーのバランスが合わなかった時に 表板が変形し、F字孔から年輪に沿って 割れが入ることがある。』だけだと言っていいと思います。
ですから 高音側の場合と違って低音側表板にある傷跡のほとんどは、座標点としての役割も含めて パティーナ( Patina ) 加工の痕跡である可能性が高いのです。
Genova で展示されているヴァイオリンの高音側 ( Treble side ) につけられた “溝状”の傷
これは、本物の弦楽器を見分ける時の チエック・ポイントのひとつとなります。
因みに 個人的なことで恐縮ですが、私の場合は 上左の『オールド・バイオリン』の “摩耗部”を観察していて 初めてパティーナ加工の存在を確信しました。
私はそれまで、ヴァイオリンや チェロの表板、裏板のふちは ヨーロッパの街を囲む城壁のように一定の高さを持たせて連続させてあると思っていました。
ところが、実際の『オールド・バイオリン』などでは 赤印を入れた位置のように、 摩耗したかのように削ってあったり、別の木片で継ぎがしてあったりすることに この裏板を観察していて思いが至ったのです。
Nicolò Amati ( 1596–1684 ) Violoncello, “Herbert” 1677年
Andrea Guarneri ( 1626-1698 ) Viola、”Primrose ” 1697年
Giovanni Battista Ceruti ( 1755-1817 ) Violin, “ex Havemann”
Cremona 1791年