2023-5-07 21:23 Old Italian Cello, ca.1700 ( F. 733-348.3-232-433 / B. 735-344.8-226.7-433 / stop 404.5 / ff 100.2 ) 2279.7g / Fingerboard 292.3g
このチェロは 36年程前に NHK交響楽団のチェリストから お弟子さんのチェリストに渡り、 そのタイミングで 継ぎネック、指板製作、バスバー交換などの整備が実施されました。
Old Italian Cello, ca.1700, 2279.7g / 1980年代の推計重量 2310g
当時、私は その工房でアシスタントとして働いていましたので、その縁で 自分の工房を設立した後も メンテナンスを担当し続けています。
Old Italian Cello, ca.1700 ( F. 733-348.3-232-433 / B. 735-344.8-226.7-433 ) ■響胴 1630.9g Fingerboard 292.3g ( 1980年代 323g )
2023-4-25 18:14 Old Italian Cello, 1700年頃
2023-3-25 Old Italian Cello, 1700年頃
ですから、すばらしいオールド・チェロですが 機嫌に波があり、鳴りが悪くなった時には 原因究明と対策に幾度も苦労しました。
そうして時が過ぎましたが、少し前に80歳代となられた所有者の方から”人生最後の徹底的な整備”を依頼されたため、実施内容を検討し ネック条件変更、指板交換、バスバー交換などを行うことにしました。
2023-3-22 15:01
これは 整備着手日に 駒、バスバー、魂柱の条件設定を検討するために”型取りコンターゲージ”で作成した “Old Italian Cello, 1700年頃”の 響胴駒ライン断面アーチ図です。
2023-10-22 13:02 “2023年 自作チェロ” 1656.9g
端的にいえば 今回実施した “Old Italian Cello, 1700年頃”の整備は、ネック条件変更、指板交換、バスバー交換などで響胴の”ねじり”をスムーズにして、レゾナンスを安定させる取り組みでした。
2023-4-25 Old Italian Cello, 1700年頃 “ネック条件変更前の状態”
2023-5-07 21:43 Old Italian Cello, 1700年頃 / Button width 26.8mm – Button height 13.0mm
2023-9-26 22:56 Old Italian Cello, 1700年頃 “ネック条件変更後”
Button width 26.1mm – Button height 11.7mm
2023-9-19 15:16
指板、ネック部が仕上がりました。白っぽい木地が削った部分で、喉元など 色が残っているところは”1986年”当時の表面です。
2023-9-26 23:32 Old Italian Cello, 1700年頃
2023-9-26 Cello bridge “2023年” JIYUGAOKA VIOLIN
2023-9-27 14:24
2023-6-26 Bass bar “1986年” / L 577.0mm – H 21.2mm / Thickness (T)10.7 – (B)10.8 – (B)10.9
2023-7-30 Bass bar “2023年” / L 577.0mm – H 27.9mm / Thickness (T)9.3 – (B)10.4 – (B)9.4
2023-7-30 Bass bar “2023年”
2023-6-26 Bass bar “1986年” Distance between F holes 100.2mm / Distance between F holes on the inside 98.6mm / Distance between F hole-bass bar 6.5mm
2023-7-30 Bass bar “2023年” Distance between F holes 100.2mm / Distance between F holes on the inside 98.6mm / Distance between F hole-bass bar 8.5mm
2023-5-07 Old Italian Cello, ネック部 643.9g / “1986年” Fingerboard 292.3g
そして、36年後ですので 複雑な気持ちになりましたが、指板とネックを響胴から外して検証したことで、不調の主たる原因は『 重たくて堅い黒檀指板 』にあったことを理解しました。
因みに 現段階での指板規格は、幅が 30.8-64.0mm、長さ 581.0mm、重さ 292.3gとなっていますが、1980年代には 幅 31.5–64.4mm、長さ 593.0mm程もありました。
Cello fingerboard “1986年” 292.3g
問題は重さですが・・ 現況では ネック+指板の厚さは ネック直線上端( ナットから 36mm位置 )で 25.64mmで、下端( ナットから 220mm位置 ) 30.22mmとなっていますが、はじめは 28.3mm-32.5mmもあり、この間の不調に陥ったタイミングで 指板削りなどを三度おこない、指板の長さは 2019年に 12mm( 7.5g ) 短くして軽くするなど、合計で 30g 以上を削り落としていますので、記録は残っていませんが 逆算すればはじめは 323g 以上であったようです。
( 計算上では、このチェロはパーツ無し重量 2310.4g でした。)
2023-5-07 Old Italian Cello, ネック部 643.9g
ともあれ長期間におよぶ経緯により、私は 途中からこの指板の重さが分らなくなり、ヘッドや裏板の重さがこのチェロの『 棒状に硬直した感じ 』、『 ちょっと響胴が重い 』といった特徴に繋がっていると読み間違ってしまいました。
今回の整備で 解体して調べてみたところ、 響胴は 1630.9g とバロック期の軽やかなタイプそのままで、これに対して指板が 292.3g もあり、ネック端から指板が空中に突き出している部分だけでも 160g 程もありましたので、今までの謎が氷解しました。
私は、弦楽器におけるバランスは水平状態で”調和”を狙って、部分ごとの”自重配置”によって決定されたと考えていますので その観点から説明すると、この空中に突き出した指板重量は “代表点”B ( ネック端ライン ) に集中し、”応力対角”の点Aと連動します。
このときに点A-点Bを結んだ線を中心として荷重軸が生じますが、これは指板が重ければ重いほど強力です。
そして、この荷重軸は点Bを経て 反対側のヘッド方向に応力軸を生じさせヘッド部の点Cと対応することになります。
この構図を荷重として表現すれば、この指板は 292.3g( 合計重量の 12.8% )ですが、空中に突き出した部分の 160g程の重さは、点Bを中継して同じ荷重の160gとつり合う状態を生み出していますので、振動すると この両者を合わせた“320gの指板”( 合計重量の 14% )が揺れるのと同様な運動をします。
この指板が36年前に 323gであったと仮定して計算すると、現況で空中に突き出した部分の 160g程の重さは 176.8gとなり、つり合いで生まれた”仮想指板”は 353.6g ( 合計重量の 15.3% )であったようです。
これを私は『 棒状に硬直した感じ 』と捉えていたわけです。
その上に このチェロ指板は”不幸な状況”に陥っていました。
堅く重たい黒檀指板なので、その重心がネック端ラインから 23mm 離れた空中に突き出した部分にあり “特定の運動”に同期しやすい設定となっていました。
多種類の振動モードが平存しないといけない弦楽器では、それぞれの部材固有の振動特性が際立つと、運動中心や応力ベクトルが混乱して、 振動エネルギーが急速に失われてしまいますので、これもマイナス要因でした。
2023-5-07 “指板変更前” Old Italian Cello, ネック部 水平重心
そして、もう一つまずかったのが『 重たくて堅い黒檀指板 』であったことで ネック部の重心位置も響胴側にずれてしまい、ネックの”天秤棒”的役割が損なわれてしまう設定となっていたことです。
2023-9-03 “指板変更後” Old Italian Cello, ネック部 水平重心
ネック部重量 643.9g → 557.6g ( 86.3g削減 ) / Fingerboard 292.3g → 214.5g ( 77.8g )
Antonio Stradivari, “Neck&Scroll Paper Patterns”.
Joseph Naomi Yokota, Cello 2023年 508g → ペグ込み重量 574g
私は響胴とネック部の”質量比”を重要と考えています。その基準となる ネック部の定義を今年から変更しました。昨年まで上写真のようにペグ4本を含まない状態でチェロは 1 : 3 としてきましたが、運動特性上から ネック部にはペグ4本が含まれるべきと考えを改め 自作弦楽器から実施することにしました。ですから この2023年製チェロの響胴は 1722g とし、パーツ無し重量( 表現の変更が必要でしょう。)は 2296g で完成させる予定です。
100年程前までの指板材の選択や設定が 楽器性能を考慮してバランスが良かったことを思いおこすと『 重たくて堅い黒檀指板 』を選んでしまった状況を残念に思います。
厳しいかも知れませんが、黒檀材の中から もう少し軽くてしなやかな指板材を選べなかった時点で、これは大失敗だったと思います。
因みに、この オールド・チェロの響胴が 1623.3g ということは ヘッド+ネック+指板+ナットの製作時の重さは、現在の 643.9gより100g程軽い 541.1g 程であったと推測できます。
2023-9-27 14:20 Old Italian Cello, 1700年頃 / 響胴重量 1636.5g
しかし、いろいろ条件変更があり 2023年の整備は響胴が 1636.5g で仕上がりましたので、ネック部は 指板 214.5g + ナット 4.0g + ヘッド&ネック 339.1g の合計 557.6gとし、パーツ無し合計重量 2188.7g で完成させました。
2023-9-27 14:17 Old Italian Cello, 1700年頃 / 総重量 2697.2g
2023-9-26 18:19 Old Italian Cello, 1700年頃 / “Romberg型” 2023年指板
2023-9-13 11:00 2023年 “Romberg型” L.581mm / H.15.2mm 214.5g
2023-9-13 10:53 2023年 “Round fingerboard” L.581mm / H.12.9mm 214.6g ネック部バランスを検証しながら”Romberg型指板” を製作するために製作した “ラウンド型指板”
新たに製作した指板も”Romberg style fingerboard” で、黒檀や縞黒檀材を使用するような変更ができませんでしたので、裏側の削り込みなど かなりの工夫が必要でした。
“Cello fingerboard” Neuner & Hornsteiner – Ludwig Neuner( 1840-1897 ), Mittenwald 1890年頃 539.0g / Fingerboard 183g
“Cello fingerboard” Neuner & Hornsteiner – Ludwig Neuner( 1840-1897 ), Mittenwald 1890年頃 539.0g / Fingerboard 183g
“Cello fingerboard” Neuner & Hornsteiner ( Ludwig Neuner 1840-1897 ), Mittenwald 1890年頃 W 33.4 – 47.5 – 63.5 / L 588.0mm
また 今回は使用しませんが、私は 指板材として日常的に使用していた黒檀材から、 可能な限りですが・・ 縞黒檀材の中から選んだ軽めのものと、メープル材( Maple wood )や ブナ材( Beech wood )、あるいはスプルース材( Spruce )などへの移行を検討しています。
Nicolò Amati( 1596–1684 ) “Violin fingerboard” L.199mm W. 37mm, Maple. & Giovanni Battista Guadagnini( 1711-1786 ) “Violin fingerboard” Trechmann 1757年 L. 236mm W. 24, made of beech wood and covered with an ebony veneer approximately 1mm thick.
アマティ工房のメープル材指板も すばらしいものですし、ガダニーニの 1mm厚の黒檀突板が 貼られたブナ材指板も 興味深いと思っていたりもします。
Attributed to Nicolò Amati ( 1596–1684 ), Total length 199mm- Width 37mm, Maple, “Jean-Baptiste Vuillaume collection” Paris “Amati fingerboard” Viola, 1625年頃
Fingerboard faced with ebony wood and with ivory purfling,
back of the same in willow wood edged with maple.
“Fingerboard” Stradivari “Soil” Violin, 1714年
ストラディヴァリは この指板を、ヤナギ材板の周囲をメープル材で縁取るように囲み、その板の表側にエボニー材を突板として埋め込み、さらにアイボリーのパーフリングを象嵌して製作したようです。
“Violin fingerboard” Lorenzo Storioni ( 1744-1816 ), 1793年
“Romberg fingerboard”( Romberg flat was not flat. ), 1810年~1840年頃
“Romberg fingerboard” 1810年~1840年頃
“ヴァイオリン指板” 1920年頃
“Cello fingerboard” Joseph Naomi Yokota, Cello 2023年 198.0g
ところで 余談ですが、私は チェロの部材バランスを数値化するときのテンプレートとして『現代型』は、私が販売した 1870年ころのチェロで継ぎネックをした時に計測した割合( % )を用いています。
当然ですが ヘッドとネックを計測のためだけで切り落とせませんので、”部材配置”を検討するときの “簡易基準”として便利です。
Cello 1870年頃 640.0g / Fingerboard 304g■響胴 1930g / パーツ無し重量 2570g
さて 話は変わりますが、弦楽器に使用された木材の樹種や特質などを精査してみると、指板材でもそうであるように すでに私達は 木材を識別する知識を失っていることが分ります。
例えば、表板や裏板コーナーの突端部に 象嵌細工のように埋め込まれた木片や 木釘状の広葉樹ピンなどを 音響的効果を踏まえて選べる人がいたら、三顧の礼を尽くして 教えを請いたいくらいです。
Andrea Amati ( ca.1505-1577 ) Cello, “Charles Ⅸ ( NMM 3351 ) ”
ca.1570
具体的な問として言うと・・ このアンドレア・アマティ作とされているチェロには 比較的大きな木片と広葉樹ピンが埋め込まれていますが、その樹種や それが選ばれた音響的な理由はどうでしょうか?
また この投稿で例示した オールド・チェロにある 広葉樹ピンの、樹種や それが打たれた位置などの設定条件を音響的に説明すると どうなるでしょうか 。
Old Italian Cello, ca.1700 ( F 734-348-230-432 / B 735-349-225-430 / stop 403 / ff 100.6 )
Old Italian Cello, ca.1700 ( F 734-348-230-432 / B 735-349-225-430 / stop 403 / ff 100.6 )
この疑問に関して 私は重い腰をあげ、現在製作中のチェロから実証していくことを決めましたので、昨年から ピン位置と樹種といったそれらの特質に関しての勉強をやり直しました。
先ず、広葉樹ピンについて 可能な限りオールド弦楽器の検証をおこないました。その一部を 具体例としてあげておきます。
Purfling – Wood pin
Andrea Guarneri ( 1623-1698 ) Violin, Cremona 1662年
Andrea Guarneri ( 1623-1698 ) Violin, Cremona 1662年
Stradivari 1683年 button
Guarneri del Gesù ( 1698-1744 ) Violin “Goldberg-Baron Vitta” 1730年頃
Guarneri del Gesù ( 1698-1744 ) Violin “Goldberg-Baron Vitta” 1730年頃
Carlo Bergonzi ( 1683 -1747 ) Violin, 1740年頃 & 1734年頃
Guarneri del Gesù ( 1698-1744 ) Violin “Carrodus” 1743年
Guarneri del Gesù ( 1698-1744 ) Violin “Carrodus” 1743年
私は このように、広葉樹ピンとして使用された樹種の”出現率”や設定条件を考察した結果、オールド弦楽器に限れば 黒檀材が 使用された割合が奇妙に少ないことに気がつきました。
単に”ハード・ウッド”を選ぶのであれば もっと高い出現率が推測できますので、これは『 黒檀材の使用を避けた』という事を暗示しているのではないでしょうか。
そうだとすると、解決のカギとなるのは “比重”の差に着目したり、その”位置”が意味することを考えることだと思います。
私は、広葉樹ピンが “節”の起点としてヨーロピアン・スプルース表板( 比重 0.44 ~ 0.45 )と メープル側板、裏板 ( 比重 0.65~0.7 )に対しての関係性が考慮されて選ばれたと思っています。
辺材は淡い赤色、心材は濃い黒色~桃色の地に赤褐色の縞をもち、その色調により縞黒檀・青黒檀・斑入黒檀に大別される。材により幅があるが、一般に木理はほぼ通直。肌目も緻密で光沢を持つ。耐朽性は大。
辺材は淡赤色を帯び、心材は黒色と淡赤色の帯が交互に配列して特徴的な縞をつくっている。木理は通直~やや交錯。肌目はやや精。
インドネシア産の木材で原産地の地名から「マカッサル・エボニー」と呼ばれます。
カキノキ科の超高級木材で、ツキ板(化粧用単板)用や仏壇用に少量が流通していますが、近年は原木、製材品ともにほとんど入荷していません。
全体に白色を帯びているため、辺心材の境目は不明瞭。木理は通直、肌目も緻密で美しい光沢をもつ。やや軽軟で収縮が小さいため、乾燥・加工が容易で表面の仕上がりも良好。保存性は低く、耐朽性も極めて小。
心材の色は淡桃黄白色で辺材の色は淡黄白色で心材と辺材の境は不明瞭。
縮み杢はカンナがけ時、杢が欠けることが多いので加工時は注意が必要である。
仕上りは良好で接着性が良く加工も容易。
硬さは中程度。耐朽性は低い。白い縮み杢があるものはバイオリンなどの弦楽器に使用され、有名なストラディバリウスにも使用されている。
流通名でホワイトシカモアとも呼ばれるが、アメリカンシカモアやサテンシカモアとは別の木材である。
因みに、現在製作しているチェロの広葉樹ピンを、私は ヨーロピアン・スプルース表板( 比重 0.44 ~ 0.45 )と メープル側板、裏板 ( 比重 0.65~0.7 )などで構成される響胴において “節”の起点として相対的に微妙な重さが期待できる 花梨( カリン )材( 比重 0.57~0.8 )で製作することにしました。
この ささやかな決定は 現代に生きるわたしにとって、はじめの一歩として相応しいと感じています。
一般に辺材は淡い黄白色、心材は赤褐色で、時に縞模様をもつ。木理は交錯、肌目も粗いため、仕上げ時に逆目が立ちやすく、塗装もやや難しい。材質はシタン【紫壇】に劣るが、耐朽性は大きい。
この投稿は ここまでとさせていただきます。
2023-5-10 Joseph Naomi Yokota
● モダン弓の製作方法が “簡略化”された時期と、その後について。