5. ヴァイオリン属と 改変の歴史

ヴァイオリンなどの弦楽器は 音楽環境やその表現の変化に対応するために、数期にわたる改変期に 公知化された製作技術上のアイデアを取り入れながら製作され続けたと考えられます。

ですから『オールド・バイオリン』の真贋の識別には、製作時期の特徴を見出せるかどうかが重要となってきます。

ヴァイオリン属の 製作史を列記すると、まずは 黎明期 ( 1550年頃~1650年 ) があります。

ヴァイオリンという楽器は、宗教改革 ( 1517年 )をうけてトリエント公会議 ( 1545-1563 ) が開催されていたころに 誕生し、クレモナなどの街々で製作されるようになりました。

そののち オペラが創作 ( 1597年 )され、それが モンテヴェルディ( 1567-1643 ) などの活動で発展していった中で、ヴァイオリン属は伴奏のための器楽合奏に重用され、その普及が加速していきます。

この時期は アンドレア・アマティ ( ca.1505–1577 )と、その息子 アントニオ・アマティ( 1560-1649 )、ジローラモ・アマティ( 1561-1630 )、そして ヤコブ・シュタイナー ( Jacob Stainer 1617-1683 ) などが 主流派であったようです。

この時代の弦楽器製作者の関係性については、アブサムなどの北方の街々やベネチアやブレシアなど、それぞれの地域で様々な状況があったようですが、なんといっても クレモナでは 多くの弦楽器製作者が育ったので識別しやすいと思います。

その クレモナにおける 弦楽器制作者の活動は、下の詳細な地図が象徴しています。

彼らにはギルドの制約があったとはいえ、庇護者の役割をはたした サン・ドメニコ教会 ( 下地図 )と、”San Faustino” 近隣地区の ガルネリ工房  “Casa Guarneri” 、その左側の The Amati house” 、そして 右隣には “Casa Stradivari”  そう・・あのストラディヴァリの工房があったことが見て取れるからです。

この状況から、彼らが ヴァイオリン製作の知識を共有していたことが 推測できます。

“Stradivari’s first house”  Corso Garibaldi 57.    1667年~1680年

1650年頃になると 弦楽器製作は、初期改変期 ( 1650年~ 1698年頃 ) に移行し、製作された弦楽器も飛躍的に増加します。

私はこの活動の中心は アンドレア・ガルネリ ( 1626-1698 ) が担ったと考えています。彼は おそくとも 1650年頃には アンドレア・アマティ ( Andrea Amati  ca.1505–1577 ) の工房に弟子入りし、そこで研鑽を積んだのちの1654年に 師匠の工房に隣接する建物にガルネリ工房 (  Casa Guarneri ) を立ち上げ独立しました。

そして、1680年には アマティ工房で弟弟子であった アントニオ・ストラディヴァリ ( ca.1644-1737 )が、新婚だった 1667年から暮らしたガリバルディ通り57番地から、ガルネリ工房の隣である ピアッツァ・サン・ドメニコ 2番地に工房 ( Casa Stradivari ) を移設し、弦楽器の研究がより進展しやすい状況となりました。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Guitar,  1675年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin,  “Parera” 1679年

 

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )    Violin,  “Parera” 1679年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )   Guitar,  “Sabionari ” 1679年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )   Guitar, 1680年

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )    Mandolino Coristo,  Cremona 1700年~1710年

私の考えでは、アンドレア・ガルネリ ( 1626-1698 )が アントニオ・ストラディヴァリ ( ca.1644-1737 ) などの弦楽器製作者に ヴァイオリンを改変する勇気をあたえたのではないかと思っています。

そして ハイドン ( Franz Joseph Haydn 1732-1809 ) が本格的な作曲活動にはいった 1750年頃

Guarneri del Gesù ( Bartolomeo Giuseppe Guarneri 1698-1744 ) Violin,  “Goldberg-Baron Vitta”  1730年頃

T

Guarneri del Gesù ( Bartolomeo Giuseppe Guarneri 1698-1744 )
Violin,  “Carrodus”   1743年

Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 )    Violin,  Turin   1845~1850年頃

表板、裏板のへりなどもふくめた パティーナ加工が 多用されたオールド弦楽器の時代は、1800年代に入ると変化していきました。

弦楽器のへりについていえば、最後の高名な弦楽器制作者となったヨーゼフ・ロッカのように ある程度の 厚さ( 高さ )が選ばれるようになりました。

その例として、彼が1850年頃に制作した 2台の ヴァイオリン画像をならべてみました。

これらは同一の型で製作されたようですが、表板のF字孔が 左側はガルネリタイプで 右側はストラドタイプと異なるにもかかわらず、裏板のへりは 一定の原則に従っているようにみえます。

このようにコーナー部の差異を観察することで 音響的に豊かな弦楽器を識別することができます。