グスレはバルカン半島地域(ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、クロアチアなど)に伝わる一本弦の弓奏楽器です。
楓材などの木をくり抜くように削り出して製作され、胴体部のくぼみを覆うように皮が張ってあり、ネック部やヘッド部はシンプルな形状のタイプや 馬や猛禽類の鳥などの彫刻がされているタイプなどがあります。
弦はネックから距離をおいて張られていて、音程を変える時はネックに弦を押さえ込まずに音程を変えるようになっています。
この楽器の伝統的な演奏者(guslar)は、英雄や歴史の物語・抒情詩を語るときに伴奏楽器として用いるそうです。
グスレは 54分20秒から出てきます。
( セルビア語:2010年にモンテネグロの村で撮影されたようです。前半は村の教会でのミサが入祭から聖体拝領までほぼすべてが記録されており、その後 集会所で奉献祭の食事会がおこなわれています。そして その終盤でグスレが登場します。)
クロアチアの独立記念日の祝いとして クロアチア共和国の首都ザグレブ(ヤルン)で 数千人の観客のまえでグスレが演奏されています。
私が このグスレという弓奏楽器に着目したのは 響かせるのが難しい 一本弦( 例外もあります。)という条件に加えて、 彫りおこしの響胴の関係から使用するためには “コツ” が必要と考えられたからです。
おなじ一本弦の弓奏楽器であっても 14世紀から18世紀半ばまでドイツなどを中心としたヨーロッパで流行した トロンバマリーナのように 響胴が板材で箱状となっていれば極端な “コツ”は必要なかったと 私は推測しています。
このトロンバマリーナの駒部です。 この駒は ヴィヴラート・ブリッジと説明されています。
さて、グスレという楽器の特徴についてお話しすると、バルカン半島のそれぞれの地域で製作されるときに音響上の理由で 表皮部のサウンド・ホール( 一組型と二組型が基本です。)が選ばれ、また 響胴部の裏側中央に穴をあけるかどうかが考慮されているようです。
しかし最後は演奏者が 駒をどの位置にどの角度でたてるかが問われ、 その判断により 楽器の響きに極端な差が出ていると‥ 私は思っています。
そのいくつかの実例を下にあげたグスレ奏者( Guslar )の写真で ごらんください。
因みに さきほど 私が「 演奏者が使用するときの “コツ” 」 といったのは、ネックに対する 駒の角度と 位置を意味します。
私は グスレという楽器は 左右の非対象性( アシンメトリー )が大きいタイプと、そうでないものに大別できると考えています。
そして非対象性が小さい楽器では『 ねじり 』の不足を補うために正中線に対して駒を極端に斜めにたてたり、響きを聴きながら 駒位置を微妙に左右にずらすことで 残響を保つ工夫をしながら演奏されていると私は推測しています。
一組型のサウンド・ホールをもつ グスレはこの工夫が 顕著です。
また、二組型の場合は表皮部のサウンド・ホールを 左右非対称とすることで『 ねじり 』の不足が補えるために、一組型よりも 駒の角度が正中線に直交するイメージに近い立てかたで演奏されていることが確認できると思います。
私は 表皮部サウンド・ホールが 二組型で左右非対称タイプを このグスレ奏者の楽器のようなイメージとして捉えています。
それから この表皮部で駒がたてられた跡を見てください。
私は このグスレという弓奏楽器は バランスを変えないで連続使用をすると、演奏することで生まれるひずみにより 結局 響かなくなってしまうという特徴があると思っています。
ですから この駒跡にみられるようにグスレ奏者はこれを解決するために 駒位置と角度を時おり移動しながら使用しているはずと推測しています。
私は グスレの専門ではありませんが 弦楽器がゆれ続ける条件について検証した結論として、これらの問題は 左右の非対象性( アシンメトリー )が大きいタイプでは生じにくいと考えています。
私はこの左右の非対象性( アシンメトリー )が弦楽器における古典的技術の特質だと考えています。
たとえばルネサンス期の弦楽器で非対象性をみてください。
多くの部位で『 ねじり 』を生むために工夫されていることが解ります。
これにより残響が確保され それにより独特の響きがうみだされていると 私は理解しています。
私は “オールド・バイオリン”などの弦楽器も この左右の非対象性( アシンメトリー )が揺り籠となり 誕生につながったと考えています。
この 弦楽器における古典的技術の特質といえる 左右の非対象性( アシンメトリー )は『螺鈿紫檀五弦琵琶』にもその要素を見いだす事ができます。
この『螺鈿紫檀五弦琵琶』は知られているように 聖武天皇の崩御にともない 765年に光明皇后が天皇遺愛の品を 東大寺に献納したことにより北倉に収蔵され今日に至っています。
この校倉造りの倉庫には ほかにも 四弦琵琶,四弦阮咸(げんかん),七弦琴(きん),十二弦新羅琴,六弦和琴(わごん),大破した竪型ハープの箜篌(くご)があり,この他に箏に似た二十四弦瑟(しつ)の残欠などが残されているそうです。
この五弦の琵琶はインドが発祥とされ,中央アジア天山南路(西域北道)のほぼ中央で栄えたキジル(亀茲)国,現在のクチャ(庫車)を経由し,北魏に入り,唐を経由して日本にもたらされたとされています。
私はこの『螺鈿紫檀五弦琵琶』の画像に丁寧にコンパスをあててみたことにより、非対象性( アシンメトリー )が調和した見事なバランスで製作されていると理解しています。
ともあれ グスレという弓奏楽器を考察することで 響かせる条件をととのえるために『ねじり』が用いられていることが 皆さんに理解していただければ幸いだと私は思います。
これらの経験をするたびに 私は本当に弦楽器の世界は奥深いと感じます。
この投稿は以上といたします。
2016-8-04 Joseph Naomi Yokota