“オールド弦楽器”の 特徴について

弦楽器の最上の響きは・・  サウンド・ホールで変換された弦の振動と、響胴の ねじりによる「ゆるみ」から生じた共鳴 ( レゾナンス )によって生まれていると考えられます。

このために優れたオールド弦楽器は ねじりが生じやすいように工夫がしてあるようです。

この、ねじりに関しての条件設定は 響胴内部や素材特性のように簡単には判断できない範囲までおよんでいますが、外見上からも それに繋がる要素を見いだす事は可能です。

それが 非対称条件を観察する理由です。

Antonio Stradivari 1673年Harrell - Du Pre - Guttmann - C LAntonio Stradivari  1673,  Violoncello ” Harrell, Du Pre,  Guttmann ”

例えば チェロを観察する場合に、上図で A とした コーナー部に大きな摩耗が見られるようでしたら、それほど判断に迷う必要はないと思います。

それらが単純な摩耗ではなく 製作時に人為的な左右差として設定された可能性を見つければ済む訳ですから。

では、このストラディヴァリが 1673年に製作したチェロはどうでしょうか?

Giovanni Baptista Rogeri cello 1695年頃 - C L
また 、これは、ロジェーリ作とされていますが、コーナー部の左右差は どのように考えられますか。

Grancino cello made around 1690 cooper-collection - A LGiovanni Battista Grancino ( 1637-1709 ) Milan 1697年 - A L 次は 左右の面積差が見えやすい グランチーノと ストラディヴァリのチェロです。

Antonio Stradivari cello 1707年 Boni-Hegar - G L
そして、私自身が 摩耗説が誤りであることに気づく きっかけとなった『 オールド・チェロ 』を見てください 。

Old Italian Cello c1680 - 1700 ( F 734-348-230-432 B 735-349-225-430 stop 403 ff 100 ) - 1 LOld Italian Cello    1700年頃
( F 734-348-230-432,  B 735-349-225-430, stop 403 ff 100 )

また、有名な楽器で 参考例を挙げるとすると、エドゥアルド・ウルフソン( Eduard Wulfson 所有し、グートマン( Natalia Gutmanさんが使用している グァルネリ・デル・ジェスによる このチェロが 思い浮かびます。

Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - A L

” Guarneri del Gesù ”
Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )
Violoncello  1731,  ” Natalia Gutman ”

私はこのチェロを 知らなかった8年ほど前に 共通の知人から ウルフソン( Eduard Wulfson 氏が グートマン( Natalia Gutman )さんたちと美術館のなかでトリオで演奏している DVDをいただき拝聴したのですが 、このチェロがもつ深い響きには衝撃をうけました。 

この グァルネリ・デル・ジェスのチェロでも 裏板高音側コーナーに施された摩耗加工を見ることが出来ます。

Guarneri 'del Gesù' cello 1731年 - C L

Guarneri ‘del Gesù’   Violoncello  1731,  ” Natalia Gutman ”

Bach :  Suite for solo cello No. 3 in C major
( Paris, Musée du Luxembourg,  2002/11/16 )
Natalia Gutman,Violoncelle

【Bach, Mozart, Schubert 】”La Société Stradivarius”
Yvietta Matison, Alto ( instrument )
Eduard Wulfson, Violin


それから、 Francesco Ruggieri が 1675年に製作したとされるチェロでも同じ景色を見ることができます。

Francesco Ruggieri cello 1675年 - A L

Francesco Ruggieri  ( ca.1645-1695 ),  Violoncello 1675年

確かに、チェロは A コーナーにひざを添えたり グリップしたりする際に触れることがあるので 摩耗痕跡は それにより生じたように思えます。

Joseph Thomas Klotz Violoncello piccolo Mittenwald 1794 ( 1743-1809 ) Sebastian 1696-1768 - C LJoseph Thomas Klotz  ( 1743-1809 )  Violoncello piccolo  Mittenwald 1794年

ところが 摩耗痕跡をよく見ていくと、それが不自然である事に気がつきます。

上のクロッツで これを見ると コーナーである A 部の塗装は多少はがれていますが、それよりも Q 部の方がもっと 剥がれています。問題なのは この Q 部に 演奏時にチェリストが 触れることは まず無いということです。

これは R 部についても言えますが、 実際にチェロの肩にはさわりますので 判断しにくいのですが、上のクロッツでいえば 摩耗したようになっているゾーンの中でも特に Q 部と S 部はアーチの不連続面の間にある谷状にくぼんだ部分ですから 自然な摩耗ではないことが分かります。

Giovanni Battista Genova ( warked ca.1740-ca.1770 )
Cello,  Turin  1770年頃

Nicolò Amati ( 1596-1684 )  Cello, “Herbert”  1677年

Girolamo Amati Ⅱ ( 1649ー1740 )  Cello,  “Ex Bonjour”  1690年

Carlo Ruggeri ( 1666–1713 )  Violoncello,   1706年

このように、演奏によって出来たとは思えない Q 部の摩耗痕跡は、オールド・チェロでは めずらしくはありません。

Guarneri del Gesù ( 1698-1744 )   Violin, “Enescu – Cathedral”  1725年頃

また、当然のことですが・・  この位置は オールドヴァイオリンでも意識されていることが確認できます。

Giuseppe Antonio Rocca ( 1807-1865 ) Violoncello 1850年 - D L
もし仮に、これらを 演奏や運搬による摩耗であるとすると、それなりの期間使用される必要があります。

とすると・・・『オールド』より使用された期間が短い『モダン』の弦楽器はどうなっているでしょうか。

170年程前のことですが、厳密な意味で最後の名工である ヨーゼフ・アントニオ・ロッカ( Giuseppe Antonio Rocca 1807-1865 )は、トリノで 弦楽器製作をおこなっていました。

彼の作品は、非対称条件に  摩耗痕跡の要素も取り込まれ あたかも”様式化”されたかのような工夫がなされています。

Giuseppe Antonio Rocca Torino 1850年頃 - A LGiuseppe Antonio Rocca( 1807-1865 ) Contrabass,   1850年頃

その端的な例が、彼が製作した摩耗や打撃痕跡があるコントラバスです。チェロと違ってコントラバスは A コーナーをグリップしませんので、これらの傷跡は 製作時の加工である状況証拠となっています。

Giuseppe Antonio Rocca Torino 1850年頃 - B L

Giuseppe Antonio Rocca( 1807-1865 ) Contrabass,  1850年頃

このように観察をしていくと『オールド弦楽器は、コーナー部などの 摩耗痕跡も駆使して 非対象( アシンメトリー )なバランスで製作されている。』と定義することが出来ます。

 

 

 

2016-10-22      Joseph Naomi Yokota