疑い深い人のことを英語では ” Doubting Thomas “と言います。新約聖書のヨハネによる福音書( ヨハネ20:24-29 )で 不在だった使徒トマスが他の弟子たちに非常に実証的な要求をしたことからきている訳ですが、悲しいことに 私が ヴァイオリンは 非対称楽器であることをお話しすると‥ 現代の 弦楽器製作学校では ヴァイオリンは左右対称の形をしていると教えられている関係でしょうか “非対称” の意味が理解できずに似たような反応をされる方が少なくありません。
そこで私は ヴァイオリンのほんとうの響きを疑似体験していただくことで 誤った認識を修正していただこうと決心しました。
では‥ はじめに ルネサンス期にイタリアで製作された一枚の油画をみてください。
Alessandro Bonvicino( ca. 1498–1554 ) Brescian 1530年頃
Alessandro Bonvicino detto il Moretto da Brescia ( c.1498-1554 )1530年頃
アレッサンドロ・ボンビチーノは ヴァイオリンという楽器が誕生した時期に ブレシアとヴェネチアで活躍した画家です。 彼は宗教画を中心として すばらしく緻密な油画などを残しました。 因みにこの絵は 1530年頃に製作されたそうですが‥ 私はこのモチーフとされた楽器は本当にすばらしい響きをもっていたと信じています。
解像度が高い画像を拡大してみると‥ おそらくペグは左側 4本で 右側 3本となっていて これに 7本の演奏弦が張られているのですが、それに加えて テールピースの 6番、7番弦の穴を通して弦状のもの( 上図の赤線 )の両端を ペグボックス または糸巻きに刺した金属製ピンに縛りつけてあります。
一部の専門家はこれを レゾナンス弦と考えているようですが、私は一本のガット弦をテールピースの2つの弦穴を通し 両端を金属ピンに固定することで張力を加えるようにしてあると思っています。
上の絵画にある楽器もそうですが‥ この時期に製作されたリュートやヴィオール属、ヴァイオリン属の弦楽器の中には、下のオックスフォードのアシュモリアン博物館に展示されている古楽器や ジロラモ・アマティの リラ・ダ・ブラッチョのように『 回頭機構 』を持った弦楽器があったことが私の念頭にあるからです。
因みに、ヴァイオリン製作の歴史では イタリア最古の製作者として知られる アンドレア・アマティ( Andrea Amati ca.1505 – 1579 )は プレヴェザの海戦の翌年である 1539年頃にクレモナに工房を設立したことが知られています。
このアマティ家は 1740年に アンドレアの曾孫である ジロラモ Ⅱ( Girolamo Ⅱ Amati 1649-1740 )が亡くなるまで四代、およそ200年間にわたって ヴァイオリンなどの名器を製作し続けたとされています。
ですから アマティ工房で 黎明期に製作されたヴァイオリンなどにも『 回頭機構 』として ペグボックス に斜めに金属製ピンを通した跡を見ることができるのです。
残念ながら現代では これらの弦楽器のほぼ全てのピン穴は埋められてしまったため正確な検証が難しくなっていますので、ジロラモ・アマティの リラ・ダ・ブラッチョは本当に重要だと私は思います。
それでは、ここからこの『 回頭機構 』のような揺れにより得られる響きの検証実験についてご説明したいと思います。
この実験に使用するために 私は アレッサンドロ・ボルティーニ氏が 1985年に製作したヴァイオリンと、サンドロ・アジナリ氏が 2000年に製作したヴァイオリンを用意しました。
Alessandro Voltini( born in Cremona, 1957 ) violin 1985年http://www.voltini.it/bio.htm
さて 実験は簡単です。私たちが日常的に使用している輪ゴムを 1回の実験で 1本使用しますので 数本準備します。そして、まずなにもしていない状態で鳴らします。それから写真にあるように輪ゴムをかけて同じように試奏してみます。
私はこれまでこの手法を頻繁に試して その結果を知っていますので‥ 皆さんが ご自分のヴァイオリンで試した場合でも響きの差は 驚愕するくらいに違うと思います。
この時 なるべく比較し易いように私は輪ゴムをかけた状態で 1分くらい鳴らしたら、それをハサミなどで切ってはずして すぐにまた試奏をして違いを確認しています。『 無し→有り→無し 』で1回で 、これを2回くり返し 響きの変化を聴き分ければ 実験としては十分だと思います。
なお‥ 私が 実験に使用した輪ゴムは下写真にあるものです。
それから サンドロ・アジナリ氏が製作したヴァイオリンに取り付けられたペグは 輪ゴムが引っ掛かりにくかったので市販されているセロテープで止めました。
この実験は輪ゴムの張力( 0.36kg )で ヘッドの回転運動などのゆれや響胴のねじりを増やしたことによる響きの変化を確認するものです。
そして‥ 今回 実例として挙げさせていただいた ヴァイオリン 2台を用いた実験でも響きの差は劇的な違いがあったことをここにご報告しておきます。
Sandro Asinari( born in Cremona, 1969 ) violin 2000年
https://www.facebook.com/sandro.asinari
最後に この実験のリスクについての考察をしておきたいと思います。
下図にあるように もしペーター・インフィールドの4本セットを張っていたヴァイオリンで、E線を コレルリ・アリアンス・ヴィヴァーチェに変更すると約 0.5kg 張力が増えます。
これとは逆に張力が約 8.3kg のペーター・インフィールドE線を張力が 7.2kg 程とされているドミナントのE線にすれば約 1.1kg 減ることになります。
私は このような状況でヴァイオリンは使用されていて それでも 強度上の大きな問題は起っていないことと、輪ゴムの張力が弦 4本の合計張力の 2%以下であることから‥ 特に問題はないと判断しています。
ただし、ご自分でこの実験を実施される場合は 当然ですが あなたの自己責任となりますので 慎重に状況把握をしながら行なって下さい。
なお 剛体の『 運動 』につきましては 私の娘が使用した都立高校の物理の教科書を下に引用させていただきました。
それから‥ 余談で恐縮ですが 私は 剛体の『 運動 』の具体例として私は いつもバトン・トワリングのバトンのお話しをしています。
バトンは中央の棒をシャフトと言い両端のおもりは大きい方がボール、小さい方はティップと呼ばれています。 そしてこの道具で最も重要なのは ボールとティップの重さが異なることで重心がシャフトの中心からずらしてあることです。
この結果‥ バトンを空中に回転させながら投げあげると回転運動を持続しながら落ちて来る現象が生じます。もし両端が同じ重さだったら 重心が中央に来てしまうので 回転運動だけでなく並進運動もおこりやすくなり 安定した回転運動が得られなくなってしまいます。 これはブーメランなどにも共通しています。
ヴァイオリンなどの弦楽器でもゆれを持続させることで より低い音域の響きがうまれる条件がそろうために‥ つりあいにくくする工夫がいくつもなされています。
たとえば ヘッドに糸巻きが交互に取り付けられていたり、響胴やF字孔が微妙な非対称とされていることなどが それにあたります。
私はこれらの実験により 新作イタリーに限らず現在 製作されているヴァイオリンの多くが “ねじり”が不足していることで 多くの不具合が生じていると考えています。
それから 私は『 オールド・バイオリン 』ではない 現代のヴァイオリンにおいても その仕組みの一部は継承されているので ‘節’と’腹’の役割を踏まえバランスをとれば 18世紀ころの豊かな響きはある程度は再現が可能と思っています。
今日はここまでといたします。
ありがとうございました。
2016-7-21 Joseph Naomi Yokota
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2010-12-12 16:20 / Opening
2013- 8-24 16:08 / 50,000 passing
2013-12-04 13:25 / 60,000 passing
2014- 3-13 01:53 / 70,000 passing
2014- 6-17 22:34 / 80,000 passing
2014-10-10 14:42 / 90,000 passing
2015- 1-29 18:33 / 100,000 passing
2016- 7-17 18:45 / 150,102 passing
2016-10-20 16:27 / 158,752 passing