「弦楽器製作」カテゴリーアーカイブ

私は 弦楽器製作者を目指す人に “デッサン” を推奨します。

 

古い投稿の続きで恐縮ですが、私は 2014年8月27日の
” 私はバイオリン製作者にも “デッサン力” が必要だと思います。”
の文中で デッサンを始めた四女のことをお話ししました。

彼女が初心者としてデッサンをはじめて 2年半ほど経過し、最近は 多少の成長がみとめられるようになりましたので 参考にしていただくために近作を公開することにしました。

先の投稿は私の妻が 18歳だったときのデッサンから話をはじめさせていただきました‥ 。


木炭デッサン (  A.F. YOKOTA  1978年 7月  )

デッサンは古くから絵画や彫刻、デザインや工芸などの創作活動においての基本として大切にされてきました。 これは人間の ” つくる力 “を向上させる‥ すぐれた教育効果が知られているためでした。

この場合の” つくる力 “には 観察する力、考える力、伝える力が含まれています。
つまり 物事を客観的に観察し、その構造を読みとることで課題を見つけ出し、細部にこだわりつつも全体を俯瞰しながら自らのしなやかな感性によった美的なかたちとして答えを導きだし‥ それを展開させる人間力をさします。

私は『 オールド・バイオリン 』を製作した人々も 同じように ” つくる力 “を磨く努力をいとわず、強い意志をもって弦楽器製作に取り組んでいたと信じています。

(  上記の” つくる力 “の定義は 平成27年度入試 東京藝術大学美術学部デザイン科の アドミッション ポリシーより引用させていただきました。)

   

 

デッサンの参考例として 私の妻がまだ 18歳だった 1978年に美術大学受験の訓練として描いた木炭デッサン( 上部 4枚 )と鉛筆デッサン( 下部 4枚 )を あげてみました。

一般社会では 絵が描けると その技術的な要素が着目され それを『 才能 』という言葉で捉えられがちですが、私は デッサンは 強い意志をもって基本から誠実に取り組んでいけば多くの人が上達することが可能と思っています。敢えてその言葉を用いるとすると デッサンが思ったように描ける人は 一定の努力を怠らなかったという点において『 才能のある人 』と言えるかもしれません。


静物 / 木炭デッサン  (  A.F. YOKOTA  1978年 7月  )

私達は デッサンの経験を通じて培われた 物の本質を読み解く能力を “デッサン力” と呼んでいます。

鉛筆デッサン  (  A.F. YOKOTA  1978年 9月 30日  )
    

静物 / 鉛筆デッサン  (  A.F. YOKOTA  1978年 1月  )

これらのデッサンを描いた私の妻は 美大への進学者としては後発組で、 高校 3年になってから志をたて受験準備のために鎌倉のアトリエに通いはじめたそうです。

因みに 私の場合は、なぜか‥ 小学3年生の秋に親類と家族があつまっていた場所で 『 決めた!僕は将来、画家か彫刻家になる。』と宣言した上で、中学1年生になると石膏像の木炭デッサンに猛烈にはげみました。

お陰さまで私にとって生涯の師である 彫刻家 松永正和先生との幸せな出会いなど、 人とのめぐりあいにも恵まれ ここまで物作りの道を歩んで来ることが出来ました。

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さて本題にもどりますが‥ ヴァイオリンやチェロを製作するためにはアーチのなかに組み込まれた複雑な立体的形状を読み解くために、その特徴を観察し理解する必要があります。

 


Hendrik Jacobs ( 1629-1699 ) violin  1690年頃製作

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私は 現代の弦楽器製作者はある意味では『 オールド・バイオリン 』が製作されていた時代以上の注意深さがもとめられていると感じています。

 



ここで弦楽器製作者の私見として教育論をのべさせていただくと‥ ひとりの人間がどんなに知識を持っていたとしても 実際の仕事の現場で『 気づき 』がなくては『 知恵 』として用いることができません。 私は 物作りの現場で大切なこの『 気づき 』は、学習者が 徹底的な模倣の体験を通じてのみ習得できる能力だと考えます。

私は 若者が大胆にも弦楽器製作者をめざすとしたら‥ それは 結構なことだと思います。しかしそれが果たせるかは 実際の行動にかかっています。大きなことばかりしたがり 小さなことをしたがらない人は‥ 結局、何もできずに終わるでしょう。大きなことを成し遂げる力は小さなことに誠実に取り組み、小さなことから学んだ人だけに与えられるものなのです。

これは ヴァイオリンの誕生と発達をルネサンス後期からの歴史のなかで検証してみると、ギルド制度の枠組みのなか 親方の工房で『 徹底的な模倣 』が誠実におこなわれ、それによって 多くの弦楽器職人が育ったという事実で証明されていると思います。

そういう理由で 私は 物作りを目指す心が定まった人に時間が確保しやすく、感性がやわらかい中学生や高校生などの年齢で 『 小さなこと 』として  “デッサン力” をつけるため近辺のアトリエ等をリサーチのうえで木炭デッサンの初心者コースを受講することをお奨めしています。

因みに‥ 私の高校2年生の娘が はじめてデッサンを体験するために受講したお茶の水美術学院では 2014年度の夏期講習  7月28日から8月2日( 6日間 )の入門コース( 夜間基礎入門 17:00~20:00)の場合で 17,000円 で、次いで8月11日から8月16日に受講した初心者コース( 基礎初心者 A   9:00~16:00 )は 33,000円の受講費で 18名程のクラスで指導をうけました。

ここは東京藝術大学のデザイン科、工芸科の合格実績が全国的に有名で東京芸大受験希望者が多く‥ 木炭デッサン、鉛筆デッサンの経験がまったくなかった私の娘は高校1年生、2年生を対象とした基礎科の初心者・入門コースとはいえ一緒に受講しているまわりの受講生のデッサンにも良い刺激をいただいたようです。

お茶の水美術学院
http://gakuin.ochabi.ac.jp/view/K00100/
基礎部 – 夏期講習
http://gakuin.ochabi.ac.jp/view/L00002/

そして‥ 高校生だったその四女は2年半後の現在 18歳となりました。

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彼女が デッサンを始めて2年後の 今年 7月に描いた鉛筆デッサンがこれです。

この頃から 彼女はデッサンについて 多少は考えられるようになったようです。

そして、それから 4か月程経過した現在は 下の構成デッサン( 鉛筆デッサン    所要時間 8時間15分 )のような段階まで成長しました。

当日の朝に 彼女は 自由課題として 軍手と柿 そして紐を 身近なものからモチーフとして選び、画中でイメージとして構成しました。

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彼女には 描写の上では軍手などの攻め残しは残念だけれど、大胆な構成と鉛筆の特性の使い分けによって空気が描けていることが すばらしいと講評をしておきました。

ともあれ、 私はこれが 四女の仕事としては やっと第一作にたどり着いたものと評価しています。

デッサンの訓練を彼女がはじめたときに 私が予想したように 成長には時間がかかりましたが、お陰様でこれからの成長がより楽しみになりました。

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2016-11-19                Joseph Naomi Yokota

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構成デッサン( 鉛筆デッサン )
モチーフ   :     りんご 1個、アルストロメリア、トレッシングペーパー  1枚

そして、1ヶ月が経過しました。
現在も四女は 鉛筆デッサンでは なかなか 思ったように表現できず苦闘中といったところです。

結局、彼女は このデッサンに 21時間を費やしましたが‥ まだまだ ‥ といった感じですね。でも、これらの試みは「種まき」としては十分ではないでしょうか。

私は これらの試みが 10年後の彼女をささえてくれると信じています。

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2016-12-18                Joseph Naomi Yokota

糸巻きの長さは 弦楽器の響きを左右します。

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Marco Gandolfi,   violin  Cremona  1994年

これは先日 整備のために私の工房に持ち込まれたヴァイオリンのヘッド部です。

私は、この挑戦的なペグは 製作時のままだと判断しました。

なかなか面白いアイデアでしたが 残念ながら 彼が製作した響胴とは調和していませんでした。

それでも‥ 私は このように糸巻きの長さを意識して弦楽器を製作する人を すばらしいと思います。

 

2013-5-04-hところで、糸巻きの役割を皆さんご存知でしょうか。

私は ペグ機構は 単に弦をチューニングしながら固定する役割のほかに、響胴のゆれに積極的に影響をあたえる仕組みとして考案されたと考えています。

これは下の写真のように糸巻きをはずした状態と 4本とも取り付けた状態、それから左側の D線、G線ペグ 2本を取り付けた状態と その逆に右側だけなど いくつか条件を変えて揺らしてみると 響胴部の固さが変わったり 重心位置が移動しますので ‥ 可能な方は 実際にゆらしてみることをおすすめします。

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参考としての実験は こういう感じとなります。

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糸巻きでヴァイオリンのゆれ方が変わることを確認したら、最後に エンドピンを差し込んでから 同様にヴァイオリンを揺らしてみてください。

ヴァイオリンの重心が手元近くに移動するので、ヴァイオリンが軽くなったように感じるはずです。

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それでは‥ そもそも歴史の上で 糸巻きの長さはどういう変遷をたどったのかをすこし見てみましょう。

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この写真は 1909年頃にユトランド半島の 小さな町 ブレデブロ( Bredebro of Southern Denmark )で撮影されたようです。ここは 1866年にドイツに併合されたドイツ北端の都市フレンスブルク( Flensburg )から北西に30㎞ほど離れた場所です。

下の拡大写真のように 左側の 2人は短い糸巻きで右側の男性は長い糸巻きの楽器を使用しています。写真は 実にわかりやすいですね!

umgegend-von-flensburg-gebraucht-bredebro-1909-verlag-th-thomson-flensburg-i-lこのように 1900年代の初頭に撮影された弦楽器の写真には 長短の糸巻きが混在しています。

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Still-Life with a Violinist      1620年頃

ヴァイオリンの黎明期にさかのぼりますが 1620年頃に製作されたこの油画にも 短い糸巻きを見ることが出来ます。

また 私は 下のような版画にも 十分資料としての価値があると考えています。

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John Gunn   “The Theory and Practice of Fingering the Violoncello”   1789年

それから、この 著名チェリストの肖像画でも糸巻きが短かったことがわかります。

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Bernhard Romberg ( 1767-1841 )  1815年

結論としては‥ 私が調べてみた限りでは 現在のように長い糸巻きが一般化したのは第一次世界大戦以降のようです。

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さて、音響上の証明は残念ながら 実際に設定してみるしかありません。

因みに 私が先日整備のために お預かりしたヴァイオリンの糸巻きは下の写真の設定に変更し響胴の共鳴が起りやすくなりました。

興味がある方は この糸巻きの長さ設定を試してみてください。

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この投稿はここまでです。

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2016-11-09                Joseph Naomi Yokota

 

指板の面取りは 興味深い設定だと思います。

cello-fingerboard-1

1701 ~ 1714年  War of the Spanish Succession
“France : Louis XIV ( 1638-1715 ) × Habsburg : Karl VI ( 1685-1740 )”

●  Cremona governance countries
España ( 1513 ~ 1524, 1526 ~ 1701 ) – France (  1701 ~ 1702 ) –  Republik Österreich / Habsburg  ( 1707 ~ 1848 )
●  Casa Savoia :  1713年 Regno di Sicilia – 1720年 Regno di Sardegna  / Torino – 1848年 The First War of Independence – 1859年 The Second War of Independence –  1866年 The Third War of Independence

 

● Luigi Rodolfo Boccherini ( 1743-1805 ), 1743 Lucca / 1757 Vienna  “The court employed” / 1761 Madrid / 1771 String Quintet Op. 11  No. 5 ( G 275 ) :   Italian cellist and composer 

Marie Antoinette ( 1755-1793.10.16 )
1770年  She married  Louis-Auguste ( 1754-1793.1.21 )  /  ” Louis XVI ( 1774 ) “  at the age of 14.
1793年  ” Louis XVI ” ( 1774 )  /  Louis-Auguste ( 1754-1793.1.21 )  

●  Johann Peter Salomon ( 1745-1815 ), Bonn / Prussia / ca.1780 London / 1791 ~ 1792, 1794 ~ 1795 Franz Joseph Haydn  :  Violinist

□  François-Xavier Tourte ( 1747-1835),  Paris :   Bow maker

●  Carl Stamitz ( 1745-1801 ), Mannheim / 1762 Mannheim palace orchestra / 1770 Paris / Praha, London  :  Violinist

●  Johann Anton Stamitz ( 1754 – ‥ ), Mannheim / 1770 Paris / 1782 ~ 1789 Versailles / ‘ 1798‥1809 Paris ‘  :   Violinist

■  Giovanni Battista Ceruti  ( 1755-1817 ) , Cremona  :  Violin maker.

●  Giovanni Battista Viotti ( 1755-1824 ), Fontanetto Po / Torino, Paris, Versailles, 1788 Paris, London, 1819-1821 Paris,  London :   Violinist

●  Federigo Fiorillo ( 1755-1823 ),  Braunschweig / 1780 Poland / 1783 Riga / Paris / 1788 London  He played the viola in Saloman’s quartet.  / 1873 Amsterdam, Paris

●  Wolfgang Amadeus Mozart ( 1756-1791 ), Salzburg / 1762 München, Wien / 1763 ~ 1766 Frankfurt, Paris, London / 1767 ~ 1769 Wien / 1769 ~ 1771 Milano, Bologna, Roma, Napoli / 1773, 1774 ~ 1775 Wien / 1777 München, Mannheim, Augsburg / 1778 Paris / 1779 Salzburg / 1781 München, Wien / 1783  Salzburg  / 1787 Praha, Wien / 1789 Berlin / 1790 Frankfurt / 1791 Wien, Praha, Wien

ドイツのチェリスト  ベルンハルト・ロンベルクは 父親と共に1790年頃に ボンにおいて ケルン大司教の宮廷オーケストラに参加したとされています。そして そこで知り合ったベートーヴェンの ‘ あなたのためにチェロ協奏曲を作曲する。 ‘という申し出を断った逸話が残る人です。

ロンベルクは、チェロの設計と演奏にいくつかの革新をもたらしたことでも知られています。

例えば 1/2 や 3/4サイズのチェロを作るべきであると提案したことやチェロの記譜法の単純化などがそうですが、弦楽器にとってはなんといっても チェロの指板にフラット面を設定したことが重要だと私は思います。

このアイデアに関しては 演奏上の目的などいくつかの説明が試みられていますが、私の個人的な推測としては ネック振り設定と 指板裏加工の考え方を反映したものと思っています。

皆さんは どうお考えでしょうか?

 

●  Bernhard Heinrich Romberg  ( 1767-1841 ),   “The Münster Court Orchestra” / 1790 Bonn  “The Court Orchestra” /  He lengthened the cello’s fingerboard and ‘Flattened’ the side under the C string  :   German cellist and composer 

●  Rodolphe Kreutzer ( 1766-1831 ), Versailles / 1803 Wien “Kreutzer Sonata ” Ludwig van Beethoven 1770-1827,  Paris 1795 ~ 1826 ‘Conservatoire de Paris’ –  1796年 Caprices – 1807 comprises 40 pieces – “42 Études ou Caprices”  / Genève, Swiss :   Violinist

●  Pierre Baillot ( 1771-1842 ),  Paris :   Violinist

●  Pierre Rode ( 1774-1830 ), Bordeaux / 1787 Paris /  1804 Saint Petersburg, Moscow / 1812 Wien ” Ludwig van Beethoven 1770-1827  Violinsonate Nr. 10 in G-Dur, Op. 96 ” / 1814 ~ 1819年  Berlin,  “24 capricci”  /  1830 Lot-et-Garonne :   Violinist

●  August Duranowski ( ca.1770-1834 ), Warsaw / Paris / 1790 Brussels / Strasbourg :   Violinist

●  Ignaz Schuppanzigh ( 1776-1830 ), Vienna /  He gave violin lessons to Beethoven, and they remained friends until Beethoven’s death.  :  “Schuppanzigh Quartet”  :   Violinist

 

 

2016-11-02               Joseph Naomi Yokota


振動モード参考モデル

弦楽器にとって振動モードと剛体としての運動条件が響きをきめる重要な要素になっています。

皆さんがご存じなように一次振動モードはわかりやすいですね。
ちなみに今日ではギターやベースなどの弦楽器の演奏をiPhoneで撮影すると、カメラに搭載された CMOSイメージセンサの誤差によって起こる “ローリングシャッター現象” によってまるで自分の目がオシロスコープになったかのような映像で見ることができます。

ローリングシャッター現象とは CMOSセンサーが目の前の風景を一度に全て記録せずにイメージの上部から順番に記録を行なうために、高速に動く被写体を撮影すると取り込む時差によよって歪みが生じておこる現象です。

一次元モードのアニメーション
粒子速度

以下の4つのアニメーションは、それぞれ一次元音場の点 (0)において音が発生し、x方向へ伝搬し、右端の剛壁で反射、後退波が発生、その後両者の干渉によって定在波が発生する様子を示している。またこれは2次元音場における「軸波 (axial mode)」の一つの断面とみなすこともできる。

1.波の数が一つの時
sinmode1

2.波の数が二つの時
sinmode2

3.波の数が三つの時
sinmode3

4.波の数が四つの時
sinmode4

ニ次元モードのアニメーション
二次元音場の固有振動モードの生起

以下のアニメーションは剛壁に囲まれた二次元音場の点(0,0)において音が発生し、(x,y)両正方向へ伝搬し、剛壁で反射、後退波が発生、その後両者の干渉によって定在波が発生する様子を示す。またこれは3次元音場における「接線波 (Tangential Mode)」の一つの断面とみなすこともできる。

音圧
1.固有振動モード(1、1、0)

このアニメーションは、xy 平面における音圧 p の時々刻々の変化の様子をあらわしている。
剛壁に囲まれた二次元音場の点(0,0)において音が発生し、(x,y)両正方向へ伝搬し、剛壁で反射、後退波が発生、その後両者の干渉によって定在波が発生している。

2wave1

<注意>厳密には、二次元音場において点音源から生じた音は「円筒波」として伝搬すると考えられる(あるいは、二次元の波動方程式の解は円筒波を表わすハンケル関数を用いて得られる)。しかしここでは簡単のため、現象を平面波で近似して示している。このため波面は矩型となっている。なお数学的に球面波は平面波を重ね合せて得られることが知られている。

2.固有振動モード(1、2、0)

二次元モード
このアニメーションは、xy 平面における音圧 p の時々刻々の変化の様子をあらわしている。
剛壁に囲まれた二次元音場の点(0,0)において音が発生し、(x,y)両正方向へ伝搬し、剛壁で反射、後退波が発生、その後両者の干渉によって定在波が発生している。
2wave2

<注意>厳密には、二次元音場において点音源から生じた音は「円筒波」として伝搬すると考えられる(あるいは、二次元の波動方程式の解は円筒波を表わすハンケル関数を用いて得られる)。しかしここでは簡単のため、現象を平面波で近似して示している。このため波面は矩型となっている。なお数学的に球面波は平面波を重ね合せて得られることが知られている。

粒子速度
上の(1,1,0)の場合の、x, y 二つの方向に関する粒子速度成分を左右の図で示す。反射波が干渉した結果、剛壁における法線方向速度成分が0になる様子が示されている。

固有振動モード(1、1、0)
このアニメーションは、xy 平面における粒子速度 u の時々刻々の変化の様子を x , y 二つの方向に分けて表わしている。
剛壁に囲まれた二次元音場の点(0,0)において音が発生し、(x,y)両正方向へ伝搬し、剛壁で反射、後退波が発生、その後両者の干渉によって定在波が発生している。
2wave3

<注意>厳密には、二次元音場において点音源から生じた音は「円筒波」として伝搬すると考えられる(あるいは、二次元の波動方程式の解は円筒波を表わすハンケル関数を用いて得られる)。しかしここでは簡単のため、現象を平面波で近似して示している。このため波面は矩型となっている。なお数学的に球面波は平面波を重ね合せて得られることが知られている。

三次元モードのアニメーション

音圧の固有振動モード (1,1,1)
このアニメーションは、xyz 空間における音圧 p の時々刻々の変化の様子を表わしている。
剛壁に囲まれた三次元音場の点(0,0,0)において音が発生し、(x,y,z)それぞれの正方向へ伝搬し、剛壁で反射、後退波が発生、その後両者の干渉によって定在波が発生している。

( 三次元空間を表現するのは困難なため、三次元空間の断面を並べて表現している。)
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ポテンシャルモード
ここでは速度ポテンシャルの変動を黒点の大きさの変化で示している。つまり、音圧の変動はその動きの逆(ポテンシャルが大きい場所では音圧は小)で示されている。室の中央部で音圧が低く周壁部で音圧が高いことが分かる(アニメーションでは、中央での黒丸の動きが大きく、ポテンシャルの変動が激しいことが表されている)。

このアニメーションは、立方体室の点(0,0,0) から音が発生し、時々刻々のポテンシャルの変化の様子を表わしている。

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(1,1,1)モードです(776 k)(.mov)

彫刻技術においての 優劣の見分け方

Giovanni Paolo Maggini ( 1580- ca.1633 )   Cello,  Brescia   the 1600s

私は ”オールド・ヴァイオリン” や、”オールド・チェロ” などの弦楽器で高度な彫刻技術を目にするたびに 本当に感動します。

そこで、そこにある豊かな世界を分かち合うために『 彫刻技術という視点から優劣を見分けることで その弦楽器を評価できます。』というお話しをしようと思いました。

そこで、先ずは「彫る」技術をヘレニズム時代の大理石像でイメージしてください。

● 盛期ルネサンスに影響を与えた ヘレニズム時代の彫像について
なお、これらの大理石彫像の本質について‥ 特に、比率についての意識を知りたい方には 下の投稿リンクをお勧めします。

● エーゲ海 キクラデス諸島の “偶然”について
(  長文で恐縮です。)

“De la statue”  1464年刊,  Leon Battista Alberti ( 1404-1472 )
『 デ・スタトゥア 』から復元された計測器

彫刻技術に関してさかのぼって調べてみると‥『 ルネサンス期に理想とされた”万能の人” 』と評されたアルベルティが、1464年に発表した『 彫刻論 』で、 彼が考案した計測器を使用することを提案しているのが目に留まります。

デフィニターまたはフィニトリウムとよばれ、回転する目盛り付きロッドが固定された円形ディスクをもち、そこから垂直錘が下がったものです。

これによって、極座標と軸座標の組み合わせで モデル上の任意のポイントが規定でき、現代のパンタグラフのようにモデルから大理石に移す事ができます。

“Measuring sculpture for reproduction”
Francesco Carradori(1747-1824),  Firenze  1802.

また、フィレンツェの彫刻家であったカラドーリが 1802年に出版した『 彫刻を学ぶ人のための基礎教育 』には、大理石彫刻のための計測方法や器具などが紹介されています。

“Measuring sculpture for reproduction”
Francesco Carradori (1747-1824),  Firenze  1802年

このように、彫刻家にとって対象物を計測することや 大理石を削ることは 昔から難問に等しいものでした。

しかし それでも‥ 私たちは、時代によって計測方法や 削り方の違いはありますが、残された彫像でわかるように モース硬度が 3~4 の「岩石」で作品を制作し続けてきたのです。

たとえば、下の動画では “Pointing machine” を計測に用いる彫刻技法による大理石彫刻が 紹介されています。

ポインティング・マシンは、その名前を イタリアのマキネッタ・ディ・プンタに由来しており、本質的には 任意の位置に設定して固定できる ポインティング・ニードルです。

この器具は、石膏、粘土、またはワックスの彫刻モデルを、木材や岩石に正確にコピーするための測定ツールとして使用されています。

発明者は フランスの彫刻家の ニコラス・マリー・ガトー ( 1751-1832 ) と 英国の彫刻家 ジョン・ベーコン ( 1740-1799 ) であるとされており、後にカノーヴァ ( Canova ) によって普及しました。

上の動画のように石膏モデルで 凹凸の基準点の位置と深さをニードル先端で取得し、その基準点を大理石に移します。エンピツの下に見えるのがニードルの先端です。大理石彫刻では、このように「 窪みの底 」として基準点を先に彫り込みます。

そして、座標となるそれらの基準点の印が消えないように凸部を削っていくのです。それから 最後の仕上げ段階の削りで 再度、くぼみ部を慎重に彫り込みます。

このように、素材としてはハードルが高い大理石彫刻ですらこの細やかさですから、木彫の分野においては 繊細さがより一層発揮されたのは当然といえるかも知れません。

たとえば‥『 北方ルネサンス 』と呼ばれていますが、ミケランジェロ ( 1475-1564 ) が活動していた頃に、ドイツで素晴らしい彫刻作品を作った ティルマン・リーメンシュナイダー( ca.1460-1531 ) の木像にそれを見ることができます。

『 Hl. Sebastian ( 聖セバスチャン ) 』 製作年 : 1515年頃  /  菩提樹 ( Tilia miqueliana ) シナノキ科
Tilman Riemenschneider ( ca.1460-1531 )

“Self-portrait” ( in the Predella of the Altar of Creglingen )   
Tilman Riemenschneider ( ca.1460-1531 )

この彫像に近いレリーフは、ティルマン・リーメンシュナイダーが 自らをモデルとしたと伝えられています。その彫刻技術を駆使した表現を、私は 本当にすばらしいと思っています。

そして、彼が亡くなった頃に開発された  ”オールド・ヴァイオリン” や、”オールド・チェロ” などを含めた木製弦楽器の場合も同じように細やかな工夫を見ることができます。

“Cittern”   possibly by Petrus Rautta, England,  1579年

“Cittern”   possibly by Petrus Rautta, England,  1579年

これを見分けるには『くぼみの彫り方 』を観察してください。

TT

 

 

 

 

この観点で上のヴァイオリン裏板画像をながめてみてください。
ヴァイオリンなどの観察のはじめは、『 どこが、どのように窪んでいるか ?』という点に着目し観察することが 見極める基本だと私は思います。

残念ながら ヴァイオリンなどの弦楽器において扁平にみえるものは未熟な人が製作した可能性が高いと 私は思っています。 木彫で使用する道具は考えないでもちいると‥ 出っ張ったところが削れます。これが単純化をまねき全体としてでこぼこが少ない扁平な印象の弦楽器の出現につながります。

 

 

 

 

まず参考のため2台のヴァイオリン裏板画像をごらんください。

この ヴァイオリンは 1620年頃 ブレシア( Brescia )で マッジーニ( Giovanni Paolo Maggini  1580 – c.1633 )  が   製作したものとされています。

Giovanni Paolo Maggini ( 1580 – c1633 ) Brescia 1620年頃 - A MONO

それから、もう一台は   Antonio Stradivari ( c.1644 – 1737 )が  1703年に製作されたとされているヴァイオリンで ” Alsager “と呼ばれているものです。

Antonio Stradivari violin 1703年 Alsager - B L
私は これらを観察するときに大切なのは 着目点としてなにを観察するかだと思います。

たとえば ヴァイオリンの演奏技術の優劣を判断したければ 音楽の特性から考えて一つの響きを『 音の始まり( 音の入 ) 』と『 音の終わり( 音の出 )』とに 意識的に聞き分ければ、十分に 優劣の判断ができると思います。

私は 上質な演奏は『 音の入 』を完全にコントロールできると達成できる可能性が高いと思っています。しかし、真の意味での音楽的に完成された演奏を達成するためには 『 音の出 』のコントロールが必要になって来ると考えています。

つまり演奏技術においては 演奏者が 『 音の入 』をコントロールするより、『 音の出 』( ” 音の始末”とも言います。)をコントロールするほうが はるかに難しいということを念頭において聴けば演奏技術としての優劣判断はほとんどの皆さんが 判断できると私は信じています。

ただし、これは『音楽的であるか』や、それが『ゆたかな音楽であるか』という観点ではありませんのでご理解のほどをお願いいたします。

 

さてヴァイオリンや チェロなどの木製品の場合です。
重要なのは 彫刻技術の能力は『くぼみを彫る技術 』に現われるということです。

この観点で上のヴァイオリン裏板画像をながめてみてください。
ヴァイオリンなどの観察のはじめは、『 どこが、どのように窪んでいるか ?』という点に着目し観察することが 見極める基本だと私は思います。

残念ながら ヴァイオリンなどの弦楽器において扁平にみえるものは未熟な人が製作した可能性が高いと 私は思っています。 木彫で使用する道具は考えないでもちいると‥ 出っ張ったところが削れます。これが単純化をまねき全体としてでこぼこが少ない扁平な印象の弦楽器の出現につながります。

5 Antonio Stradivari Schreiber - da Vinci 1712 ( c 1644-1737 )

そもそも弦楽器は あの響きがするように工夫されています。
たとえばこのストラディヴァリウスを用いた共鳴モードで裏板部の動きを観察してみてください。

409hz star0409hz 680hz star0680hz817hz star0817hz1690hz star1690hz

私は 多様な音色をもつヴァイオリンは その構成要素となる『 音の数 』を確保するために、複雑なゆれをするように作られていると考えています。

そのために”オールド・ヴァイオリン”などでは 薄板状に加工しても 立体的形状 によって剛性を高める技術として凹凸が『 木伏技術 』として用いられていると私は推測しています。

剛性 立体的形状 - 1 MONO L
この剛性を高める技術は めだちませんが たとえば 現代でも このコーヒー缶のように 用いられています。

さて、私たちは大量生産に適した 単純化されたフォルムをもつ工業製品にかこまれて生活していますので、ともすると 上に参考例としてあげさせていただいたヴァイオリンの裏板を見て 削りそこねた結果と思う方も多いと思います。

果たして それは事実でしょうか?

私は  ”オールド・ヴァイオリン”などを見る際は ”合目的性”ということを念頭に置き『 どこが、どのように窪んでいるか ?』という視線でそれを観察すると 本当に豊かな世界が見えて来ると信じています。

 

以上、ありがとうございました。

2016-7-21    Joseph Naomi Yokota

 

 

 

つり合いという現象

私は ルネサンス期の1500年代中頃に誕生した ”オールド・ヴァイオリン” は 1650年から1750年頃ヨーロッパ各地で盛んに製作されたものの、 1800年頃にはその製作者が激減し‥ ついには絶えてしまったと考えています。

そして その状況は、イタリアの ヴァイオリン博物館に遺された ストラディヴァリの木型( モールド )や、型紙などの製作補助具の扱われ方が象徴していると思っています。

これらは、最近も新しい器材を用いた丁寧な再計測がおこなわれており 考古学的な資料としては大切にされてはいますが、実際の弦楽器製作には それほど活用されていません。

ストラディバリウスなどの “オールド・ヴァイオリン”の名器は、音の立ち上がりが俊敏で 倍音の響きがとても良く、指板上だけではなくフラジオレットなども含めて指向性を持った響が作り出せます。そして演奏者自身の耳でも 音程や響きの輪郭が捉えやすく、弾き方によったヴァリエーションが工夫しやすいため豊かな色彩感を生みだすことが可能です。

そのような “オールド・ヴァイオリン”ですので、弦楽器製作者や演奏者にその特質について尋ねると『 音が生みだせる 』という要素に意識が向きがちのようです。

しかし、私の結論は違いました。
私は “オールド・ヴァイオリン” の特質は 端的に言って『 演奏者が随意に音を止められる 』という操作性こそにある思っています。

1700年代の弦楽器製作者にとって、演奏時に レスポンスが良いことはとても大切で、その探求は 最終段階で『 音の始末が良い‥ 』という高難度の演奏が生みだせる操作性能にまで至ったと考えられるからです。

この仮説で 重要な意味をもつのが、ストラディヴァリが 弦楽器を製作するために使用した木型( モールド )や、型紙などに製作時の基準として刻まれた 印しや括弧、あるいは 同心二重括弧 (  Concentric double parenthesis ) などの読み解きです。

Stradivari’s moulds

Form G  Length  347  UB  161  CB  103  LB  201

Antonio Stradivari made his violins by utilising a thick ca.14 mm wooden mould or ‘form’, to which the four C-bout corner blocks, together with the top and bottom blocks, were lightly glued, and around which the thin lengths of rib were shaped and then strongly glued to the blocks. Simplistically, once all the glue had dried, the ‘garland’ of blocks and ribs could be carefully detached from the inner mould, and the front and back plates could then be attached to the garland to create the soundbox. Although Stradivari’s moulds, made of walnut wood, have varying lengths, widths and proportions, these variations are often by no more than a few millimetres and sometimes the difference between a particular measurement on one mould and the same measurement on another is just one millimetre; for example, the three bout-width measurements of the P mould, and those of the PG mould, are identical, while the body lengths differ by just one millimetre: P mould 343.5 mm; PG mould 344.5 mm (Stewart Pollens’s measurements).

Almost all the moulds bear identifying letters, inked or incised in block capitals: for example, the letters P, S, and T, G, PG, and MB. Because there are so few extant documents known to be written in Stradivari’s hand, it is not certain which, if any, of these mould letters were drawn by him. Some of the moulds have dates, also inked or incised into the surface of the wood: the mould marked SL is dated  November 9, 1691 (incised), and one of the two moulds marked S is dated September 20, 1703. The two B moulds are dated June 3, 1692 and December 6, 1692 (both incised), while the PG mould is dated June 4, 1689 (also incised).

弦楽器の音響メカニズムは難解ですが、これらを少し読み解くとすれば‥ まず、上図の点 P が “オールド・ヴァイオリン “の裏板にみられる『 セントラル・ピン 』とほぼ一致するという状況証拠から、点 P を 裏板におけるつりあいの中心点として印されていると考えることができます。

Jacob Stainer ( ca.1617-1683 )  Violin,   Absam ( Tirol )

Underneath the parchment covering the center joint of the back of the violin by Jacob Stainer, five marking points are hidden.Their distance from the lower end of the body can be measured precisely.

ヤコブ・シュタイナーによる このヴァイオリンの裏板では、中央部を縦に覆う羊皮紙の下に、5つのマーキングポイントがあります。余談ですが  現在では、それらと響胴の下端からの距離は正確に測定されています。

Nicolò Amati ( 1596–1684 )  Violin,   “The Brookings”   1654年

“Guarneri del Gesù”  /  Bartolomeo Giuseppe Guarneri ( 1698-1744 )

また、グァルネリ・デル・ジェズ や ニコロ・アマティのヴァイオリンのなかには 裏板中央部のピンだけが埋め込んであるものが見られるので、それは『 セントラル・ピン 』、『 背部ピン ( Dorsal Pin ) 』と呼ばれています。裏板の表面に達するまで円錐状の穴を穿った上で、埋め込まれた木片は 皆さんにとっても興味深いのではないでしょうか。

Nicolò Amati ( 1596–1684 )  Violin,   “The Brookings”   1654年

さて、弦楽器の音響メカニズムの読み解きでは『 セントラル・ピン 』以外にも、下図のように 『 同心二重括弧 』から同心円を導きその中心に点 C を置き 点 P との距離の意味や、コーナーブロックとの関係を検討することもできます。

Antonio Stradivari ( ca.1644-1737 )  Violin,  “San Lorenzo”  1718年

また、それらの モールド と対応している可能性がある楽器‥ この ヴァイオリン製作用木型 “Form G” の場合は、1718年製の ストラディバリウス “San Lorenzo” などと照らし合わせて 駒位置や 魂柱位置の条件設定も学ぶことも可能です。

 

しかし 残念なことに、 現代では このような 音響システムに関する研究はおざなりにされ、”販売”を目的とした “製品”としての “現代ヴァイオリン”が盛んに製作されています。

そのような昨今ですので、ヴァイオリンネック材として ヘッド部がこの状態まで加工されたものを インターネットを検索することにより、私たちは ¥5,000 以下で購入出来たりします。

まあ‥ 機械加工のものや「工場制手工業」タイプなど出来はいろいろユニークですが‥ 。

また、下写真の製作学校系の人達のように、敢えてネック部が全体価格の20%だと換算すると ヘッドを削りあげた状態でそれが おおよそ¥100,000 を超えると考えられる製作者も 大勢います。


しかし残念なことに 音響上の特性において、この両者にほとんど差はないのではないかと 私は思っています。

そこで まずこの点に関する資料として、 レオポルト・モーツァルト著の書籍( 翻訳版 )を紹介させてください。

レオポルト・モーツァルト( 1718-1787 )は 息子のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが誕生した年である 1756年の秋に『 Versuch einer gründlichen Violinschule( ヴァイオリンの基礎的入門の試み ) 』を出版しました。

この書籍は 日本でも 塚原晢夫氏が翻訳したものが 全音楽譜出版社から1974年に『 バイオリン奏法 』として出版されています。

ところがこの翻訳底本は 1951年に出版されたクノッカーの英語版の改訂版であったため、私たちの間では ながらく原典版の翻訳が待ちのぞまれていました。

そうして時が経ちましたが‥‥、 今年5月に 同じ全音楽譜出版社から 原典版である「初版」がついに レオポルト・モーツァルト『 ヴァイオリン奏法 』新訳版( ISBN978-4-11-810142-2  C3073  ¥3800E )として出版されました。

これは音楽学の久保田慶一氏が 初版( 1756年 )、第2版( 1770年 )、第3版( 1787年 )、第4版( 1800年 )などを検証した上で 「初版」を底本として翻訳したものだそうです。

献呈文に続く「はじめに」の部分に書かれたあいさつ文の署名は
” ザルツブルク、1756年7月26日 モーツァルト “ となっており、そのあとに『 ヴァイオリン奏法への導入 』として 第1節が  『 弦楽器、とりわけヴァイオリンについて 』のテーマで 7項目に分けて並べられていて(本文 P.1~P.11)、 全文は 295ページです。

[  Small size violin of Wolfgang Amadé Mozart  ]
Andreas Ferdinand Mayr  1746年頃
Worked for the Salzburg Court ( 1720-1764 ).

少し長くなりますが、18世紀半ばの弦楽器製作を考証するために この翻訳本の一部をここに引用させて頂きたいと思います。

【  第1節    弦楽器、とりわけヴァイオリンについて  】

第3項目

Füssen trained maker.  

(中略)‥‥  ヴァイオリン製作者は、カタツムリのような優雅な曲線や 巧みに彫られたライオンの頭などを最後に装着して、楽器を完成させる。

彼らは楽器本体よりも こうした装飾にしばしば手間をかけるのだ。そのためにあろうことか、ヴァイオリンは 外面的な虚飾という、俗に言うごまかしの犠牲になってしまうのである。


Salzburg,  1713年

 

Ole Bull ( 1810-1880 ) Violin / West Norwegian Museum of Decorative Art

鳥を羽でもって、馬をブランケットでもって評価する人は、きっとヴァイオリンも、色艶やニスの色でもって判断して、本体部分の状態を詳しく調べたりはしないであろう。

またこのような人たちすべてが、頭脳ではなく、 見た目 を判断基準にしているのである。ぼさぼさ髪のカツラをかぶったところで、生身の人間の頭がよくならないのと同じように、美しく彫られたライオンの頭がつけられても、ヴァイオリンの音はよくならないだろう。

こうは言っても、多くのヴァイオリンは見た目のよさだけで評価されるのである。身なりのよさや 金を持っているだけで、そして華やかで巻き毛のカツラをかぶっているだけで、多くの人々は、やれ学者だの、助言者だの、医者だのと思ってしまうのである。

それにしても、私は何の話をしているのだろうか!うわべの見かけだけで判断してしまう習慣を嫌うあまり、脱線をしてしまったようだ。

第5項目

とりわけ嘆かわしいことは、今日の楽器製作者たちが、自分たちの仕事に対して あまり努力していないことである。注( 3 )

では何が必要なのだろうか? ひとりひとりが 自分なりの考えや 想像で仕事をしていて、楽器の諸部分についての確かな基準を持っていないのだ。

例えば、側板が低い場合には、胴は高く湾曲させなくてはならない、しかし反対に、側板が高くても、表板を少しだけ湾曲させて高くするだけで、音の通りがよくなる

【  所有者の依頼により 側板の高さを増やした事例  】

注( 3 )
楽器製作者は今日でも たいていは生活のために仕事をしている。ある点で彼らは批判されるべきではないだろう。それというのも、人々はいい仕事を求めるが、それに対して多くを支払おうとしないからだ。

―― 要するに、音は側板の高さからは それほど悪い影響は受けないという原則を、ヴァイオリン製作者は 経験から得ているわけである。

さらに裏板となる木は 表板の木より強くなくてはいけないこと、そして表板も裏板も周辺よりも中央部分で厚くなっていること、さらに次第に薄くなったり厚くなったりするにしても、木の厚みにはある一定の均一性がなくてはならないことを知っていて、このようなことを 外側カリパス( 訳注:厚みを計測するはさみ尺のこと )を使って検査するのである。

● どうして ヴァイオリンは ひとつとして同じではないのだろうか?

●  どうして あるヴァイオリンは大きな音が出て、別のヴァイオリンは小さな音しか出ないのであろうか?

● どうして ある楽器は、いわば鋭くとがった音がし、別の楽器の音は響かないのだろうか?

●  荒々しく叫ぶような音がしたり、悲しく押し殺したような音がするのは、どうしてなのだろうか?

これ以上 問うのはやめよう。

これらすべては 楽器製作者のやり方の違いに起因しているのだ。ある製作者は目分量で 高さや厚さなどを決めていて、十分な確固とした原則に立っているわけではないのである。

そのために、ある人にはうまくできるのに、別の人には まずい結果に終わるのである。このことこそ、音楽から 多くの美しさを現実に奪っている諸悪の根源なのである。

第6項目

(中略)‥‥ それよりも、私たちがいい楽器にあまりに出会わない、そして出来映えも不揃いで 音質もさまざまであるということを、もっと真剣に考えた方がいいのではないだろうか?

そうすれば 学者先生たちの研究の力を借りて、もっと進展だってできるであろう。

○  例えば、どんな種類の木が弦楽器には適しているのか?
○  そのような木をどうすればうまく乾燥させられるのか?
○  製作にあたって、表板と裏板とで木の年齢が違うとうまくいかないのではないだろうか?

これは 1998年にロンドンで Peter Biddulph さんが出版した ジュゼッペ・ガルネリ( 1698-1744 )の原寸大写真集 ” Giuseppe Guarneri del Gesu “の 161ページから引用させていただきました。

年輪年代学の研究者である ピーター·クラインさんが 25台の ガルネリ・デル・ジェスのヴァイオリン表板を研究した結果を表にしたものです。

現代ではヴァイオリンを製作する場合‥ 材木のスプルースを上からみて放射状に切断して、その板の外側どうしをジョイントすることで左右対称の木組みが なされているために、表板の年輪は左右で違ったとしても数本以内で製作される場合がほとんどです。

ところが ピーター·クラインさんの研究では、これら25台のガルネリ・デル・ジェス( ロワー・バーツ部での左右の年輪合計は 131本から 260本です。)のうち 16台が ジョイントされた左右の年輪数が 10本以上( 10~63本 )も違うことが指摘されています。

これに 年輪年代学 の材木の時代考証をあわせて考えると、ガルネリ・デル・ジェスは 積極的に” 木伏技術 ” として左右が非対称の表板によってヴァイオリンを製作したと考えられます。

私は、ジュゼッペ・ガルネリは 表板に” 木理 ”を考慮して別々の時期に伐採された木材をジョイントした” 疑似的な一枚板 ”を 強いねじりを生みだすために使用していたと思っています。

○  どうしたら 木の気孔はうまく埋めることができるのだろうか?
○  そのために内側にもニスを塗るべきなのかどうか、そして どのようなニスが適しているのか?

○  さらに大切なこととして、表板、裏板、そして側板がどのくらいの高さや厚さであればいいのだろうか?

第7項目

とにかく研究熱心なヴァイオリン奏者というのは、弦、上駒、魂柱を改良しては、自分の楽器をできる限りいいものにしようと努力している。

ヴァイオリンの胴が大きければ、確かに太い弦がいい効果を生むだろう。反対に小さければ、細い弦を張らなくてはならないだろう。

魂柱は高すぎても低すぎてもいけないし、駒の足の下の少し右側に置かなくてはならないだろう。魂柱を正しく置くことのメリットは決して小さくない。

かなり大変ではあるのだが、ときどき魂柱の位置を変えるべきだろう。そのつどすべての弦でいろんな音を出して、楽器の響きを調べ、いい音の状態が見つかるまで、これを繰り返し続けてみるとよい。

駒もまた大いに役にたつ。例えば、音が荒々しくて刺すような、言うなれば、鋭くて、心地よく響かないときには、低い、幅広の、いくぶん厚めの、とりわけ下部を少し切り抜いた駒を使うと、少しはましになる。

音そのものが弱く、静かで、沈む場合には、薄い、あまり幅広でない、そしてできることなら、下方だけでなく中央部も大きく切り抜かれた駒を使うとよくなる。

しかも このような駒の材料は総じて、とても木目が細かくて、気孔のない、よく乾燥した木でなくてはならない。この駒は、表板のローマ字のf形に切り抜かれたふたつの孔の間に置かれる。

 

また 音が沈まないようにするために、弦が固定されエンド・ピンにつけられた、一般には狩人たちの言葉で「緒留め」と呼んでいるテールピースを置くにしても、下方の細くなった端が ヴァイオリンの表板から突き出したり、はみ出したりしないよう、表板と同じ高さになるようにうまく調節しなくてはならない。

最後に、自分の楽器はいつもきれいにしておくように。特に演奏をはじめる前には、弦と表板にある ほこりやコロフォニウム( 訳注:松ヤニのこと )は取り除いておかなくてはならない。

ものごとがしっかりと考えられる人には、とりあえずは この程度のわずかなことで十分であろう。やがて私の望みどおりに、私のこの小さな試み( 訳注:この「ヴァイオリン奏法」のこと )を さらに広げて、すべてのことがらを 正しく規則として示してくれる人が、きっと現れるだろう。

( 引用終了 )

[  Concert violin of Wolfgang Amadé Mozart  ]
until November, 1780.
Klotz family of violin makers in Mittenwald.

私は この レオポルト・モーツァルト著『 ヴァイオリン奏法 』において、音楽家の立場から 弦楽器製作者に対し 告発文のような怒りが込められた意見や疑問が提起されているのは、現代の私たちににとっても本当に重要だと思っています。

少なくとも 1756年頃にはすでに 弦楽器製作者達のなかに『 楽器の諸部分についての確かな基準を持っていない。』実力に問題を抱えた人が増えていたことがハッキリと証言されているからです。


話しは変わりますが、これは 私が大切にしている新聞記事です。

「 過去へ 」と題されたこの記事の終わりには
そう考えると、私たちの日常はだんだん貧しくなっているようにも思える。極端な例では、あの輝かしい音を響かせるバイオリンの名器は、18世紀からあと二度と私たちの手から生まれなくなった。今後、あの音は失われてゆくだけだ。と書かれています。

ジャーナリストであり西洋音楽史の研究者でもある 梅津時比古さんは、現在 桐朋学園大学学長でもあるようですが、私はこの記事を目にしたとき『 流石‥。』と思いました。

もう 20年ほど経ちましたが、私はこの頃から ”オールド・ヴァイオリン” の音響システムは『 原則に従うことで ヴァイオリンの諸部分が相互に補完しあうバランスを礎とした仕組 』にあると考えるようになりました。

2003年 9月29日  16:45頃

そして、このように ”オールド・ヴァイオリン” の音響システムに関する検討を経た後の 2004年11月11日 に本格的な復元楽器の製作に着手しました。

Violin –  Joseph Naomi Yokota ,  Tokyo  2008年

この研究は “オールド・ヴァイオリン” や “オールド・チェロ” などを精査し、仮説を立てそれを製作に反映し‥ その結果から 再び検証と仮説を進めるもので、私は あくまで楽器としての性能の復元をめざしました。

因みに、この研究が終了したのは 2015年12月26日 でした。

“オールド・ヴァイオリン”の 音響システム